第6話
俺はその後も発掘バイトや夏期講習の助手などをして日々を送っていた。 アルシアは、日本という異文化の中で徐々に適応度Sランクの才能を発揮した。 今ではかなりの奈良市民になっている。 そして世間ではすでに夏休みに突入し、奈良の街も観光客でにぎわっていた。 夕暮れ前の風が、どこか浮き足立った熱気を運んでくる。
今日は、奈良の夏を代表する花火大会。 俺とアルシアは、すこし早めに浴衣姿で街に出かけていた。 彼女は淡い藍色の浴衣に、金の帯。 金髪は高くポニーテールにまとめられ、うなじがほんのりと色香を放っていた。 もう、なんというか――。 反則級の可愛さだ。 アルシアの浴衣の裾が、ふわりと夜風に揺れる。 どこからか、金魚すくいの屋台の甘い匂いが漂ってきた。
***
会場近くの広場に敷いたレジャーシートの上で、俺たちは並んで腰を下ろす。 少しずつ陽が落ちて、空の青が紫に、そして深い藍に染まっていく。 やがて、夜の静寂を切り裂くように――。 ドンッ! 橙、白、菫、藍……。 次々に打ち上がる光の華が、夜空を染め上げていく。
「……っ!」
隣のアルシアが、小さく息をのんだ。 目を見開き、打ち上がるたびに、身体をわずかに揺らす。 思わず、俺の袖をちょこんと掴む。 花火がまたひとつ咲くたびに、彼女の指先に力がこもる。 まるで、小さな子供みたいに、純粋に――。
「すごい……すごいわ、総一郎。 空が、あんなふうに咲いて、光が消えていく……こんなもの、初めて。」
彼女の横顔は、花火に照らされて一層美しく見えた。 その瞳に映る光は、どんな美術館より尊かった。 この世界に彼女を連れてきて、本当によかった――。 そんな想いが、静かに胸に広がっていく。 夜空の向こう、次の花火が打ち上がる。 ドンッ! と鳴る音とともに、彼女の心にまたひとつ、夏の記憶が刻まれていった。
***
――その時だった。 ふと、視界の端に、場違いな“何か”が滑り込んだ。 赤、青、黄――。 空に咲くどの光より、あまりにも“人工的”で、異様だった。 その三つの光は、夜空に浮かびながら静かにトライアングルを組む。 そして次の瞬間、バシュッ! という衝撃音とともに、俺たちの頭上へ急降下!
「伏せろ、アルシア!」
俺が叫ぶより早く――。 ドォンッ!! 轟音と爆風、そして広がるもわもわの白煙――。 (やばい、ただの花火じゃない!) 直感で、そう思った。 騒然となる群衆。 浴衣姿の家族連れやカップルたちが、悲鳴を上げながら広場から逃げ出す。 その白煙の中から――。 謎の“戦隊ヒーロー風”のスーツ姿の三人が現れた。 何故か、登場時には花火とは別系統の爆発エフェクトまでついてきた。 会場全体がパニックの渦に巻き込まれる中、俺は言葉を失った。
「な、なにこれ……どこのヒーローショーだよ……?」
隣のアルシアも目を見開いたまま、硬直している。 花火の夜に突如現れた、三人の戦士たち。
***
爆煙の中から現れたのは、三色の異彩を放つ少女たちだった。 まるで戦隊ヒーローが悪ノリしたかのような、未来的かつ派手すぎるスーツを身にまとい、それぞれの色に輝く光を放っていた。 一番に、青の光を纏った少女は、腰に手を当て、ひらりと片足を跳ねるような仕草で、無邪気に手を振る。 そしてわざとらしくウィンクしながら言った。
「クスクス……ようやく見つけたわ、未来を壊す継承者♡」
続いて現れたのは、赤の光を纏った少女。 肩をポキポキ鳴らすと同時に、周囲の空気がピリッと焦げたような気配がした。
「ロックオン完了。撃っていいよな?」
彼女は、どこぞの軍事兵器みたいなガチの火器をこちらに構えていた。
「いやいや、ちょっ……! 撮影!? これ映画のエキストラ!? ドッキリか何か!?」
俺は後ずさりながら声を上げた。わけがわからない。花火大会の夜だぞ? 正気か? おそるおそる手を挙げた。
「あのー……これ、なんかの撮影ですよね? 戦隊モノの。 ほら、特撮ってやつでしょ?」
黄色の光を纏った少女は、無表情のまま、寸分違わぬ足取りで一歩踏み出した。 他のメンバーとは違い、彼女の表情には一切の感情がない。 冷たい無機質な瞳が、まっすぐに俺を捉える。
「長屋総一郎さんですね?」
ゆっくりと、確実に言葉を紡ぐその声音は、まるで判決を読み上げる裁判官のようだった。
「……地球文明を崩壊させる危険分子として、貴方を抹殺いたします。」
「…………え?」
