表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇異ものがかり〜隼と雀蜂〜  作者: 空-KUu-


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

第九話 覚悟

1


十月。


朝の冷気がまだ残る事務所に、トレーニングを終えた黒崎とめぐが入ってくる。

めぐはどこか誇らしげだ。

「おはようございます!」


一方、黒崎は疲れ気味。

「ざーす……」


佐伯は二人を見るなり苦笑する。

「おはようさん。黒崎ちゃん、元気ないな」


黒崎は肩を落とし、ぼやくようにため息をついた。

「連日のザコ対処で疲れが取れませんよ。もう年ですかねぇ」


そんな黒崎に対し、めぐは嬉しくて仕方がないという顔で身を乗り出す。

「今日はパイセンに四発、掠りました!」


黒崎は疲れた顔ながらも、どこか満更でもない様子。

「三発だな。一発は服の端を掠めただけだ。まぁ、腕が上がってきてるのは確かだがな」


佐伯が目を細める。

「やるやんか!ちょうどええ。二人とも本部行ってみんか?ここんとこ“妖”の出現も妙に多いし、修行しといで」


黒崎は思わず眉をひそめる。

「関東の事案はどうするんです?」


佐伯はあっさりした口調で言う。

「宇都宮支部に頑張ってもらう。あそこは出番が少ないからな」


黒崎は皮肉っぽく口元をほころばせる。

「確かにあいつら暇そうですもんね」


めぐが慌てて黒崎を肘で突っつく。

「パイセン、言い方!

―で、本部ってどこにあるんですか?」


その言葉に、佐伯と黒崎は思わず素で突っ込みを入れる。

「知らんかったんかい!」

「知らなかったのかよ!」


めぐはしゅんと肩をすくめ、目線を落とす。

「……誰も言ってくれなかったし……」


黒崎は天を仰ぐ。

「……Z世代だわ」


佐伯はため息をひとつつき、説明を続ける。

「和歌山や。高野山って聞いたことあるやろ?本部おやまには訓練施設があるんや。美維ちゃん、真太郎ちゃん、鷹谷ちゃん、佳奈ちゃんにも声かけとる」


鷹谷の名前が出た瞬間、黒崎の顔にわずかに曇る。

「鷹谷か……」


めぐは「やば!」と心の中で叫び、黒崎を見る。

(気まずっ!)


