第二話 猫探
1
五月の朝。
めぐが勢いよく事務所のドアを開ける。
「おはようございまーす!」
ソファで寝ていた黒崎が、あくびをし、寝癖頭を後ろに撫でつけながら起き上がる。
「ふぁ…おっす。朝からテンション高ぇな」
続いてドアが開き、三河が入ってくる。
「おはざまーす!黒崎さん!大鈴さん!」
「おはようございます!」
「おっす」
三河がUber Eatsのバッグから小箱を取り出し、テーブルに置いて蓋を開ける。
「大鈴さん、“滅”っす!」
その瞬間、めぐの背後から声がする。
「おはよ…」
めぐが驚く。
「ひっ⁈」
振り向くと、いつのまにか佐伯が立っている。
「えっ⁈室長!ど、どこから⁈」
佐伯はまるで何もなかったように微笑み、コーヒーの香りを楽しみながら言う。
「めぐちゃん、“滅”はな、めっちゃ体力と精神力削るんよ。作る方も、使う方もな。せやから数も少ないし、使うと、まあまあしんどい。
そやなあ、『ドラクエ』でいうところのHPとMPが同時にガッツリ減る感じや」
黒崎が呟く。
「わかりづれぇよ…」
めぐがボソリと言う。
「私、“封”は毎晩、訓練してますけど…」
佐伯が聞く。
「どこで?」
めぐが戸惑いつつも言う。
「よ、夜の公園で…」
黒崎がにやけながら言う。
「若い女が夜の公園で『ふう!ふう!』言ってたら、それ、ただの不審者じゃねぇか」
佐伯、憐れむように言う。
「…地下に射撃場あんの言うてなかった?そこ自由に使ってええんやで…」
めぐ、半べそで嘆く。
「早く言ってくださいよ〜」
――
「“滅”で練習しすぎたら、それこそ死んでまうで。ここぞ!という時に使うんや。気合いと根性!それとー」
黒崎がポツリと。
「…睡眠」
三河は胸を張って。
「飯っす!」
佐伯が頷きながら言う。
「そうそう、それそれ。腹と心は満たしといた方がええ。どっちもスカスカやと、バケモンより先に己が沈むで。
ということで、今回のミッションや。三河ちゃん」
「はい!八王子の高尾周辺で、飼い猫が大量失踪。高尾山のハイカーが、“化け猫”に襲われたという証言がありまして、『奇異物係』に話が。これ、SNSに上がってた画像っす」
そこには不鮮明な巨大な白猫の画像。
佐伯はコーヒーの匂いを嗅ぎながら言う。
「この化け猫が強烈なフェロモンでも出しとんのやろ。ちゅうことで今回は“猫探し”や」
黒崎がテンション低く呟く。
「…オレ、猫アレルギーなんだよなぁ」
めぐが言う。
「え?猫たん、かわいいのに」
身体を掻きながら黒崎が言う。
「身体が痒くなって来た…シャワー浴びてくる…」
めぐが驚く。
「もう?!」
黒崎は事務所の奥のシャワー室に消えてく。心なしか肩を落としている。
三河が黒崎の背中を見ながら言う。
「仕事前に風呂って、美容系男子っすね」
「…弱点、見っけ」
めぐがニヤリと笑った。
2
中央高速を八王子方面に走るランドクルーザー。
ハンドルは黒崎が握っている。
三人とも軽登山用の服に着替えている。
三河が不貞腐れながら言う。
「僕が運転するのに〜」
黒崎は冷静。
「今回は少しだけ遠いからな。体力は温存しておきたい」
めぐ嬉しそうに車窓を見ながら言う。
「黒崎さんの運転、安心できます」
三河シュンとする。
「大鈴さんまでそう言う?」
めぐは思い出したように言う。
「そうだ。黒崎さん、“金剛銃”って何ですか?」
黒崎、まっすぐ前を見つめつつ、
「ああ、そうだなぁ。『宇宙戦艦ヤマト』でいうところの“波動砲”みたいなもんだ」
めぐ、首を傾げる。
「わかるような、わからないような…」
三河が口を挟む。
「とにかく“ヤバい武器”っす!」
「はあ…」
結局、めぐはよくわからなかった。
―――
高尾山インターチェンジを過ぎ、旧甲州街道に入る。
黒崎がカーナビを見ながら言う。
「三河、この辺だよな」
「そこを左に入った山道っす」
山道に入り、未舗装の道を進む。
三河はタブレットを見ながら言う。
「情報だと、この辺っすかね」
進んだ先、規制線の前には刑事と警官が立っている。
黒崎が本間警部を見つける。
「またチュウさんだよ…」
タバコを咥えた本間忠が、片手を上げながら言う。
「よう黒崎、またお前か」
「お疲れ様です、チュウさん」
本間、タバコを缶コーヒーの空き缶に突っ込みながら、
「化け猫が出たのはこの先だ。派手にドンパチすんなよ。大鈴君も頼むぞ」
「了解了解。ではまた」
めぐがちょこんと頭を下げる。
「本間警部、了解です」
―――
少し開けた場所に車を止め、降り立つ三人。
午後三時、空気がひんやりしている。樹木の香りが濃い。夕暮れまでにはまだ時間がある。
めぐが猫じゃらしを振りながら猫を探す。
「猫た〜ん、猫た〜ん、どこですか〜」
森の奥でカラスが「カー」と鳴く。猫の気配はない。
黒崎が、めぐを珍獣でも見るような目でじっと見る。
「アホか。そんなんで見つかるかよ」
三河が黒崎に寄ってくる。
「ドローン持って来たっす!
