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奇異ものがかり〜隼と雀蜂〜  作者: 空-KUu-


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2/10

第一話 初陣

1


四月。


―雨上がりの新宿裏通り。

生ゴミと吐瀉物の臭い。

古びた雑居ビルの前で、スーツ姿の大鈴めぐが立ち止まり、メモを確認する。

―住所、ここで合ってる?よね?」


めぐは恐る恐る二階に上がる。


ドアには、手書きの「特事室・東京」のプレート。

「筆ペンで手書き?達筆だけど…」


ドアをノックする。


「開いてるでぇ、はいりぃ」

気の抜けた声が聞こえた。


めぐは緊張しつつドアを開ける。

「本日、警視庁より“特事室”に出向してまいりました。

大鈴めぐです!よろしくお願いいたします!」


奥のソファから佐伯が顔を出す。銀髪を後ろで束ねている、三十代の男。

「お、めぐちゃん、久しぶり」


「佐伯さん、その節はお世話になりました」


「改めて、室長の佐伯や。よろしくな、めぐちゃん」


奥の扉が開き、長身の男が現れ、音を立てず歩いてくる。

オールバック、無精髭、眠そうな目、黒いスーツ。火のついてないタバコをくわえ、目だけめぐをチラリ。


「お、黒崎ちゃん。この子が新任の大鈴めぐちゃんや」


「大鈴です。よろしくお願いします!」


佐伯が紹介する。

「で、彼が黒崎隼。めぐちゃんの教育係兼、バディや」


黒崎がめぐを見下ろし、ボソリと呟く。

「“ふだ使い”の補充要員の…大鈴ね。ちっこいのが来たな」


「(符使い?)」


「ま、頑張れや。で、いくつ?」


「二十三ですけど…」


「JKかと思ったわ」

黒崎はチェアにドカっと腰掛けながら、スマートフォンをいじる。

「教育かあ、かったりいなぁ…室長、オレは“符”は使えませんよ」


めぐが眉間に皺を寄せ、黒崎を見る。

「(何?この人。感じ悪っ)」


入り口のドアが勢いよく開く。スカジャンを着た男が入ってくる。


「ちーす! お届け物でーす。

お、新入りの大鈴めぐさんですね! 思ってたよりキャワイィっすね!僕、便利屋兼オペレーターやってます、三河弥三郎みかわやさぶろう27才。よろしくっ!」


めぐが軽く会釈をしながら言う。

「よろしくお願いします。…便利屋さん?」


黒崎が横から口を挟む。

「サザエさんでいうところの三河屋だ」


めぐが戸惑いつつも言う。

「三河屋…」


三河はおちゃらけながら言う。

「運ぶのはビールじゃなくて情報、弾薬とかですけどね。後、ヘリや車や船も調達できますよー!バックアップはおまかせあれ〜」


佐伯がデスクに肘をつき、にやりと笑う。

「めぐちゃん、そこ座って楽にしぃ」


めぐがソファに座る。

「はい」


佐伯が話し始める。

「で、ここの事なんやけどな、いわゆる、“あやかし”とか言われるモンの観測と『闇還し』がメインなんや」


めぐは目を丸くして言う。

「あやかし?」


佐伯が静かに告げる。

「そ、“この世ならざるもん”を、向こう側、『闇』へ還すんや…」


真剣な目になる佐伯。

「『特異事案』の資料見たことは?」


「…一応は。半信半疑でしたけど」


「“特事室”っちゅうのはな、

内閣官房の下にある、非公開の独立組織や。

正式名称は“内閣官房特異事案情報分析室”。

表向きは“治安情報分析課の分室”ってことになっとる」


めぐの喉が鳴る。

「非公開…裏組織ってことですか?」


「まあそんなとこ。

防衛省、警察庁、公安、それに自衛隊情報保全隊とも情報共有しとる。

ただ、指揮命令系統は完全に独立。

政府のどの省庁にも属さん、“影の防衛線”や。」


「影の…防衛線…」


佐伯が頷く。

「せや。

全国から“怪異・未確認存在・異常事案”の報告が上がってくる。

普通の警察じゃ処理できん案件を、うちが引き取る。

警察や自衛隊の一部からは“奇異物係きいものがかり”なんて呼ばれとるけどな」


「きいものがかり?」


黒崎がくぐもった声で補足する。

「バケモノの掃除屋、ってとこだ」


めぐ、戸惑いつつも言う。

「ほんとに…そんなものが」


佐伯が軽く微笑みながら言う。

「あるんや。

