もう少し、一緒にいたかった
放課後の美術室で筆を動かしながら、私は昼間のことを思い出していた。
結衣が、ゲームの話で他の子たちと盛り上がっていた。
知らない話題。
知らない空気。
私は輪の外に立っていた。
(……まただ)
胸の奥に残っている、あの感じ。
小学生のころもあった。
仲の良かった子が、別の子とばかり話すようになって、
自分の場所がなくなる気がして。
中学でもあった。
気づいたら、隣に座る人が変わっていた。
(同じだ)
ただ、それだけだ。
恋とか、そんなものじゃない。
ただ――
結衣が、他の誰かの隣に行くのが、
少しだけ嫌だっただけ。
理由なんて、考えなくていい。
昔と同じだ。
仲のいい子が、
自分の知らないところへ行ってしまうのが怖いだけ。
その日の放課後、美術室を出るとき、結衣はもう鞄を肩にかけていた。
「今日はもう帰る?」
なんとなく聞く。
「うん。家でゲームの続きやろうと思って」
悪気なく答える。
そこで、言葉が喉につかえた。
(……今言わないと)
自分でも理由は分からないけれど、引き止めたくなった。
「……一緒に帰らない?」
結衣が少し目を瞬かせる。
「いいよ」
あっさりした返事。
拍子抜けするくらい、普通に。
校門を出て、並んで歩く。
特に話すこともなくて、足音だけが揃う。
その沈黙も、嫌じゃなかった。
駅前まで来たところで、ゲームセンターの前を通りかかる。
派手な音と光が、ガラス越しに漏れている。
結衣が、ちらっと中を見る。
「あ……」
少しだけ足が止まる。
「入りたい?」
聞くと、結衣は少し迷った顔をしてから、
「ちょっとだけ」
と言った。
中は騒がしくて、光も音も落ち着かない。
でも結衣は、奥の方にあるクレーンゲームの前で足を止めた。
「これ、好きなキャラなんだ」
ガラスの中に並んだぬいぐるみを指さす。
「取れないけど」
そう言いながら、財布から百円を出す。
アームは、ぬいぐるみに触れただけで滑り落ちた。
「やっぱり無理か」
残念そうでもなく、ただ事実を言うだけみたいに笑う。
私は何となく、自分も百円を入れた。
「やるの?」
「……なんとなく」
結果は同じだった。
二人で小さく笑う。
それだけのことなのに、少し楽しかった。
外に出ると、もう空は夕方の色になっていた。
「付き合わせてごめんね」
結衣が言う。
「ううん」
本当に、どうでもいい時間だった。
でも。
(……もう少し、一緒にいたかった)
ただそれだけで、誘ったのだと気づく。
結衣は改札の前で手を振った。
「また明日ね」
「……うん」
背中を見送りながら思う。
取られたくないとか、
そういう大げさなことじゃなくて。
ただ、
結衣と一緒にいる時間が、
もう少し欲しかっただけだ。