飛ばします?」
「ああ、頼む」
「ほいっと」
三河がドローンとプロポを車から下ろす。
「便利機能搭載、オリジナルドローンっす。今回のために、YouTubeから『絶対猫が寄ってくる音声』拾って来たっす。ドローンのスピーカーから大音量で流しながら飛ばします!」
黒崎は呆れ顔。
「YouTubeて…」
三河がプロポを操作する。飛び立つドローン。
別のモニターでドローンからの映像を眺める黒崎とめぐの顔が真剣になる
順調に飛ぶドローンを操作してつつ三河が言う。
「よしっ、ここでスピーカーのスイッチオンっと」
ドローンから音楽が流れる。
♪おお〜きなのっぽのふるどぉけい〜おじぃ〜さんの〜とけいぃ〜♪
黒崎が、眉を顰める。
「三河、何だ?コレ」
「間違えました、『絶対赤ちゃんが寝る歌』でした。すんません…。こっちでした」
「るあぁ〜、るあぁ〜るるるぁあぁ〜」
『猫なで声』がドローンのスピーカーから流れ始める。
ドローンが進む。
ドローンの音に吸い寄せられるようについてくる猫。二匹、三匹、どんどんと増えてくる。
三河が自慢げに言う。
「ほら!寄ってきましたよ!ここからだいたい400メートルぐらい西っすね」
黒崎の顔が曇る。
「うわぁ…めちゃくちゃいる…」
めぐの顔が明るくなる。
「わあ!天国ですね!」
「地獄だよ…」
黒崎は身体を掻きながら言った。
その時、一匹、尋常じゃない大きさの白猫が近づく。虎のように筋肉質で、首には大きな鈴。顔は確かに猫。赤い瞳が二つ、ドローンをじっと睨む。
黒崎、うんざりした顔でポツリと。
「出たよ…」
めぐが言う。
「でっか!出ましたね。さ、行きましょうか、ファルコン」
「気が進まねえが、行くか…」
黒崎は深紫のグローブを両手に嵌める。
「黒崎さん、はいっ!猫よけスプレ〜♪」
スプレー二本を両手に掲げる三河。
「ドラえも〜ん!…これほどお前を愛おしく思ったことはないぞ…三河…」
めぐ、冷めた顔で漏らす。
「感動の場面っぽいですけど、さっさと行きましょう」
三河が呑気に言う。
「じゃ、僕はここでモニタリングっす。お気をつけて!」
「お前は気楽でいいな…」
ぼやきつつ、黒崎は全身に猫よけスプレーをかけまくる。
「くっさ!」
黒崎がスプレーを一缶使い切る。柑橘系の香りが森に漂った。
3
森の中を進む二人。足場が悪い。
めぐが言う。
「ファルコン、もうすぐですかね?」
「ホーネット、お前、ちょっと楽しんでねぇか?あぁ、鼻がムズムズする。…近いな」
黒崎、ポケットから不織布マスクを出してつける。
通信機から三河の声。
『ファルコン!大変っす。事務所と通信ができません!』
黒崎が苛立ちながら言う。
「何⁈『承認』無しじゃ、“金剛銃”が使えねぇじゃねぇか。オレは近接戦かよ…。痒っ!」
前方から猫の群れが現れ、二人が同時に言う。
「わあ」
声の意味は真逆。
群れの後ろに化け猫が現れる。
黒崎がやれやれ顔で言う。
「出やがった…。ホーネット、ここで後方支援!」
黒崎、猫よけスプレーに“酒呑之牙”で穴を開け、猫の群れに投げ入れる。缶からミストが噴き上がる。
「ミギャー!!!」
