好きの形が違った
放課後。
教室には、まだ何人か残っていた。
帰る準備をしながら、
結衣が言う。
「今日、先帰るね」
「部活の子待ってるから」
「……うん」
声が少し遅れた。
結衣は鞄を肩にかける。
「また明日」
そう言って、教室を出ようとする。
その背中を見た瞬間。
(……今言わないと)
分からなくなる気がした。
「……結衣」
思ったより、小さな声だった。
でも、結衣は止まる。
「なに?」
振り向く。
いつも通りの顔。
それが、余計につらい。
言葉が出ない。
何を言うつもりだったのか、
一瞬分からなくなる。
でも。
昨日の手の感触が浮かぶ。
映画館の暗闇。
力の入っていない手。
自分だけが意味を持たせていた時間。
気づけば、口が動いていた。
「……私のこと」
喉が乾く。
「好きじゃないでしょ」
言ってから、
教室の音が遠くなる。
結衣が、少し驚いた顔をする。
「え?」
本当に意味が分からない、
という顔だった。
「なんで?」
その返事で、
胸の奥が静かに冷える。
「だって」
笑おうとする。
うまく笑えない。
「昨日、手つないだとき」
「……うん」
「なんか、嫌そうだったし」
「嫌じゃないよ?」
すぐ返ってくる。
でも。
「でも」
言葉が止まらない。
「なんかさ」
「私だけ、付き合ってるって思ってて」
「結衣は、前と変わってないっていうか」
「……」
「一緒にいても」
「私ばっかり、好きみたいで」
教室が、やけに静かに感じる。
結衣は少し困った顔をする。
その顔を見た瞬間、
確信してしまった。
(ああ)
同じじゃないんだ。
好きの形が。
結衣は、少し困った顔のまま言った。
「……ごめん」
「嫌いとかじゃなくて」
「付き合うって、よく分かんなくて」
「花音ちゃんが好きだから、いいって言ったけど」
少し視線を落とす。
「……なんか」
「違うのかも」
胸の奥が、ゆっくり痛くなる。
分かっていた。
でも、実際に聞くとやっぱり痛い。
私は、小さくうなずいた。
「……そっか」
それで終わらせればよかった。
でも、口が勝手に動く。
「じゃあさ」
結衣が顔を上げる。
「なんで、付き合ったの?」
責めるつもりじゃなかった。
ただ、聞きたかった。
結衣は少し迷ってから言った。
「……断ったら」
「花音ちゃん、泣きそうだったから」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「……え?」
「その場で断ったら、泣くかなって思って」
「だから、とりあえず……」
そこで言葉を止める。
胸の奥で何かが、静かに崩れる。
「……どうせ」
自分の声が、少し震える。
「どうせ、今泣くんだから」
結衣が何か言おうとする。
でも、止める。
「同じだよ」
それ以上、
聞きたくなかった。
沈黙が落ちる。
教室の外で誰かが笑っている。
いつもと同じ放課後。
でも。
もう戻れない。
私は、鞄を持ち上げる。
「……別れよ」
結衣の目が、少し見開く。
「え?」
「気持ちないのに付き合っても、意味ないし」
笑おうとする。
うまくできない。
「私、好きだから」
「これ以上、一緒にいたら」
「もっとつらくなるだけだから」
結衣は、何も言えずに立っている。
怒ってもいない。
止めもしない。
ただ、困った顔をしているだけ。
それが、最後だった。
「……じゃあね」
教室を出る。
廊下を歩きながら、
涙が勝手に出てくる。
分かっていた。
最初から、
同じじゃなかったんだ。
好きの形が。
でも。
(……これでいい)
これ以上、
自分だけが傷つくのは嫌だった。
だから終わらせた。
それだけだった。