一瞬、耳を疑った。 だが彼女は本気だ。冗談も比喩も、そこには一切なかった。 俺は思わず身を引いた。 隣にいたアルシアの手をぐっと引き寄せ、背中に庇うようにして言った。
「アルシア、後ろにいて。……ちょっと君たち、全然話が見えないんだけど? 話し合おう? な? 理解し合おうって大事だよね? 平和的にいこうよ? ……ね?」
だが、三人の謎の戦士たちの顔は、誰一人として笑っていなかった。 特に赤の少女――ガチで武器を構えてるんですけど!? 青色の少女はニヤニヤしてるし、黄色の少女の冷徹な眼差し、赤色の少女は明らかに引き金を引く寸前だ。 (いやいやいや、え? 俺、何かしたっけ??) 心の中で叫ぶが、どうにもならない。 花火大会の夜、煌びやかな光と音の中で――。 俺はなぜか、人生最大の危機に立たされていた。
***
冷たい風が吹いたような錯覚すらした。 リーダー格なのか、黄色のスーツを纏った少女が無慈悲に断言する。
「長屋総一郎、貴方は紛れもなく――現在から10年後、意思を持つ金属生命体を用いて世界を征服する。」
ズゥゥン……と空気が重くなった気がした。 すかさず、青色の少女がクスクスと含み笑いしながら続ける。
「その結果ね〜、人類の90%が奴隷に落とされちゃうのよん。 いやマジで〜 あなたの享楽のために、世界は地獄になるのよね~」
赤色の少女が微笑を浮かべながら冷たく締めくくった。
「だから私たちは、そうなる前に貴方を“歴史から”抹消しに来た。」
ぞわ……と鳥肌が立った。 それは明確な殺意。 未来の情報を根拠に、俺を“殺す”という選択を選んでいる彼女たちの目だった。 いよいよ、超火力っぽい凶悪な銃器を構えた赤色の少女が、俺に狙いを定める。
「よし、撃つぞ。未来の大ハーン、長屋総一郎! この場で吹っ飛べ――って、んん?」
赤の動きが止まる。 視線が、俺の背後へ向く。
「……アルシア!? ちょっ……いやいやいや、寵姫アルシアがもう一緒に? 転送設定間違ってる!? タイミング早すぎでしょ!」
その瞬間、全員がこちらを凝視する。 ――俺と、アルシアを。 俺は思わず叫んだ。
「待って待って待って待って! えぇ〜!? 俺って……悪の帝王になるって!? しかもさぁ、寵姫ってなによ? アルシアとはまだキスもしてないんだぜ!? 奥手なんだよ!? ガチ童貞なんだよ! なんなら今も手、震えてるんだけどぉぉ!!」
空気が少しだけ止まった。 重く、重くのしかかる“未来からの審判”と、“まだ清い俺”の主張が、哀しくも虚しく交差した。 (これはもう……逃げるしかねぇっ!) そう考えたとき、謎の未来戦士たちは、俺にトドメを刺すどころか――なぜか突然円陣を組みはじめた。
「長屋、しばし待て」
黄色がそう言ったが、誰が待つかァ!!
「アルシア、行くぞッ!!」
俺たちは爆発と悲鳴と煙の中――とにかく全力で逃げ出した。 浴衣が絡まりそうになりながら、アルシアと手を繋いで走った。 爆煙の中、たこ焼き屋の屋台が横転して、中からタコが転がり出るのが見えた。
***
一方そのころ、爆煙が晴れた広場では――。
「え? 逃げた?」
と、戦隊ヒーローもどきたちはポカンとした顔で見送っていた。
「とりあえず監視だ。 転移のズレの原因もわからんし」
「クスクス、しかたないよね〜。 せっかくだから平和な日本を満喫しよっか♡」
「めんどくせ。 もう長屋だけさっさと殺ろうぜ」
グダグダ。 議題は明確なのに、方向性はバラバラ。 戦闘訓練を受けた精鋭……のはずが、まるで文化祭の直前に揉めてる女子グループのようだった。
***
俺とアルシアは、汗とほこりまみれのまま、アパートのドアを閉める。
「……なんだったんだ、あれは」
ぐったりと座り込む俺。 隣で息を整えるアルシアも、何も言えない様子だった。 気づけば、アルシアの手が、そっと俺の腕を掴んでいた。 力はない。でも、離したくないという意志だけが、真っ直ぐに伝わってくる。 驚いて彼女を見ると、アルシアは小さく笑った。
「……守ってくれて、ありがとう」
そう呟く彼女の声は、震えていた。 俺は、そっと彼女の手を握り返した。 まだ怖い。まだどうしていいか分からない。 それでも、今だけは。 この手だけは、絶対に離さないと誓った。 だが、黙ってる場合じゃない。
***
「起きろ、ヒヒイロカネ」
――ゴンッ、と神棚を軽く小突く。
「おい、起きろっつってんだコラ!! 緊急事態なんだよ!!」
ようやく、神棚の奥から鈍い振動が響き、小さな声が返ってきた。
