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病院って嫌い。
どんなにぴかぴかの建物であっても、
壁が染みなく白かったって、ベッドが大きくてシーツがぱりんとしていたって、
二人部屋で広くって、お日さまが照って明るくたって、
嫌いなものは嫌い。
この胸のむかむかが大きいのは病気のせいじゃない。
「ゆうじ、着替えようか。」
おかあさんが、大きなかばんからパジャマを取り出す。
おれはしぶしぶ服を脱いで、パジャマの袖に腕を通した。
「・・・入院なんて、やだ。」
おかあさんが、しょぼんとして目で言った。
「ゆうじ、お医者さまも言っていたでしょう? ゆうじのお咳をしっかり治すためなのよ。おかあさんもできるだけ病院にいるからね。」
「・・・でも・・・。」
その時、
「は、は、は。」と隣の仕切りのカーテンの奥から笑い声がした。
おれはむっとして、ほっぺたをふくらませた。
気分がますます悪い。
「ほらほら、ゆうじがだだをこねるから、笑われたじゃないの。」
おれはだんまりをきめたまま、ベッドに横たわった。
おれはそのまま知らないうちに眠ってたようだ。
薬が効いたのかな? むねのむかむかが楽になっている。
おれはそろりと体を起こした。電気がついていて明るい。
おかあさんはいなかった。もう家に帰ったのだろうか。
おれはぐるりと辺りを見回した。
隣のカーテンを見たとたん、おさまっていたむかむかが、よみがえった。
(笑ったのはだれ?)
おれはベッドから下りた。少しふらふらする。
やっぱりすぐには治らないよな、調子悪い。
おれはゆっくり歩いて、隣のカーテンをめくった。
おれと同じ年、いや下だろうか。
おれより小さい感じの男の子が、すうすうと大きな息遣いで眠っていた。
ふっくらとしたほっぺをしているけれど、蛍光灯の明かりのせいだろうか。顔が青白い。
枕の側に本が置いてある。
星空の表紙の本だ。
何回も見たんだろうな、本がぶわーとふくれている。
そいつはやがてゆっくり目を開けた。茶色い瞳のくりくりした大きな目。
「・・・やあ、こんにちは。」
そいつはにっこりと笑った。
おれは怒っていたはずなのに、そいつの穏やかな顔にどぎまぎしてしまった。
「はじめまして、君は何年生?」
そいつはずいぶん大人びた話し方をした。
「四年生。」
おれはぶっきらぼうに答えた。
「四年生か・・・、ふうん。」
「そういうお前は何年生?」
「ぼくは六年生だよ。」
おれは驚いた。自分より上の学年と思わなかったから。
どうりで大人みたいな話し方をするわけだ。
「君の名前は何ていうんだい?」
「おれ? おれはゆうじ、谷口ゆうじ、で・・・、えと、おにいちゃんは?」
そいつは肩をゆすって笑い出した。
「なんで笑うんだよ。」
おれはぷくっと、ほっぺたをふくらませた。
「ごめん、ごめん、ただ、おにいちゃんはやめてくれよ。年だってそんなに違わないだろう?
ぼくの名前は中田ひろむ。ひろむは宇宙という漢字を書くんだ。」
「へえ、そうなんだ。」
ひろむはまたくっくっと笑い出すと、くりくりした目をいっそうまん丸にして言った。
「ゆうじくんにだけ、ぼくの正体話してあげる。ぼくは実は宇宙人なんだ。」
「えっ!?」
「本当の名前、記号なんだけど、宇宙人Hと呼ばれてるんだ。」
おれはどう答えていいのか分からず、ぽかんと口を開けたまま、ひろむ、宇宙人Hの顔を見ていた。