第五話 顕現
1
ハイエースが山道を抜け、北の山中で止まる。
静まり返った夜気の中、四人が降り立つ。
三河が端末を掲げながら言う。
「じゃ、僕はここで通信キープっす。お気をつけて!」
冷たい風が森を渡り、無線にノイズが走る。
そこに佐伯の通信が割り込む。
『四体、そっちに近づいてきてるで』
美維がニヤリと口角を上げる。
「ファルコン、ホーネット。アタシとクロウで先行するね。二人とも夜目きくし。最近、小物ばっかで退屈してたしね」
真太郎も軽く笑い、顎を引く。
「お先に失礼します」
黒崎が肩をすくめる。
「気ぃ抜くなよ」
美維と真太郎が、闇へ跳ねるように消えていく。黒崎とめぐが続く。
――
月明かりの下、上空に四つの黒い影。
カラスの面、修験者の装束。両手の小刀が光を反射する。
真太郎はすでに柄へ手を添えていた。
「来た…」
小天狗が一斉に小刀を投げる。小刀が風を裂き、二人の体を掠めた。
「ヴァイパー、上空の四体、堕として。あとはボクが…」
「了解。封…」
美維が持った四枚の符が青白い光を帯び、それぞれが意思を持つように空へ舞い上がる。
「…行け」
光の尾が夜気を裂きながら、小天狗たちへ突き刺さる。
ドンッ――衝撃音。
焔を散らしながら四体が墜ちてくる。
めぐが目を丸くする。
「な、なに⁈ そんな使い方できるの⁈」
黒崎が鼻で笑う。
「ファンネルだな」
地面を蹴る軽い音。
真太郎が疾風のように駆け抜け、ただ一閃。
斬られた小天狗は霧のように崩れた。
黒崎がぼそりと漏らす。
「もう全部あいつら二人でいいんじゃないかな…」
めぐは真太郎の残像を追うが、視線が空を泳ぐ。
「クロウの動き…見えなかった」
その時、晴夜の山頂に稲光が走り、夜空が裂けた。
低い唸り声が山を揺らす。巨大な“何か”が近づいていた。
⸻
2
『デカいのが来てるで!』
佐伯からの通信。
『レベチが南下中っす!』
三河の声が重なる。
黒崎が短く指示を飛ばす。
「ホーネット、暗視だ」
「はい!」
美維が身を震わせた。
「ヤバいヤツだ…これ、ただの天狗じゃない」
真太郎は無言で呼吸を整える。風が止み、落ち葉がひとひら、静かに落ちた。
――闇の奥から六体の小天狗を従えた“影”が姿を現す。
山の空気が一瞬で凍りつく。
三メートルを優に超える巨体。
血のように赤い顔、岩の筋肉。
突き出た鼻。右手には巨大な団扇。
―大天狗。
その咆哮が山肌を震わせる。六体の小天狗が四方に散り、黒崎とめぐを囲んだ。
小刀が雨のように飛ぶ。
黒崎は“牙”で弾き、めぐはひらりと身をひねって避ける。
「ホーネット、左!」
「り、了解っ!」
黒崎の投げた手裏剣が夜を裂き、羽を貫く。
堕ちた小天狗へ踏み込み、拳を叩き込む。小天狗は煙のように消えた。
めぐが符を次々と放つ。
青白い雷光が走り、二体、三体と堕ちていく。
黒崎が牙で止めを刺しながら叫ぶ。
「小せぇ奴、あと一つ!」
「私が! 滅ッ!」
最後の小天狗が羽を散らして消えた。
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3
―その頃。
美維と真太郎が大天狗と対峙していた。
団扇が振るわれる度、暴風が山肌を削る。
「風を操ってる…!」
「近づけない……!」
美維の符が弾き飛ばされ、真太郎は岩陰へ滑り込む。
赤い巨影が、土煙の中で揺れている。
「ヴァイパー、合わせて!」
「任せて! 滅――!」
符が風を裂き、大天狗に突き刺さる。
真太郎の刀身が青白く光る。
一瞬、空気が止まり――
一閃。
大天狗の巨体が真っ二つに裂け、光の粒となって散った。
静寂。
遅れて黒崎とめぐが追いつき、四人の呼吸が揃う。
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4
そこに三河の通信が入る。
『反応あり!これ…人です!』
黒崎が眉をひそめる。
「人間⁈」