「んん〜……わしは今、絶賛休眠モードなんじゃが……まだ初夏ぞ?」
「吐けッ!!」
俺は叫ぶ。もはや敬語も遠慮も消えた。怒りと不安がごちゃまぜで爆発する。
「俺の人生、どうなってんだ!? 未来の俺が世界を征服? 金属生命体? 地球壊滅!? お前絶対関係あるだろ!?」
ヒヒイロカネは、しばらく沈黙したあと、のんびりと言い放った。
「……わし、なんも知らんよ? 未来なんて。 その、観測してないし? 改変されまくりじゃし? タイムラインの因果律とか、わりとザルやし?」
……沈黙。 アパートの外では、蝉の声がやけに虚しく響いていた。
「絶対ウソだろそれぇぇぇぇ!!」
俺の絶叫が、静かなアパートに虚しく響いた。 隣でアルシアが、小さく肩を震わせて笑っていた。 その笑顔に少しだけ救われる俺だったが――。 (……ほんとにどうすんだよ、俺の人生) と、心の中で静かに突っ込まずにはいられなかった。
***
数日後の夕暮れ。 俺とアルシアは、卓袱台を挟んで冷やし素麺をすすっていた。 夏の風が網戸越しに流れ込む中、アパートの空気は平穏そのもの――そう、チャイムが鳴るまでは。 ピンポーン♪ のそのそと立ち上がって玄関を開けた俺は、目を疑った。 引っ越し蕎麦を持った美少女が三人。 全員、戦闘服こそ着てないが、間違いなくあのヒーローモドキどもだった。
先頭は五條ツバキ(ごじょうつばき)と名乗る鋭い視線の少女だった。 黒髪をひとつに結い、無駄のない動き。 淡い黄色のブラウスとスラックスが、彼女の冷静な性格を物語っていた。 見た目は高校生くらいか? あの黄色のリーダーなのか、しっかりした印象だ。
次に山添クリス(やまぞえくりす)と名乗る、微笑みながら何か含んだように笑う青い制服の少女。 名門女子校のセーラーを身にまとい、抜群のスタイルと長い睫毛。 肩までの髪を軽く揺らし、どこか演技がかった立ち居振る舞いが印象的だった。 口元には常に“クスクス”とした笑み。 たぶん青だ。
さらに、桜井ヒバナ(さくらいひばな)と名乗る赤いジャケットの少女。 全身から火花を散らしているような存在感。 髪型はショートカット、整った顔立ちに男装の麗人のような雰囲気。 腰には(なぜか)銃のようなものがチラ見えしていたが……たぶん気のせいじゃない。 赤だな。
***
代表としてツバキが挨拶する。
「隣に三人で引っ越してきました。 よろしくお願いします♪」
満面の営業スマイル。 えぇー!? 隣ってうちと同じ六畳一間じゃ……三人で住むの!? 俺は思わず訊いた。
「……君たち、あのときの戦隊ヒーロー……だよね?」
「えっ? 何のことか分かりません。」
無表情でキッパリ否定。逆に怖ぇわ。
「マジかよ……」
俺は軽く玄関を閉め、ため息をつきながら卓袱台へ戻った。
「なあ、アルシア……ヒヒイロカネ先生……夜逃げって選択肢、ちょっと現実的に考えようぜ?」
「わしは今、夏季スリープモードなんじゃ。 静かにしてくれい。」
完全に役立たずモードである。 そのとき、素麺をすすっていたアルシアが、ふっと目線だけこちらに向けて、少しだけ頬を膨らませた。
「……総一郎、可愛かったからって、じろじろ見すぎじゃない?」
軽くすねたような声。けれど、口元はうっすら笑っていた。
「そ、そんなんじゃねえし!」
思わずむせそうになる俺。 たぶん俺の顔、今、めちゃくちゃ赤い。
「……総一郎、たまに可愛すぎるから、困るのよ」
目を伏せながら、ぽそりとアルシア。
結論:逃げられないし、守られてるし、たぶん愛されてる。 ……だがこの先のカオスは始まったばかりだ。 夜逃げは、最後の手段だ。 まだ“本気のヤバさ”じゃない。……たぶん。 それに、アルシアには押し入れの中に“あの異空間シェルター”があるし、いざとなればそこに避難できる。 とはいえ、このまま放置するわけにはいかない。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
もし「面白い!」と思っていただけたら、評価(☆)をぽちっと押していただけると励みになります。
星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)
そしてよろしければ、ブックマーク登録もお願いします。
更新時に通知が届くので、続きもすぐ追えます!
今後の展開にもどうぞご期待ください。
感想も大歓迎です!