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<6・若年。>

 ドラゴニスト王国の竜の一族について、エミルはこのように聞いていた。




『隣の国は、そのポジションが竜なんですって。ただ、竜の一族は鬼と違って衰退していない。人間と血を混ぜつつも進化を続け、代々国の中枢を担っていると聞くわ。なんでも、王国専属も魔術師の家系として、今でも重宝されているのだと。鬼の先祖返りである貴方のように大きな体格や強い力があるわけではないけれど、人間が使えない不思議な魔術の力を使えるのだそうよ」




 これは母の台詞だが、エミルが教科書などで学んでいた知識も大体似たようなものである。

 かつてドラゴニストの土地を支配していた種族、竜。

 しかしオーガニストにおける鬼とは違って、彼等は今でも強い権力を持っている。竜の存在は国中に知られているし、王家に重宝されて貴族以上の身分として大事にされている存在だと。

 エミルがこの屋敷を最初見た時にもそう思ったのだ。彼等は我がオーガスト家とは違う。国から援助も出て、民からは愛され、裕福で満ち足りた暮らしをしているはずだと。だが。


――若い。


 隔離されているみたい。そんなエミルの印象は、間違いでなかったようだ。

 客間に通されてからもついつい、現当主であるバイロン・ドラゴニストの顔をまじまじと見てしまう。彼は既に、五十八歳の年を数えると言った。しかしエミルがどれほど観察しても、彼の肌には皺ひとつないし、髪も美しい銀色でキラキラと光っている。明らかに白髪とは違う。宝石のような瞳を縁取る睫毛とまったく同じ色。生まれついての、麗しい銀糸。

 どう見ても、二十代後半くらいの年にしか、見えない。

 そして、やや成人男性としては小柄で華奢。ということは。


「……ドラゴニスト家の皆さまも、差別と偏見を受けることがあるのですか」


 思わず沈んだ声になってしまった。それを察してか、バイロンは“ははは”と軽く笑ってみせる。


「人の世の常よ、致し方ないことであるわ。……高貴な身分……特に王族は、我らを取り立てて下さっている。我らの力を認め、権力を与え、一定以上の敬意を払ってくれていると知っておる。しかし、そうでない者になればなるほど、我らは異形のものとして恐れられる傾向にあるのだ」

「年を取らないから、ですか?」

「正確には取らないわけではないのだ。我らの性質でな。外見年齢が、竜の力が強く目覚めた時点でほぼ固定されてしまうのよ。予は二十六歳で覚醒したゆえ、この見た目のままほぼ変わらないで年を取ることになってしまった。そして、竜の一族は背が低く、人間としては華奢であることが多い。……先祖にメスしかいなかったせいだと言われてはいるが、理屈はわからん。妻よりも小さいのは少々残念なことであるがなあ」


 髪をくるくるといじってみせるバイロン。笑ってはいるが、本当はたくさん辛い目に遭ったのかもしれない、とエミルは俯く。

 心のどこかで、嫉妬していた自分がいるのは事実なのだ。

 竜の一族と鬼の一族。どちらもかつては国の支配者だったのに、あまりにも待遇が違いすぎる。隠れて、息をひそめるようにして生きていかなければいけない鬼の一族に対して、なんて竜の一族は優遇されているのかと。何故、鬼の一族も同じように幸福を享受できなかったのか、と。

 確かに、金銭面で彼等が大きく恵まれているのは間違いないだろう。しかし、人の心とはそれだけで解決するものではないのだ。むしろ。


――王様を敬う人であればあるほど、不満が募るのかもしれない。何故、あんな得体のしれない一族を取り立ててやるのか、と。


 嫉みと、嫉妬。

 その上、一般人とは異なる美貌に若さともなれば。より恨みを買うのは免れられないことなのかもしれなかった。


「だから、こんな山奥にお屋敷を立てて暮らしている、のですか?」

「……魔法の研究がしやすいというのもあるから、一概にそれだけが理由ではないがな」


 メイドが紅茶を入れてくれる。カップに手を伸ばしながらバイロンは告げた。


「竜の一族が、かつて宇宙の果てから舞い降りた異星人である……と言われているのは知っているな?それが事実かどうかは誰にもわからない。というか、我々も半信半疑よ。酸素も何もない宇宙をドラゴンが飛んできたなんて、ファンタジーもいいところであるからな。ただ、その伝説を信じる者は多い。そして、信じる者が多いということは恐れる者も多いということよ。いずれ力を取り戻し、再びこの世を支配しようとするのではないか、とな」

「……そのような御意思など、ないのでしょう?」

「無論。そもそも、先祖にそのような欲があったのであれば、人間の王を立てて隠居するようなことなどしなかったろうに。……そして、我々竜の一族は、血に目覚めれば魔法などの特殊な力が使えるようにもなるが……今では、ドラゴンの姿に戻ることができるような者など極めて稀。人間の血が濃くなりすぎたのでな。むしろこの我らの身でドラゴンの力を解放などしたら、体が負担に耐え切れずに死に至るやもしれぬ」


