ナガレボシミタイ
僕の彼女はフランス人。
薄い金の髪を肩まで伸ばし、澄んだ蒼い瞳で微笑むんだ。
出逢いは国際空港。
印象は、フランス人形みたいな女の子。
彼女をぼぉっと見ていると、転んでしまった。おまけに、その拍子に鞄の中身をぶちまけてしまった。
『大丈夫?』
幸い、親戚にハーフの伯母さんがいたので、フランス語は英語以上に話せた。
『あ……ありがとう。』
フランス語を完璧にマスターしていたので、彼女は目を丸くして驚いていた。
荷物を鞄に戻していると、一冊の本が目に入った。
―……天体写真集?
まぁ、自分に縁はないだろうと思いつつ、鞄に入れた。
『じゃ、気を付けて。』
僕は笑顔を向けて、彼女に別れを告げた。
これはまだほんの始まり。運命は次からだ。
「留学生を紹介しますね。さぁ、入って。」
季節外れの転校生は、留学生。特に興味が無かったので、僕は窓の外を見ていた。
「大丈夫。恐がらないでいいから。」
先生の優しい声が聞こえる。誰かが教室に入ってきた。その瞬間、クラス中で歓声が起こった。
「改めて紹介します。フランスから来た、アリア=マカリナさんです。」
フランスという先生の言葉を耳にして、すぐに視線を戻した。空港で出逢ったあの娘だった。彼女はおどおどしながら一礼した。薄い金の髪を二つに結っている。
「君は、あの時の!?」
気が付くと、席を立って叫んでいた。
『あなたは!』
『君、留学生だったんだね。』
『えぇ。…私、日本が好きなの。』
休み時間に、校内を案内しながらフランス語で会話をしていた。
『そういえば、貴方の名前は?』
アリアは蒼く澄んだ瞳を、僕に合わせて尋ねた。
『僕は
「智也」
。呼び捨てで構わないよ。僕もアリアって呼ばせてもらうし。……いいよね?』
アリアは笑って頷き、『トモヤ』と言った。
お互いの事を一つずつ知るたびに、二人の間に立ちはだかっていた壁は消えていった。要するに、恋人同士になった。
アリアは日本語が苦手で、フランス語ばかり話していた。
『いい加減、日本語使わなきゃ。留学の意味無いじゃん。』
アリアの顔が曇った。
『だって……難しいんだもん。トモヤ、何か教えて。』
そうだなぁ、と僕は考えた。その瞬間、天体写真集が脳裏を過った。
『「流れ星」
。』
『ナ……?』
『流れ星だよ。アリア、好きだろ?』
『トモヤ、何で知っているの!?』
ひどく驚いたアリアに、空港で見た天体写真集の事を告げた。アリアは安堵の息を付き、笑った。
『それなら覚えが早いかもしれないだろ?』
『んー……。』
アリアは苦笑いで答えた。
『好きこそ物の上手なれ、だよ。はい、
「流れ星」
。』
『「ナ……ガ…」
?やっぱり難しいよぉ。』
半泣きになりながらも、アリアは必死に発音を試みている。
僕はその様を笑わずにはいられなかった。
それから数か月、
ある程度の発音は出来るようになったものの、アリアの日本語をはっきり聞く日は来なかった。
数日後の朝
「はい、皆さんにお話があります。留学のアリアさんは、来週一杯で帰国することになりました。」
先生は悲しそうに話した。それを聞いた直後、文字通り固まってしまった。心音が耳に響くくせに、呼吸を忘れてしまったみたいな感覚に襲われる。
アリアの方を見ると、俯いていた。
時間なんて無くなればいい。国境なんて、人種の壁なんて……。
そう考えていると、いつの間にか放課後のチャイムが鳴った。外はオレンジジュースをこぼしたみたいに、明るい橙色だ。
アリアはただじっと俯いている。
教室は自然に空になっていた。―……僕とアリアを残して。
『そっか。帰国か。』
『トモヤ、……黙ってて……ごめんなさい。』
澄んだ瞳を涙で濡らしながらアリアが言った。
気付くと、自分の瞳にも涙が流れていた。
二人の間に沈黙が漂う。ふと、涙に濡れた蒼と黒の瞳が交じり合った。
徐々に闇に溶けていく教室。そろそろ、一番星が輝く頃だ。
トモヤ、とアリアが呟いた。
『ね、私の日本語、聞いてくれる?』
アリアは静かに微笑んだ。『うん。』
「ナガレボシミタイ」
この話は、美術室の机の落書きが始まりました。カタカナで綴られた意味を考えているうちに、外国を思いついたわけでして……。二作目の短編を最後まで読んで下さって、有難うございました。