第八話 鬼宴(下)
1
三河がスマホを耳から離し、皆へ向き直った。
「警視庁の本間警部から連絡入りました。大江山の封鎖、完了したっす。斥候は二人に任せて、みなさんは少し休んでください。集合は零時、裏口で」
黒崎は欠伸まじりに片手を上げ、
「オレは寝るわ」
とだけ残し、背中を向ける。
美維が肩を回しながら、
「アタシらも体力残しとこ」
めぐと真太郎も無言で頷き、それぞれの部屋へ散っていった。
―――
深夜零時。
裏口には全員の姿が揃っていた。
三河が手を叩く。
「よし、揃いましたね。大江山の麓まで向かうっすよ!」
黒崎が眠たげに眉を寄せる。
「眠みぃ……」
――その頃、大江山。
月も星も沈んだ闇の山中。
二つの影が木々の間を音もなく滑っていく。
イーグル――鷹谷はヘッドセットを暗視・ズームへ切り替え、呼吸音すら殺して進む。
スコーピオン――佳奈は指先に符を挟み、周囲を満たす“気”を読み取っていた。
「……静かすぎる。死んだ山みたいだ」
鷹谷が呟くと、佳奈が首を振る。
「いえ……多いです。八十……いえ、それ以上」
「ほぉ。宴の準備中、ってとこかな」
ふたりは木陰から眼下を覗いた。
篝火の周りで、雑鬼たちが輪を描き――
足を踏み鳴らし、腕を振り、意味のない音を喉の奥で転がす。
地獄の盆踊り。
「……センス良すぎんだろ、あいつら」
鷹谷は通信を開いた。
「こちらイーグル。雑鬼百以上。動きは……停滞」
三河の緊張した声が返る。
『停滞って、どんな?』
「……踊ってるよ」
佐伯の声が割り込む。
『東京・大阪班、所定の位置へ着いたら報告。仙台班は待機』
鷹谷は小さく息を吸う。
「了解……スコーピオン、様子見のまま静止だ。
いいねぇ――鬼どもの地獄が始まる」
2
“鬼の宴”を中央に、西へ鷹谷と佳奈、南へ黒崎とめぐ、東へ美維と真太郎――
三方向から包むように配置へ滑り込む。
黒崎が木陰に溶けながら無線へ声を落とす。
「ファルコン・ホーネット、到着」
ほどなく美維の静かな声が返る。
「ヴァイパー・クロウ、こちらも着いた」
佐伯が続ける。
『――まだ動くなよ。鬼らは宴の最中や』
その瞬間、めぐの足元で太い枯れ枝が勢いよく折れた。
バキッ!!
「えっ⁈」
めぐの顔が凍りつく。
山に響いた音へ、雑鬼たちの視線が一斉に集まった。
佐伯が怒鳴る。
『誰やー!』
黒崎がすぐさま返す。
「先生、ボクじゃありません。ホーネットさんがやりました」
めぐは縮こまりながら、
「す、すみません……」
鷹谷が西から状況を見て眉を上げる。
「雑鬼の群れ、ファルコン達へ移動開始」
佐伯、『しゃーない。戦闘開始や』
黒崎は符を構えるめぐへうなずく。
「どうせこうなる。行くぞ、ホーネット」
「はい…」
鷹谷が囁く。
「スコーピオン、行きますよ」
佳奈の目が吊り上がる。
「キャハハ!鬼狩りだぁ!」
真太郎が呟く。
「鬼退治は渡辺家の生業。任せてください」
雑鬼の群れが黒崎とめぐに殺到する。
めぐの符が連続で飛び、黒崎は“酒呑之牙”を携え、群れへ突入する。
次々と闇へ還していくが、多勢に押され黒崎はタコ殴りにされる。
「ファルコン!」
めぐの焦った声が上がる。
その瞬間、東から真太郎の影が駆け込み、一薙ぎで十体以上を切り伏せた。
「……三国無双かよ」
黒崎が呻く。
美維も追って現れる。
「……封」
雑鬼が飛ばした金棒を符で易々と弾く。
めぐが目を見開く。
「そんな使い方?」
美維が微笑む。
「封はね、守りにも使えるんだよ」
そこへ西の鷹谷と佳奈も合流。
「スコーピオン、援護」
「ハハハッ!!封!」
佳奈の符が命中するたび、
鷹谷の“牙”が華麗に一閃し、雑鬼たちを霧へ変えていく。
だが霧は消えず、篝火の向こうへ吸い寄せられていく。
三河の声が緊迫する。
『反応あり!人間です!コレはあの時と同じ、おそらく慶蔵さんです!』
「何っ⁈」