信じるか信じないかはあなた次第―なんてな」

ニヤリと笑って、コーヒーの匂いを嗅ぎなら言う。

「三河ちゃん、出して」


「あ、はい。どうぞ」

三河がUber Eatsのバッグから小箱を取り出して机に置く。


開けると、そこには束になった“符”が入っている。『封』と記されている。


佐伯が“符”を指しながら言う。

「これ、装備」


めぐは戸惑う。

「装備?何なんですかこれ?」


「呪符や」


「呪符?私に使えるんですか?」


佐伯はニヤリと笑いながら言う。

「普段やと“本部”で訓練してもらうとこなんやけどな。

わいの見立てでは、めぐちゃんは現場で伸びるタイプや。

警察大学校の時から目ぇつけとった。前任が関西行ってもうたからな。急遽来てもろた。

今は“封”のお札だけやけど、いずれ“めつ”も任せる日が来る。バケモンに会うたら“封”って言いながら投げつけてみ。

気合いを込めて、な」


めぐの頭の上に“?”マークが出る。

「気合い…」


「気合いと根性!これが大事や。

めぐちゃん、あんたには“素養”がある。わいのお墨付きや。

あとここは給料ええで。危険手当も残業手当もバッチリや!」


黒崎がぼやく。

「使う暇ないけどな…」


佐伯が続ける。

「有給買取り、休日出勤手当もあるで」


黒崎、またぼやく。

「休みくれよ…」


三河が思い出したように言う。

「あっ、そうだ、大事なこと忘れてた。黒崎さん。お待ちかねの“酒呑之牙”持ってきましたよ」


少しテンションが上がる黒崎。

「おっ!やっと来たか!」


黒崎、アタッシェケースを開け、小型のナイフを鞘から取り出し、ニヤニヤと眺める。


佐伯が黒崎を見ながら言う。

「黒崎ちゃん、それ重要文化財級のお宝やで。それ狙っとる“奴ら”もぎょうさんおる…」


黒崎がナイフを眺めながら呟く。

「奴らねぇ…」


三河が続ける。

「黒崎さん、“スーツ”は調整中で、もう少し時間が欲しいと、本部おやまが、」


黒崎はナイフを眺めていて聞いてない。


黒崎を見ながら佐伯が言う。

「黒崎ちゃん、“金剛銃”の弾はめっちゃ貴重やけど、“牙”は『承認』無しで使ってええで」


「(金剛銃?)」

めぐは疑問に思う。


黒崎はナイフを触りながら言う。

「それは助かるな」


佐伯が話を変える。

「で、早速やけどな今回のミッションや。三河ちゃん」


「説明しまーす。江戸川河川敷で釣り人が連続で行方不明。

所轄が手に負えず、“奇異物係”へ。室長の見解では『河童案件』っす」


めぐ、またまた驚く。

「か、河童ぁ⁈」


黒崎、ぼやく。

「水辺かよ。靴が汚れる…」


佐伯が三河に言う。

「三河ちゃん。アレ、買うて来てくれた?」


「言われたから買って来ましたけど…これでいいんっすか?」


Uber Eatsのバッグからスーパーの袋を取り出す。


中身はきゅうり。


黒崎が呆れる。

「きゅうり…」


佐伯は構わず続ける。

「こう言うベタなんが一番効くんよ、一応“念”だけは込めとくわ」


佐伯はスーパーの袋に向かって手をかざし、聞こえない声でぶつぶつ呟く。

「ほい、黒崎ちゃん、これで“釣れる”で」


「…」

黒崎は訝しげな顔をしてスーパーの袋を受け取る。袋の中できゅうりが少し震えた気がした。


佐伯が思い出したかのように言う。

「あ、そうそう。めぐちゃん。ミッション中はコードネームで呼び合ってな。黒崎ちゃんはな“ファルコン”や」


めぐ、またまた?マーク。

「コードネーム…?」


「職員より、エージェント。本名よりコードネームの方がカッコええやん?」

「はぁ…」

「めぐちゃんは、そやなあ。うーん。今回のミッション見させてもろてから決めよか」


三河が言う。

「一階ガレージに車は用意してあります。準備が終わったら、出発しますよ!」


めぐ、戸惑いつつも言う。

「この格好で?」


「あっ、どうぞ、ジャージっす」

三河がジャージを差し出した。


―――


更衣室から出てくる、ゆるゆるのジャージを着ためぐ。


佐伯がポツリと、

「めぐちゃん、…酔うなよ」


振り向くめぐ。

「え?」



2


三河の運転で現場に到着する。

「到着っす!」


めぐの顔は真っ青。

「うえぇ。三河さん運転荒すぎ…」


「そうっすか?黒崎さんはどうっすか?」


「…慣れた…うぇ」