猫の群れが八方へ散らばる。
黒崎ニヤリ。
「効果テキメン!」
しかし、化け猫は動じない。
無線から三河の声。
『ファルコン、対象、反応が…出てません。ランク不明っす』
「かったりぃなぁ」
その瞬間、鬼火が二つ、ぼっと灯る。
化け猫の影が、黒崎の背後に。
「シャー!」
化け猫の爪が黒崎のマウンテンパーカーの背部を引き裂く。
黒崎が“牙”を化け猫に向かって振るう。
その時には化け猫はすでに離れた場所にいる。
黒崎が声を張る。
「ホーネット、“封”を!」
「はいっ!封ッー!封ッー!封ッー!」
三発目の札が化け猫に当たる。少し動きが鈍るが平然と前に歩いて来る。
黒崎は再び“牙”を構え化け猫へ突進する。
化け猫の毛が黒崎に纏わりつく。
黒崎が化け猫から離れながら言う。
「やっぱりダメだ。痒すぎる…、ホーネット、打てるだけ“封”を打ってくれ…」
「はいっ!」
めぐが、息を切らしながら再び“封”を放つ。
「こんなもんしてたら呼吸ができねぇ!」
黒崎がマスクを剥ぎ取る。
その時、父親の言葉が黒崎の脳裏に蘇る。
「…ハヤト、苦しい時はな、心の位置を変えろ…」
黒崎が瞼を閉じ、低く呟く。
「心頭滅却すれば猫毛も癒やし…」
半眼になった黒崎。動きが明らかに変わる。
化け猫へ向け駆ける。
全ての動きが最小限になり、スピードが増す。打撃は連続で化け猫にヒット。無駄な動きは一切ない。
めぐが目を丸くして言う。
「…ファルコン、本当にハヤブサみたい…」
黒崎が再度叫ぶ。
「ホーネット!気合いで!“滅”を!」
「はいっ!滅ッーーー!」
札を放った後、フラっとよろけ、膝をつくめぐ。
針のような札が高速で化け猫に突き刺さる。ダメージが確実に蓄積している。
「ふん!」
黒崎が化け猫に“牙”を突き立て、一気に斬り裂く。
一瞬、鈴が「りん」と鳴り、化け猫は空に吸い込まれるように消えてく。
黒崎に纏わりついていた猫の毛を風が運んでいく。
化け猫の鈴だけが残った。
4
「ふう…」
黒崎が息をつく。
途端、周りの草むらから無数の飼い猫が飛び出してくる。
「わっ!」
黒崎が猫の群れから飛び退く。
猫たちは黒崎を避け、めぐの元へ集まる。
猫たちと戯れるめぐ。
「わあ、幸せ〜」
「こっちは不幸のズンドコだよ…」
フラリと倒れる黒崎。
無線から三河の声。
『事務所との通信復旧っす!』
佐伯から無線。
『…すまん、寝とった』
黒崎はフラフラしながら言う。
「…三河、アレルギーの薬あるか…」
三河からの通信。
『すんません…ユンケルしかないっす…』
佐伯が言う。
『黒崎ちゃん、大丈夫かぁ』
「室長、もう…限界です。裏ルートで処方箋を…強力なやつ…」
めぐが言う。
「室長、猫たんたちはどうします?」
『帰巣本能があるやろ、ほっとき。“鈴”だけは回収してな。
黒崎ちゃん、西八王子駅前の調剤薬局まで我慢してなぁ』
めぐが黒崎に駆け寄る。
「黒崎さん、車まで歩けます?」
「無理。身体が痒くて…力が出ない…」
「黒崎さん、顔がアンパンマンみたいになってますよ!」
「ジャムおじさん呼んできて…」
猫たちは黒崎たちを振り向きつつ、静かに家へと帰っていった。