黒崎の顔が一変する。
木立の間から宙に浮かぶ慶蔵が現れ、篝火へゆらりと引き寄せられた。
口からこぼれた黒い息が霧へ混じり、巨大な影を形成していく。
――酒呑童子、復活。
ただその口に牙はない。
「……我、この穢土になぞ、戻りたき望みなど……持たぬ……」
ぽたり――血の涙が地へ落ちた。
三河『対象Sランク!削除対象っす!』
鷹谷が叫ぶ。
「解除申請!」
佐伯からの通信。
『――承認』
金剛銃のロックが外れる。
真太郎が一歩踏み出す。
「ボクにも、一撃入れさせてください!」
疾風のごとく駆け、一閃。
酒呑童子は回避したが、左腕が吹き飛んだ。
酒呑童子の金棒が真太郎を襲うが、“鬼切”がぎりぎりそれを受け止める。
鷹谷の声が鋭く飛ぶ。
「クロウ後退! 符使い達“滅”を!」
「滅ッ!!」
三人の符が刺さり、酒呑童子の動きが鈍る。
鷹谷が金剛銃を構え――
無言で引き金を絞った。
轟音が轟き、山を揺らす。
酒呑童子の胸に大穴が穿たれた。
鷹谷は肩を押さえながらよろめく。
その時、慶蔵が再び黒い息を吐き――
雑鬼が二体、痩せこけた躯を引きずり出すように現れた。
二体は黒崎と鷹谷にそれぞれ近づき、二人の“牙”を舌で絡め取る。
「かえせ……かえせ……」
「酒呑童子様へ……かえす……」
牙を舌に絡めたまま、篝火の向こうの闇に消える雑鬼。
次の瞬間、膨張した黒い霧が再び形を取った。
二回り巨大になった酒呑童子が立ちはだかった。
今度は牙がある。
ただし瞳は光を失っていた。
三河が叫ぶ。
『対象、計測不能……ヤバいです!』
真太郎が言う。
「符使いのみなさん、援護を!」
符が飛ぶ。
鷹谷が呟く。
「金剛弾、残弾一。二連射なんてしたことたいんですがね…」
金剛銃を静かに構える。
真太郎が酒呑童子に再び飛び込み斬りかかる。しかし金棒に弾かれ、地面へ転がり失神。
符使いたちは半円を取り直し、
その中心に――鷹谷がゆっくり一歩、前へ出る。
「滅ッ!!」
符が刺さる。それでも前進は止まらない。
鷹谷は二発目を撃ち放つ。
鷹谷の肩が外れた音が鈍く鳴る。
轟音。
酒呑童子の胸を貫く。
「二度と……この現し世へ……呼び戻すこと……なかれ……」
闇に溶けゆく中、
二本の大きな牙だけが地に残った。
―――
鷹谷は右肩を押さえ蹲り、
真太郎は気を失い、
符使い達も立っているのがやっとだった。
静寂を裂くように、
慶蔵が黒崎の方へ歩き出す。
黒崎はふらつきながら立ち上がり、拳を握ると紫のグローブに梵字が浮かんだ。
黒崎は一瞬で距離を詰め、打撃を連ねる。
慶蔵は拝蔵のように軽く受け流し、玄武流の型で鳩尾へ二本指を突き込む。
黒崎が地へ崩れる。
「うぐっ……その技も玄武流……慶ちゃん、オレだ……ハヤトだよ……!」
慶蔵の瞳が揺れた。
「ハ……ハヤト……? う、うう……」
両手で頭を押さえ、苦しげに膝を折る。
鷹谷の声が飛んだ。
「ファルコン! 撃て!」
黒崎は腹を押さえながら立ち、
揺れる瞳で慶蔵を見据え――
金剛銃の引き金へ指を添える。
しかし。
闇が翼の形をとり、慶蔵の背に貼りついた。
バサリ、と黒い翼が広がり、
慶蔵は東の闇へ飛び去る。
―――
酒呑童子の牙二本を拾い上げた鷹谷が、
怒りと悔しさを宿した目で黒崎へ歩み寄った。
「……ファルコン。撃てたはずだ。ロックも外れていた」
黒崎は血を拭いながら、
「……今日、確信した。慶ちゃんはまだ“空亡”に操られてるだけだ。
オレは、人間には……撃てない」
その言葉の直後、鷹谷の拳が黒崎の頬を殴りつけた。
「オラだづだって命懸けで戦ってんだべや!!
鬼に力を吹き込める人間なんて、何処にいんだよ!!」
黒崎は反論できず、ただ目を伏せる。
鷹谷は肩を震わせ、
「……次、奴が現れたら。
オラはためらわねぇ。撃つ。
……佳奈、行ぐべ」
佳奈と共に、闇へと消えていった。