木立の奥、浮遊する影がゆらりと近づいてくる。
黒い外套、漆黒の瞳。背後で“闇”が蠢いていた。
月光がその顔を照らす。
美維が吐き気を抑えながら呟く。
「なんて禍々しい気…」
黒崎が息を呑む。
「…け、慶ちゃん⁈」
「知ってるの⁈」
「服部慶蔵――」
めぐが戸惑う。
「慶蔵って⁈」
黒崎は短く答えた。
「“空亡事件”の、唯一の生還者だ」
美維の目が見開かれる。
「え⁈」
慶蔵の口から黒い息が漏れた瞬間、消えたはずの大天狗の残滓が蠢き、再び形を成す。
さらに膨れ上がり、木々を圧し潰す巨体へ。
「な、なにこれ……⁈」
慶蔵は宙へ浮かび上がり、西の空へ消えた。
大天狗が団扇を振るい、暴風が走る。
黒崎、美維、真太郎は身を捻って避けるが、めぐだけが吹き飛ばされ、大木に叩きつけられた。
「うっ!」
「ホーネット!」
めぐは立ち上がりながら息を整える。
「だ、大丈夫です…ファルコン、行ってください」
「無理すんな。退く時は退け!」
真太郎が刀を構え――次の瞬間、その姿が掻き消えた。
首へ斬撃。大天狗がのけぞる。団扇が真横に裂け落ちる。
美維が一枚の符を取り出し、呪を走らせる。
「――滅、行け!」
閃光となった符が剣閃に重なり、大天狗の右腕を斬り落とす。
だが――
大天狗は落ちた腕を拾い上げ、肩に押し当てた。
脈打つように右腕が繋がる。
大天狗が反撃の一薙ぎ。真太郎が刀で受けるが、吹き飛ばされる。
『本部との通信途絶!SAランク!削除対象っす!』
三河の叫びが飛ぶ。
黒崎が舌打ちした。
「またかよ!室長寝てんじゃねぇのか⁈」
『別の回線探すっす!』
黒崎の口角が自然と上がる。
「しゃあねぇな――行く!」
“牙”を構え、巨体へ突っ込む。
黒崎は大天狗が振り下ろした右腕を両腕で防ぐ。
「ふう、装甲がなきゃ骨折れてたな」
黒崎は静かに息を吐き、“半眼”になる。
次の瞬間、動きが変わった。
大天狗の背後へ滑り込み、“牙”で背中を縦に裂く。
だが、その傷も瞬時に塞がる。
「埒が明かねぇ!」
三河が叫ぶ。
『通信復旧!』
黒崎がイラつきながら叫ぶ。
「室長、ロック解除申請!」
佐伯からの通信。
『―承認』
ガコン。
鈍い音を立て、金剛銃の“封印”が解かれる。
「ヴァイパー、奴の動き止めてくれ!」
美維が舌打ちし、符を四枚投げ放つ。
肩・胸・鳩尾に突き刺さり、大天狗の動きが鈍る。
黒崎は一瞬、瞼を閉じた。
――静寂。
低く祈りが漏れる。
「南無大師遍照金剛…」
ゆっくりと目を開く。引き金に指を添えた。
銃口前の空間に胎蔵界曼陀羅が歪みながら浮かぶ。
轟音。
光が大天狗を貫き、木々ごと断ち割る。
悲鳴が夜気に消え、大天狗は闇へ還った。
焦げた風が山肌を撫で、金の欠片が揺らめいて消えていく。
風が止み、静けさが戻る。
めぐが立ち上がりながら呆然と呟く。
「あれが…金剛銃…」
真太郎も息を整えながら見つめる。
「久しぶりに見たけど…やっぱ凄い」
月光と硝煙のにおいだけが残った。
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6
美維が肩で息をしながら近づく。
「ハヤト、さっきの…」
黒崎は右肩を押さえながら答える。
「ああ、あれは確かに慶ちゃん。服部慶蔵だ。十八年前と同じ姿のまま」
「“空亡事件”の生還者、搬送先から行方不明になってたんじゃ?」
「そうだ。なんでこんな所に…」
佐伯の声が重く響く。
『映像からしかわからんが、慶蔵は操られとるな。“空亡”に――』
めぐが黒崎を見る。
「黒崎さん。“空亡”って…何なんですか⁈」
黒崎は静かに答えた。
「十八年前、オレと拝蔵爺さんの目の前で、オレの両親と…慶ちゃんを“喰った”存在だ。妖なのか、まったく別のモノなのかもわからん。
オレが“奇異物係”にいるのは、あいつを闇に還すためだ」
黒崎は西の空を睨む。
山の稜線の向こう、月が黒く滲んでいた。




