表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

金持ちフェアリー

 近年、さまざまな問題が相まって、金属類の値段が急激に高騰していた――。


  * * *


 駅前の大通りを歩いて自宅に帰っていた青年は、ふと足をとめた。

一月の半ば。真冬で、気温がとても低い日。雪もちらついており、身体を動かしていないと芯が凍ってしまいそうである。そんな日にもかかわらず、青年は歩を止めて呆然と立ち尽くしていた。

 青年の目線の先には、大通りから伸びる一本の脇道があった。特に気に留めるようなものはないように思われるのだが、じっとその脇道を見つめていた。他の人々は、青年をよけながら足早にその場を過ぎ去っていく。

 その青年は、身なりからしてそれほどいい生活を送っているとは思えなかった。特に、ところどころ穴のあいたダメージジーンズはこの季節と不釣り合いで、足元をよく見ると、靴下は穿いていないようだった。また、この寒い中マフラーや手袋といった防寒具は一切身につけておらず、せいぜいジャンパーくらいだった。

 しばらくその状態のままだった青年は、意識が覚醒したのか、ようやく歩き出した。しかし、向かった先は自宅ではなく、先ほどまで見つめていた脇道だった。

 青年は、辺りを見回しながら奥へと進んでいった。だが、目に入るのは一軒家ばかりで、眺めていて楽しいものなどない。それでも足を止めることなく、自宅とは反対の方向に向かって歩を進めていく。

 やがて、青年は公民館の前で立ち止まった。どうやら目的の場所はここであったらしい。

「遅かったのぅ。もうちょっと早く来ると思うていたが」

 青年は突然の声にたいそう驚いた。同時に、声がした方へ振り向いた。そこには、手の平サイズの可愛らしい妖精がいた。

「……あなたが、僕を呼んだのですか?」

「ん? ああ、そうじゃ」

 公民館の裏からひょっこり姿を現した妖精は、口調がどこかおかしかった。だが、青年はそれよりも気になることを尋ねた。

「なんで僕を呼んだのですか?」

 妖精は、ちょっとの間考えるように黙っていた。それから、「お主が一番いい奴じゃと思ったからじゃ」と言った。

「僕が……いい奴?」

「そう、お主はいい奴(・・・)なんじゃ」

 引っかかることはいろいろあったのだが、青年は上手く口に出すことができなかった。

 そうこうしているうちに、妖精は「こっちに来い」と言って進み出した。

 青年は少し反応が遅れた。

「え、ちょ、ちょっと待ってください! どこに行くのですか!」

 あとを追って、青年も足を動かし始める。しかし、妖精は青年の質問に答えることなく、羽をバタバタと動かし続けた。

 青年は仕方なく、妖精の後をついて歩いた。歩きながら思考を巡らしていたが、考えれば考えるほど青年の頭は混乱していった。

 妖精は、どんどん人気のない方へ進んでいった。角を右に曲がって、左に曲がって、また右に曲がって……。青年がそろそろ疲れたなと思い始めたころ、妖精はようやく止まった。それから、青年に振り向いて、こう言った。

