告白
「いったいあの日──何があったか、きみの口から説明してくれないか」
刑事は席に座った慎二に話しかけた。
その声にはすごみもなく、ただ穏やかに。あるいはまったく無機質に質問をなげかけた。
周囲の住人から聞いても、小木家はまったくなんの問題もない、いたって幸せな家庭だと誰もが口をそろえて警察の問いに答えた。
誰ひとりとして小木家に問題があると認識している人はいなかったのだ。
「きみはそんな幸せな家庭環境にいたはずだ」
刑事が断定的に言うと、少年ははじめて表情を崩した。
その顔には少年のものとは思えない、憎悪に満ちた狂気が浮き上がって見えた。
「あの家族は……あの家は、ぼくにとって──絶望そのものでした」
そう吐露した少年の顔は殺人者の闇が乗り移ったかのような表情をしており、刑事たちは少年がすでに心を悪意に乗っ取られた怪物であると再認識した。
「……きみはどうやって、あれだけの殺意を持って刃物を振るいながら、返り血を浴びずに学校に登校できたんだい?」
そう刑事が言うと彼は一瞬、ばかにしたような顔をして刑事の目を見たが、すぐに自分の立場を理解したらしく、うつむいてしまう。
「刑事さんは、あれが早朝の犯行だと、そう思っているんですね」
「違うのかい? 検死結果によると死亡推定時刻は……」
「死亡推定時刻はあくまで現場の状況と前例から推測した、法医学による推定にすぎません。──違いますか?」
「──くわしいね」
「ええ。ぼくはあいつらを殺害する前に、入念に計画を練りましたから。──まあそれでも、警察にはばれてしまうと思っていました」
少年の話によると両親を殺害したのは、前の晩のことだった。
それもかなり計画的に殺害したらしい。
少年は父親の洋次が風呂に入ったのを見計らって、リビングのクーラーを1番低い温度に設定した。
そうしているあいだに母親の咲恵の首を背後から、死なない程度に殴り、リビングのフローリングに寝かした。
あらかじめ作っておいた大量の氷を袋に詰め、それを意識を失った母の体の上に乗せたのだと言う。
そうして手首の動脈を切り、出血する腕にポリ袋を巻き付けて、血をポリ袋の中に溜めた。
洋次が風呂場から出てくると、母親にしたのと同じように首の後ろを鈍器で殴ったが、一撃では倒れなかった。それで振り返った父の顔面を思わず2度、激しく殴打していまい、殺してしまったらしい。
「ぼくは慌てて手首を切って、ババアと同じように血を集めました」
そうしているあいだに母親も弱ってきたようで、ポリ袋の中に集めた血を冷蔵庫で保存すると、死にかけている母親をめった刺しにしたのだと説明する。
「ジジイは死んでしまったので、なんとか生活反応が出るよう死んだ直後に包丁で何度も刺してやりましたが、検死した人も血の量が多くてわからなかったのかな?」
「つまりきみは翌朝になってから、冷蔵庫に保管しておいた血をリビングや死体にかけて、死亡推定時刻を狂わせたんだな」
「ええ。まあ──うまくいくなんて期待していませんでしたよ。日本の警察が優秀だなんて知っていますから」
そう言った慎二の顔には、まったく悪びれた様子もなく。かといって得意げに殺害のことを語るようでもなかった。
死亡推定時刻を狂わせる工作って本当に意味があるんですかね……
まあ法医学もけっこうアバウトなものらしく、現場の状況や個体(被害者)によって違ってくるようですが。