置かれているだけの手
付き合って最初の休日。
駅前で待ち合わせをして、
二人で映画館に向かった。
特別なことをするわけでもなく、
ただ一緒に映画を観るだけ。
でも、それだけで十分だと思っていた。
並んでチケットを買って、
ポップコーンを抱えて、
暗い館内に入る。
席は、隣同士。
スクリーンの光がぼんやり顔を照らす。
映画が始まる前、
私は自分の手を見た。
(……いいよね)
付き合っているんだから。
それくらい。
そっと、結衣の方を見る。
結衣はスクリーンを見ていて、
特に緊張している様子もない。
私は、小さな声で言った。
「……手、つなぐ?」
結衣が少しだけこちらを見る。
「うん」
あっさりした返事。
それだけで、
胸が少し軽くなる。
私はそっと手を伸ばした。
結衣も手を出す。
指先が触れる。
手を重ねる。
でも。
(……あれ)
どこか、ぎこちない。
力が入っていないというか。
握り返してくる感じがない。
ただ、置かれているだけみたいな手。
嫌がっているわけじゃない。
でも。
(……乗せてるだけ)
映画が始まっても、
結衣はスクリーンを見ている。
手をつないでいることを、
ほとんど気にしていないみたいに。
私は、映画の内容が頭に入らなかった。
(……これ)
自分だけが、
意味を重くしている気がした。
恋人だから。
好きだから。
一緒にいる時間が特別で。
そう思っているのは、
自分だけなんじゃないかと。
途中で、そっと手を離す。
結衣は特に気にした様子もなく、
そのまま映画を見ていた。
それが、余計に刺さった。
⸻
映画が終わる。
「面白かったね」
結衣が普通に言う。
「……うん」
私は笑ったつもりだった。
でも、胸の奥が冷たかった。
帰り道。
並んで歩きながら、
何度も同じ考えが浮かぶ。
(……気持ち、ないじゃん)
付き合っているはずなのに。
私だけが、
好きで。
私だけが、
距離を縮めたくて。
結衣は、昨日と同じまま。
何も変わっていない。
改札の前で立ち止まる。
結衣が言う。
「また明日ね」
いつもと同じ声。
私は頷きながら思った。
(……これ)
このまま続けても。
たぶん。
いつか、自分が先に限界になる。
帰ってからも、映画のことが頭から離れなかった。
楽しくなかったわけじゃない。
結衣も、普通だった。
でも。
あの手の感触だけが、何度も浮かぶ。
握っているのは自分だけで、
相手は、そこに置いていただけみたいな手。
(……考えすぎ)
そう思おうとする。
でも。
思い出すたび、
胸の奥が冷たくなる。
ベッドに横になって、
スマホを見る。
結衣からのメッセージ。
『今日はありがと』
それだけ。
いつも通りの文面。
特別な意味なんて、どこにもない。
返信を書こうとして、
手が止まる。
『うん、楽しかった』
そう打って、
送信した。
画面を閉じる。
天井を見る。
(……楽しかった?)
自分に聞く。
答えは、出ない。
⸻
翌日。
教室に入ると、
結衣はもう席に座っていた。
「おはよ」
いつも通り振り向く。
「……おはよ」
声が少し重い。
「昨日さ」
結衣が言う。
「家帰ってからゲームやっててさ」
楽しそうに続ける。
「やっとボス倒せた」
私は、少し黙った。
映画のあと、
家で思い出していたのは自分だけで。
結衣にとっては、
ただの休日の一部で。
そのあと普通に、
ゲームの続きをしていた。
(……ああ)
そこで、はっきり分かった。
好きの重さが、
違う。
私は昨日の時間を、
ずっと引きずっていたのに。
結衣は、
もう次の楽しいことに行っている。
「どうしたの?」
結衣が聞く。
「元気ない?」
「……寝不足」
また同じ言い訳をする。
結衣は「そっか」と言って、
すぐ前を向いた。
気にしていない。
それが、答えだった。
(……やっぱり)
胸の奥で、何かが静かに決まる。
このまま続けても。
たぶん。
自分だけが、
どんどん好きになっていって。
結衣は、
そのまま変わらない。
いつか、
自分が耐えられなくなる。
その未来が、
はっきり見えてしまった。
私は、机に視線を落とす。
(……言わないと)
もう、逃げられない気がした。