佐伯は二人の空気を察しながらも、あえて口を挟まない優しい声音で言う。

「ま、鷹谷ちゃんも鷹谷ちゃんなりの信念があんのやろ。黒崎ちゃんは黒崎ちゃんの信念を貫きゃええ。

今、三河ちゃんが大阪支部におる。準備できたら新大阪に向かってや」


―――


―新大阪。

改札前で黒崎とめぐを三河が迎える。

「お疲れ様っす!さて、本部に向かいますか!」


めぐがハキハキと言う。

「お疲れ様です!本部まで私が運転します!」

黒崎が眠そうな顔をして言う。

「そうしてくれ」

三河は不貞腐れる。

「ぶー」


2


―高野山。

平安時代の弘仁7年(816年)に嵯峨天皇から空海(弘法大師)が下賜され、修禅の道場として開いた日本仏教における聖地の1つである。

―Wikipedia―


麓に到着する三人。

観光を終えて降りてくる観光客が多い。


三河が言う。

「ここからは“裏ルート”で行きます。奥の院で、“あの方”がお待ちです」


裏ルートを上がり、三人がハイエースから降りる。


―高野山・金剛峯寺、奥の院。

三河が荷物を抱えながら言う。

「この先はとりあえずお二人で。僕は工房に用があるので。では後ほどっす」


黒崎とめぐ禁足地の手前までくると若い僧侶が一人立っていた。

「こちらです」


僧侶について奥に進む二人。


「どうぞ」

そう呟いて僧侶はその場を辞する。


静寂を裂くように、僧衣の裾がすっと石畳を滑る。


灯籠の淡い光に浮かび上がったのは――

佐伯室長と瓜二つの男。


めぐ、驚嘆。

「あ、あれ……し、室長⁈」


黒崎は深々と頭を下げながら、静かに答える。

「――弘法大師、空海様だ」


めぐはパニック。

「は⁈ え⁈ ちょ、待って!空海様って、生きてるんですか⁈」


僧衣の男――空海は、二人の前で足を止め、柔和な微笑みを浮かべた。

「よう来たな。苦労、かけた」


めぐの顔が真っ青になる。

「え、え、なんで佐伯室長が⁈

どうなってるんですか⁈」


空海は肩をすくめるように言う。

「佐伯はな、わいがこの奥の院から飛ばしとる“式”なんや。わいの本名は佐伯真魚。全国の支部に“佐伯”がおる」


めぐ、さらにパニック。

「いやいやいや! そんな大事なことぉ、初めから言ってくださいよおぉ!」


空海はとぼけながら言う。

「だって聞かれなかったしぃ」


めぐが戸惑いながらも突っ込む。

「空海様もZ世代ですか⁈」


黒崎は苦笑しながら言う。

「……まぁ、室長の性格的に言わねぇだろうな」


空海はくつくつと笑う。

「すまんすまん。せやけど佐伯の“中の人”は今、ここにおる。よう来てくれたな、黒崎ちゃん、めぐちゃん、今日はもう遅い。明日までには“奇異物係”のみんなも到着するやろ。今日は宿坊でゆっくり休みぃ」