―――


規制線の前に警官と刑事が立っている。


警官が三河に向かって言う。

「ここから先は通行止めですよ」


三河がポケットからIDを取り出して見せる。

「はい、IDっす」


警官がIDを見て言う。

「あっ、奇異も…。どうぞ」


刑事が車を覗き込む。

「お、黒崎」

「あ、チュウさん、お疲れ様です」


「え⁈本間警部?」


刑事、本間忠ほんまただしが驚きながら言う。

「大鈴君か?噂では聞いていたが、本当に“奇異物係”に入ったのか。君ほどの逸材が…。ま、気をつけろよ」

「はい、ありがとうございます」


黒崎が驚きながら言う。

「チュウさん知ってんのかよ」


「以前、現場で指導してもらいまして…」


―――


川面を見ながらめぐがぼやく。

「臭ーい。…本当にここが現場ですか?」


三河が言う。

「河童っすよ、河童! 準備はいいっすか?」


黒崎が真面目な顔になり言う。

「三河屋、ここでバックアップたのむ。

さて、新人歓迎会だ」


水面が月明かりに揺れる用水路。


闇の中、遠くからじっとこちらを見ている“物”がいる。


黒崎が水面を見ながら言う。

「ま、低級だろ。けど油断はすんなよ」


めぐが、小声で呟く。

「低級…ですか」


黒崎がスーパーの袋からきゅうりを取り出し、川に投げ入れる。


二、三分、何も起こらない。


黒崎はしゃがみこんでいる。

「はぁ〜。かったる」


その時、急に波がきゅうりに向かって動いてくる。ゴボッ、と水面が盛り上がる。


黄緑色の肌。頭には皿。赤い目。裂けた口。


めぐが驚く。

「か、河童?!」


一方、黒崎は嬉しそう。

「ははっ、マジか。ほんとに釣れた。さてと、やるか」

両手に深紫のグローブを嵌める。


川辺に近づいた黒崎の足首を河童が掴み、一気に引きずり込む。


めぐが叫ぶ。

「くろさ、じゃなくて、ファルコン!」


黒崎

「ぐっ、思ったよりでかいな…油断した。本気出す」


黒崎の口角が自然と上がる。


拳を握りしめるとグローブが仄かに光る。黒崎の強烈な右フックが河童の顔面を捕える。


佐伯、無線越しに叫ぶ。

「めぐちゃん!符ー!」


「は、はいっ!」

めぐは咄嗟に符を握り、

「封……!」

符はそのままヘナヘナと落ちる。

「へ?」

めぐは戸惑う。


無線越しに佐伯がさらに大声で叫ぶ。

「めぐちゃーん!気合いが足りん!気合いやー!」 


「気合い⁈」

めぐ、真剣な眼差しになる


黒崎が河童を押さえつけている隙に、もう一度符を手に取る。


めぐは覚悟を決めた表情で、河童に目がけ符を投げつける。

「封ッ——!」


符が針状になり、一直線に河童の右肩に突き刺さる。


めぐが喜ぶ。

「当たった!」


ドンッ。河童の体が痙攣して動きが鈍る。


「よっしゃ!」

黒崎が“酒呑之牙”を構え、河童の胸に突き立てる。

「ぅおりゃー!!」


河童の皿が上空に弾け飛び、巨体は水飛沫を上げて倒れ、闇へと還る。


派手に飛沫を浴びる二人。


上空から放物線を描いて、皿が落ちてきてめぐの頭に当たる。


ぽこーん。

間抜けな音が響く。


「痛ーい!」

めぐがしゃがみ込む。


黒崎は肩を揺らしながら爆笑。

「ぶはは!ウケる、マジでウケる!お前、意外とやるじゃねえか!」


めぐは頭をおさえながら、涙目で抗議する。

「笑いすぎです!なんだかよくわかってませんが…なんとかなりました…」


拍手をしながら三河が歩いてくる。

「おつかれっしたー! 水も滴るいいコンビっすね!」


「うるせえ!」

「うるさい!」

二人の声が揃った。


めぐがずぶ濡れのジャージを見ながら言う。

「ああもう、シャワー浴びたい…」


佐伯が無線越しに言う。

『ご苦労さ〜ん、二人とも。めぐちゃん、コードネーム決めたで〜。

“ホーネット”。スズメバチや。

あと、河童の皿は回収してきてなぁ』


「ホーネット…、ちょっとカッコいい…かも…」


黒崎はぶっきらぼうに言う。

「…かったりぃ。けど、まあ、上出来だ、ホーネット」


「はい…。寒っ!」


四月の冷たい風が吹いている。


「ヘックション!」

黒崎とめぐのくしゃみがこだました。


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