 それでも、と彼は壁の絵を指示した。客間には何枚も油絵が飾られていて、そのうちの数枚は空を雄大に泳ぐ竜のものとなっている。

 一番近い場所にあるのは、藍色の鱗を纏い、銀色の翼で空を駆ける竜だった。宝石のような青い瞳に星が映っている。――芸術に造詣が深くないエミルでもわかる、見事な出来栄えの作品だった。


「それでも、ドラゴンの姿や強さは一人歩きを続けている。多くの民間人が、銀河さえ支配できるその力と異形の姿を知っている。少なくとも知っているつもりでいる。……我らもいずれバケモノの姿に戻るのではと思って恐れる者は少なくないのだ。ただでさえ年を取らず、化け物じみた見た目をしているというのにな」

「そ、そのようなことはありません!」


 思わずエミルは声を荒げてしまっていた。立ち上がった拍子に、かたん!とカップが音を立てる。ひっくり返らなかったのは幸いだった。


「わ、私は……私はまだ、バイロン様と少しお話したのみですが。バイロン様がとても聡明な方であるのは、十分伝わってきます。私のような恐ろしい巨女相手でもまったく物怖じせず、丁寧に花嫁として扱ってくださいますし……。そ、それに不躾ではございますが、私はバイロン様のお姿をとてもお美しいものと思います。きっとご子息もそうであるのでしょう。化け物だなんて、まったくそのようなことは思いません。ええ、けっして!」


 どうしてこんなにムキになるのかわからなかった。彼が自分を卑下するようなことを言うたび、ぎゅう、と胸が締め付けられるような気がするのだ。おかしなことである、最初はこの婚姻に乗り気ではなかったし、なんなら嫉妬さえ抱いていたというのに。

 多分きっと。彼等もまた辛い思いをしてきたのだと、石を投げられることもあったのだと知って重ねてしまったのだろう。

 辛くても、苦しくても。鬼の血を恨んではいけないと教えられ、家族に支えられてどうにか生きて来た自分自身を。


「……そなたこそ、とても心優しいのだな」


 そんなエミルを、目を細めて見るバイロン。


「オーガストと政略結婚の話が持ち上がった時、果たして本当に推し進めるべきか迷ったのだ。王家の提案とはいえ、我らは断れる立場でもあったのだからな。しかし……この国とオーガストの防衛力強化は急務。何より、息子には支えてくれる存在が必要とも感じていた。……礼を言おうぞ、エミル。そなたを花嫁として選んで本当に良かった」

「本当に、よろしいのですか。私のような見目の女で」

「何を言う。そなたは我らにはないものを持っている。その強さ、逞しさ、丈夫さ。我らにないものを補ってくれる、素晴らしい存在ではないか。同時に、そなこそ己を卑下する必要はないのだ。そなたは美しい、自信を持つがよい。そして予の眼にも狂いはなかった。そなたならば……鬼の先祖返りとして悩み苦しんできたそなたならば、我が一族の苦悩もきっとわかってくれると」


 だから、と彼は続けた。


「そなたに頼みたいのだ。我が息子を……どうか救ってくれぬか。妻として、友として……良き相棒として」


 それはどういう意味なのか、とエミルが問い返そうとした時である。




 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!




『きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』

『な、なんだなんだなんだ、なんだあああああああああ!?』

『だ、旦那様ぁ!だ、誰か、誰かぁぁぁ!』


「え!?」


 突然の轟音。それにくわえて、複数の使用人たちの悲鳴。何事か、とエミルは窓の傍に近づいていき、目を見開くことになったのである。

 さきほど通った薔薇園の、さらに奥の方から煙のようなものが出ている。否、あれは土埃だ。もくもくと立つ粉塵のせいで良く見えないが、何か大きな黒い影が蠢いているのがわかる。それが動くたび、どしん、どしん、と地面を踏みしめる重たい音がするのだ。同時に、僅かな地面の揺れも。


「なんと……!」


 バイロンも立ち上がり、青い顔で告げたのだった。


「制御を失ったか!……ああもう、だからもう少し繊細な調整をしろと、あやつには言っておったというのに!」


 それはどういう意味なのか、とエミルが尋ねようとしたその時。強い風と共に、粉塵が吹き飛ばされ――木々の上から、ぬう、とそいつが顔を出したのだった。

 言葉を失う、とはまさにこのことか。だってそうだろう。


――な、な、なんで……恐竜!?


 緑色の体に背中に棘のような鱗。真っ赤な目を持つそいつは、誰がどう見ても恐竜ないし、怪獣にしか見えなかった。そいつがのしのしと庭を歩き回り、低い声で唸りを上げていたのである。



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