―――


翌朝の高野山訓練施設。

黒崎、めぐ、美維、真太郎、鷹谷、佳奈が揃う。

黒崎と鷹谷は目も合わせない。


その前に空海が現れる。


空海がポツポツと話を始めた。

「揃ったようやな。

知っとるもんもおるかも知らんが、“空亡”はな、わいが唐から連れてきてしまったモンなんや。


最初、奴は子犬の姿をしとった。

修行中のわいに懐いてきてな、キャンキャン鳴くから『ナキ』と名付けた。わいがこの国へ帰ってくる時、奴はこっそり船に乗ってついてきたんや。


わいは帰ってきてから奴を連れて全国を廻った。

 とある山村に着いた時、奴は正体を顕した。山村の住民全てを奴が“喰”った……そして消えた」


空海は空を睨む。

「それから方々で“妖”が暴れ始めた。

わいは坂上田村麻呂と共に“空亡”を彼方あちらへ還そうとした。


奴が京の都に近づいて来た時、わいは全法力を使い奴を封じかけた。

その時、奴はあろうことか坂上田村麻呂の亡くなった娘へと変化したんや。


―――


空海が叫んだ。

『坂上殿、“鬼切”で奴を斬ってくだされ!』


坂上田村麻呂は吐き出すように言った。

『空海、すまぬ……自分の娘は斬れぬ……』


―――


“ナキ”は、けくけくとわいらを嘲笑しながら逃げた……。


以来千年以上、奴はこの国の闇へと潜んどる。

わいはこの命が尽きようとした時、唐から持ち帰った“術”を使い、高野山に結界を張り、それ以来、わいはここで生き続けとる。


……“ナキ”が今だに『居る』のはわいの責任や。わいには奴を闇に還す為の覚悟はできとる。


君らが奴を“現世こちら彼方あちらの狭間”に押し込めてくれれば、わいが必ず、奴を向こうに連れていく……。

昔、わいが奴に接触した時、あいつの“心”が見えた。

空亡の目的は、この世とあの世の狭間を壊す事や。

ヤツは人間の『空虚』から生まれ、貪欲に自分の在り方を探しとる」


六人を見る空海。

「君らにはここ訓練してもらいたい。

符使いは美維ちゃんから教わりぃ。

黒崎ちゃんと鷹谷ちゃん、真太郎ちゃんは──」


―その時。


闇の奥から、すっと人影が現れる。

僧坊の空気がわずかに震えた。


歩いてきたのは服部拝蔵だった。

「──オイラがやりましょう」


黒崎が思わず声を上げる。

「じ、爺さん!なんでここに!」

めぐが驚く。

「師匠!」


拝蔵は淡々と、しかしどこか懐かしむように答える。

「オイラも昔、ここで働いていたんだ。三十八年前までな。……おまえらに技を教えられる人間は、オイラ以外にいないだろ」


3


高野山訓練所内――静寂が張りつめる弓道場。

外の風音すら遠のき、“気”だけが澄んだ水のように満ちている。


そんな空気の中で、美維はめぐと佳奈に“符”の基本を教えていた。


美維はめぐの立ち姿をじっと見つめ、言葉を選ぶように口を開く。


「めぐちゃんは符を使う時、最初から“気”と“指示”を全部乗っけてるんだよね」


「はい」


「まず最初に“気”を符に乗せて……」


美維が符をそっと持つと、

空気がわずかに震え、符の表面に淡い光がともる。

その光は、ゆっくりと水面のように揺らぎながら浮き上がった。


めぐと佳奈は思わず息を飲む。


「ここで“指示”を載せる。――封」


短い一言とともに光が凝縮し、

符が“意志”を持ったように前方へ走る。

光の尾が弓道場の空気を裂き、的に突き刺さった。


「こんな感じ。やってみて」


二人は緊張した面持ちで符を構える。

佳奈は無駄のない動きで気を符に通し、すぐに光らせて見せた。


しかし、めぐの符は沈黙したまま。


「上手くいきません……。美維さん、コツってあるんですか?」


「そうだね……気合いと根性かな?」


めぐは目を細めた。


「室長と同じこと言ってる……」


「それ以外に説明のしようがないんだよなぁ。気って、形のないもんだから」


美維は優しく笑うが、その奥に“実戦経験者”としての厳しさがのぞく。


めぐは深く息を吸い、もう一度符を取る。

今度は動作がゆっくりになり、集中が深く沈んでいく。


手のひらから、わずかに温度の変化が生まれる。

符の紙が空気を吸うようにふわりと震えた。


「……封」


ぼんやりとだが、光が灯る。

符が前へ飛ぶが、的の手前で力尽きて落下した。


美維が本当に驚いたように目を丸くする。


「できるじゃん! あとは繰り返し練習ね!あと、防御も教えるね!」


めぐの頬がぱっと明るくなる。


「はい!」


その声に応えるように、

弓道場の静かな空気が、少しだけやわらいだ。


4


訓練所の武道場で、拝蔵は黒崎、鷹谷、真太郎の前に立つ。

畳の上を渡る気が、三人の緊張を浮かび上がらせる。


低い声が武道場に響く。


「オイラから教えられるのは大したもんじゃない。けどな――

おまえらは“力”を装備に頼りすぎている」


「例えば真太郎。おまえ、刀がなくてもバケモン斬れるんだぜ」


真太郎の目が丸くなる。「え?」


「今まで散々斬ってきたろ? “鬼切”はただの道具だ。

斬るのは刃じゃねぇ、おまえの“心”と“意思”だ。割り箸でも、人差し指でも一緒だ」


真太郎に、緊張が走る。


拝蔵の視線が次に黒崎と鷹谷へ移る。


「それから――ハヤト、鷹谷」


二人の背筋がわずかに伸びる。