「お主、お金は欲しいか?」

 青年は、まったく想像していなかった質問に、目を丸くした。同時に、この妖精がなぜ自分を呼んだのかが分かった気がして、嬉しくもあった。

「はい、欲しいです。今、ちょっと生活が苦しいので……」

 青年は、自分の気持ちを素直に言った。

「ならば、やろう。じゃが、ただでやるわけにはいかん」

「では、僕は何をすればいいのでしょう?」

「金属じゃ」

「金属?」

「お前が今持っておる金属をわしに全部くれれば、その分だけお金をやろう」

「なるほど、そういうことですか」

 青年はそう言うと、左手首に着けていた腕時計を外し、妖精に渡した。少し惜しい気がしたが、お金のためなら仕方がないと割り切った。

 それから、青年は妖精がお金をくれるのを待った。しかし――。

「お主、まだ金属持っておるだろう?」

 青年は首を傾げた。

 その様子を見た妖精は、静かな口調で言った。

「お主、ポケットに携帯電話が入っておるな?」

 それを聞いて、青年ははっとした。確かに、ポケットには携帯電話が入っていた。

「待ってください! これは、両親が三年前に買ってくれた、大切なものなんです!」

「お主、お金は欲しくないのか?」

「いや、でも、これ金属は少ししかないじゃないですか!」

「構わん。これだけの金属でも、結構なお金になるのじゃ。それから、一度『お金が欲しい』と言ったら金属全部を渡すまでわしはお主を帰さん。もう逃げることなどできぬ」

 青年は、しばらく携帯電話を握りしめたまま立ち尽くした。それから、諦めがついたのか、そっと携帯電話を妖精に渡した。

 今度こそお金をくれるだろうと、青年は待ち構えた。だが――。

「お主、もうないと思うとるみたいじゃが、全部(・・)じゃ。そのジャンパー、前にファスナーがついとるの?」

「え、あ、はい……」

 まさかそこまで厳しく言われるとは思ってなかった青年は、落胆した。ジャンパーのファスナーは、確かに金属でできていた。この寒さの中、防寒具なしで帰らなければいけない羽目になる。

 しかし、その落胆も束の間、妖精は「そのジーンズもファスナーがついとるみたいじゃの」と言った。

「は!? ジーンズを取られたら、もう街中を歩けないじゃないですか!」

「聞きわけがわるいのう。全部と言ったら、全部なんじゃ。それから、家の鍵もじゃ」

「鍵!? 家に帰られなくなるじゃないですか!」

「帰る前に作ってもらえばよかろう」

「その格好で店に入れると思っているんですか!」

「そんなことは知らぬ」

 青年は、今まで経験したことのないような、とてつもない恐怖に駆られた。絶望した。取り返しがつかないことをしてしまったとようやく気づいたが、もう遅すぎた。

 妖精は、少しでも金属が含まれているものを全て青年から奪い取った。それから、金属の量を量り、計算をして、青年にお金を渡した。

「ほれ、約束通り、お主が望んだお金じゃ。受け取れ」

 青年は、一応受け取ったものの、ふてくされていた。それを見た妖精は「なんじゃ、その顔は。欲しいものを手にして、どこが不満なんじゃ」と言った。

「……僕がこのまま何事もなく家に帰られるとでも思っているのか!」

 青年は妖精を睨みつけ、小さい妖精を掴もうとした。妖精はそれをひょいと身軽にかわすと、こう言った。

「すべてお主が悪いんじゃよ。いや、弱いんじゃ。お主は誘惑にすぐ負ける、弱い奴なんじゃ。わしはお主のような奴を狙って、金儲けをしておるのじゃ。今、金属の値段が急激に高騰しているじゃろう? 今日の金属は、しばらくあとに売るのじゃ。一ヶ月くらいしたら、今日より高くなっておるはずじゃ。そこで売るのじゃよ」

「お前……! この、詐欺師が!」

「わしは、ちゃんとお主の望みに応えたんじゃ。悪いことなど、何もしとらん。ほれ、寒かろう? とっとと帰るんじゃな」

 そう言うと、妖精は青年に向かって何か呪文のようなものを唱えた。次の瞬間、青年は不思議な感覚に襲われ、目を閉じた。

よくわからない、ふわふわと浮いたような感覚は、数十秒ほどで消えてなくなった。目を開くと、そこにはさっきの公民館があった。それから、近くを通っていた人にすぐさま通報され、青年は捕まった。

取り調べる警察官に、青年は必死になって経緯(いきさつ)を喋った。だが、そんなことを信じる者など誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  『フェアリー』と『金持ち』のなんともミスマッチな組み合わせ。内容もどこかそのアンバランスさを感じさせるものでした。現実にこんな言い訳があるのかもしれないと考えると面白くなりますね。目から鱗…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