社長の企図と、最強の打ち上げ
カオスと熱狂に包まれる店長セミナーの会場を遠くから見つめ、不敵な笑みを浮かべるドラッグラベール代表取締役社長・鳳慎一郎! かつての真面目一辺倒から一転、「華やかさと個性」を武器にリクルート刷新や大学タイアップ、OBを起用した攻めの採用戦略を仕掛けたのは、すべてこの社長の掌の上だった!
カツカツカツ……と、重厚な革靴の音が響く。
セミナー会場の隅のテラス席から、目の前で繰り広げられている怒涛のポコポコ大喧嘩と不毛なマウント合戦を眺めながら、一人の男がほくそ笑んでいた。
我が社――『ドラッグラベール』の代表取締役社長、鳳 慎一郎である。
「ククク……面白い連中だ。大いに気に入ったぞ……」
鳳は遠い目をして、かつての会社の歴史を思い出していた。
20年前まで、この会社は「真面目路線」だけで愚直に突っ走っていた。しかし、これといった爆発的な成長力はなく、ただダラダラと停滞した日々を過ごしていたあの頃。
「このままでは業界の荒波に呑まれる」と一念発起し、10年ほど前から社内に「華やかさ」と「強烈なキャラクター」を持った曲者たちを次々と登用し始めたのだ。
最初は「風紀が乱れる!」と社内から猛烈な反発が起き、優秀な離反者や辞職者まで続出した。一時的に会社が大きなピンチに陥ったのは、今となっては懐かしい良い思い出だ。
だが――! この鳳、一切容赦はせん!!
自社オリジナルの攻めに転じたリクルートサイトの開設、主要薬科大学との強力な連携、大学キャンパスとタイアップした実戦形式の特別勉強会、そして社内の華やかなOB・エース社員たちを最前線にピックアップして大学側へ直接攻め込ませる徹底的なブランディング戦略!!
(今、目の前で繰り広げられているこのワチャワチャしたカオスこそが……すべて私の描いた『手の内』よ……!!)
貪欲に数字と権力を狙う神崎夫婦。
太正製薬の強力な御曹司。
ガリ勉イケメンの一ノ瀬蓮。
鉄仮面の下に熱い情熱を隠す神楽坂エリア長。
アイドル大好きのムッツリ・等々力隆弘ブロック長と、その妻である美容モンスター・シュガー(等々力環奈)。
イケメンを次々と侍らせる魔性の女・薬師寺天音。
美女たちに囲まれて常に胃を破壊され続けるエリート・陣内拓海。
奇行三昧でありながら仕事も容姿も完璧すぎる氷室涼香。
そして、北からやってきた超絶エリートにして筋金入りのスケベ・白鳥結月。
「存分にやり合うがいい……。我が社の未来を背負ってな!」
ふと、隣で冷や汗を流している秘書の声が耳に入った。
「しゃっ、社長……! 本当にあんなに社内の幹部たちを騒がせておいて、本当にいいんでしょうか……!?」
秘書のバリキャリ――水瀬詩織が、ガタガタとビビり散らかしている。いかにもお堅く、真面目一筋で生きてきた優秀な美人さんである。
「ククク……面白いではないか。この間の京都での学会発表の時も、実に素晴らしい成果を叩き出してくれたぞ? ……ただ、勘違いしては困る。ただ『医師と患者の間に挟まれてお医者様に気に入られたいだけ』の保身的なヤツは、真面目に別の福利厚生の良い別会社に行けば良いのだ」
「しっ……しかしですね、社長!」
「ククク……医療・薬業界の変化は凄まじい。2年ごとに容赦なくやってくる診療報酬改定、年々難化の一途をたどる各種専門薬剤師の試験。指示待ちの『受け身』の姿勢の奴に、個人の成長など一ミリたりともありはしないのだよ……! 見ろ、あの者たちのギラギラとした『貪欲な顔』を!! ゾクゾクするではないか……!! あの強烈なまでの野心と貪欲さが、会社をより強く、より巨大に育て上げるのだ! 水瀬よ、お前も殻を破ってあの輪に混ざってくがよい!!」
「社長! 絶対に嫌ですよ!! 私、神崎(誠・葵)ご夫妻の圧は本気で苦手なんです!! あんな風に全員がカオスな会社組織だったら、私、ストレスで胃と精神が確実に爆散しますよ!!」
「ククク……それもそうか。はっはっは!」
鳳社長は愉快そうに笑うと、おもむろに両手をパン! と大きく打ち鳴らした。
パァン! パァン!
「ククク……皆のもの!! 存分に意見を戦わせ、やり合うがいい!! そして、その有り余るエネルギーで……我が社を業界最強のドラッグストアグループに押し上げるのだーーーっ!!」
会場のあちこちから、割れんばかりの歓声と野次が飛ぶ。
「「「「おーーーーーーっ!!(何故か気合が入る一同)」」」」
水瀬詩織が呆れ顔でため息をついた。
「社長……いったい何をどこまで本気で焚き付けてるんですか……」
「ククク……これだけ盛大に暴れ回ったのだ。今日のセミナーが終わったら、盛大に『最強の打ち上げ(大宴会)』をやるぞ……! 水瀬よ、ただちにその準備を進めなさい!!」
「っ……かしこまりました……!」
鳳社長は満足そうにお茶を飲み干すと、不敵に微笑んだ。
「どこか世間で『できる』と噂される優秀な連中というのは……総じてどこか狂っている、少し変わったものなのだよ。ククク……やっと我が社も、他社には真似できない強烈な『色(個性)』が出てきたではないか……!」
――この会社のトップである社長は、想像を絶するほどに懐が広かった。
……その一方で。
会場の隅のテーブル席で、神崎夫婦のマウント合戦の余波と、社長の壮大すぎるぶっ飛び発言を目の当たりにした――陣内拓海と薬師寺天音の二人は。
「「……もう無理です……」」
お互いに無言で視線を合わせると、ポケットからそれぞれ『ラベール胃腸薬プレミアム』を取り出し、一言も喋ることなく、一気に水で流し込むのだった。
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