「おまえらの中には“酒呑之牙”より、はるかに深い力が眠ってる。

紫の手袋が“力の形”を教えてくれてるだけで、本当の核はおまえら自身だ」


拝蔵が静かに握り拳をつくる。


「今回は、それを“引きずり出す”ために来た。

“闇”と渡り合うには、道具や技の前に――自分の底を知れ。

底を知らなきゃ、深みに呑まれるだけだからな」


黒崎も鷹谷も、思わず息を呑んだ。

―長い“修行”が始まった。


5


訓練最終日の夜、宿坊の近く。

めぐはそっと、疲れ果てベンチに座り込む鷹谷の隣のベンチに腰を下ろした。

「鷹谷さん、お疲れさまです」


鷹谷は横目でめぐを見る。

「めぐぴー。どうしたんです?」


めぐは指を組み、少しためらってから言った。

「……ちょっと話したいことがありまして」


鷹谷は察する。

「ハヤト君の事ですね」


めぐはポツリと話始める。

「はい。……慶蔵さんのこと、ご存じですか?」


「ハヤト君と兄弟同然に育ったらしいですね。あの後聞きました」


めぐは小さくうなずく。

「はい。私……出来れば、慶蔵さんを取り戻したいんです」


鷹谷は言葉を探しながら、視線を落とした。


「鷹谷さんにも、大事な方がいらっしゃいますよね。

その方が“空亡”に操られたとしたら……鷹谷さんは、撃てるんですか?」


鷹谷は答えられない。

「……」


めぐは立ち上がり、頭を下げる。

「伝えたかったのは、それだけです。失礼しました」


めぐが去ろうとしたその背に、鷹谷が小さく呟いた。

「……ミーも、あれから考えてはいたんです。どうすればいいのか……。次に奴が現れた時に、判断します」


めぐは振り返り、ぱあっと表情を明るくする。

「ありがとうございます!」


めぐが走り去るのを見届けたあと、少し離れた木陰で、佳奈がじっと二人を睨んでいた。


6


黒崎が禁足地を前に、一服だけ許されたタバコに火をつける。

紫煙がゆらりと揺れたそのとき——

背後から、静かな草履の音が近づいた。


空海がふわりと影を落とす。

「黒崎ちゃん。渡したいもんがあるんや」


黒崎は吸い込んだ煙をせながら吐き出し、慌ててタバコの火を消して振り返る。

「御大師様、なんでしょう」


空海は袖の内から、小さな桐箱を取り出した。

手のひらほどの箱なのに、空気がそこで一段重くなる。


「金剛弾や。……もしかしたら最後の一つになるかもしれん。

 いつも以上に、丁寧に丁寧に……仕上げた」


黒崎のまつ毛がわずかに震えた。

箱から滲む“圧”を感じている。


「そんな大事な物、オレでいいんですか?」


空海は微笑む。

「君やからこそや。黒崎ちゃんは——金剛弾に“魂”を重ねられる稀有な存在なんや。鷹谷ちゃんには……まあ、荷が重いわな」


遠くで鷹谷が、誰にともなくクシャミをした。


空海は黒崎の肩にそっと手を置く。

「頼まれてくれるか?」


「……はい、もちろんです。

 オレも覚悟を決めたところです。——有り難く、拝借致します」


黒崎の掌に桐箱が渡される。

重さはない。

だが、“重み”はあった。


7


翌朝。全国の奇異物係から一斉にけたたましく通信が鳴り響く。

『“闇返し”した霧が千葉方面に向かっています!』

各地で警戒音が重なり、モニターの地図に黒い雲が渦を巻いていく。


千葉にいる宇都宮班からさらに追報。

『霧が“八幡の藪知らず”に集まってきています。観測続行!』


その名が出た瞬間、空気がわずかに張り詰めた。


空海が、誰にも向けずぽつりと呟く。

「とうとう始まるんか…。皆、準備してや。目的地は、『八幡の藪知らず』や。(まさか、あそこを選ぶとはな…)」


その言葉が号令の合図となった。


「了解です!」

六人が、ほぼ同時に声を揃える。

ただし佳奈だけは静かに、ただうなずくだけ。


準備の音だけが室内に響く。

銃器の装填、符の確認、スーツの固定、深呼吸。

そこにいる“奇異物係”の胸の奥で静かに鳴り始める鼓動が、戦いの始まりを告げていた。


——“禁足地”が動き出す。

——六人の討伐隊が、その門を叩く時が来た。

それぞれが車に乗り込んだ。


8


六人が去った後の奥の院。

拝蔵が静かに歩き始める。


後ろから空海が声を掛けた。

「拝蔵先生。……あんた、わいが止めても行くんやろ?」


拝蔵は静かに目を伏せ、何も言わない。


空海は小さく息を吐き、懐から古びた独鈷杵とっこしょを取り出す。

「……餞別や。これ、持っていき」


拝蔵が驚く。

「こ、これは……」


空海はいつになく真剣な顔で言う。

「若いもんには荷が重い。先生、あんた、行く覚悟、もう決めてるんやろ」


拝蔵はゆっくりと独鈷杵を両手で受け取る。

「御大師様、命には“賭け時”というものがございます。若いあいつらには未来があります。慶蔵を取り戻すのは……オイラの役目です」


「……これ以上は何も言わん。

今まで、よう働いてくれたな」


「三十八年前、御大師様にいただいたこの命、決して、……無駄には捨てません。

……では」


静かに深く一礼し、拝蔵は踵を返す。

その足取りには一片の迷いもなく、夜の回廊を、影のように音もなく歩み去っていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