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<2・政略。>

 この世界にはいくつか、少し特殊な法律がある。

 例えば婚姻制度。結婚自体は、男女ともに十六歳から可能ということになっている。ただし、性的な交渉はニ十歳にならなければ不可。――正確には子供を産む女性側がニ十歳以上でなければダメということになっているのだった。理由はいくつかあるが、女性の心身の負担を考えて随分前に可決されたと聞いている。残念ながら、それは必ずしも守られているとは限らないようだったが。

 まあつまり。十六歳のエミルに、嫁入り話が来ること自体はおかしなものではない。竜の一族、というキーワードと――エミルが鬼の先祖返りであるという事実さえなかったのなら。


「おい、父さん!どういうことなんだよ、説明してくれ!」


 あっけにとられるエミルより先に、カミルが父に噛みついていた。母も言葉を失っている。どうやら今日、リビングに集められるまで二人とも知らなかったということらしい。当然、エミル自身も初めて聞いた内容だった。


「そうだな。……先に言おう、父さんも納得なんかしていない。最終的な判断はエミルに委ねるが、エミルが嫌だといったら断るために全力を尽くすつもりだ。その上で、聞いてほしい」


 父も辛そうに息を吐いて言った。彼が今日、仕事帰りに町長の家に呼ばれて行ったことは知っている。その用件がコレだったということだろう。

 確かに、この国は町ごとの自治権が強い。町長ともなれば、町の中で相当な権力を握っているのは事実。やり方次第では町の住人を強制退去させることもできると聞いている(無論、議会の承認は通さないといけないが)。その町長がなぜ、竜の一族と。というか。


「竜なんて、本当にいたのですね。その方が驚きです。……まあ、鬼の先祖返りの私が言うのもなんですけど」


 エミルが素直に感想を漏らすと、そうね、と黙っていた母がようやく口を開いた。


「私も驚いてるわ。ただ、噂には聞いたことがあるの。……鬼の一族がかつてこの土地を支配していた、というのはエミルも知ってるわよね。でもって、大昔はこの町はもっと大きくて、国の首都を担っていたというのも。最終的には鬼は人間達との融和に応じて、人間と結婚して徐々にその血を薄めていく選択をしたため……町の外の人は鬼の歴史なんてほとんど知らないし、あるいは信じてないって話だけれど」

「はい、それは存じてます」

「隣の国は、そのポジションが竜なんですって。ただ、竜の一族は鬼と違って衰退していない。人間と血を混ぜつつも進化を続け、代々国の中枢を担っていると聞くわ。なんでも、王国専属の魔術師の家系として、今でも重宝されているのだと。鬼の先祖返りである貴方のように大きな体格や強い力があるわけではないけれど、人間が使えない不思議な魔術の力を使えるのだそうよ」

「と、いうことはこの嫁入り話は……」

「町ぐるみどころか、国ぐるみの話になるわね。うちの町長が、大統領、および多くの政治家と懇意にしていることは知っていたけれど……」


 説明を求めるように、母が父の方を見る。此処から先は母にも事情がわからないことだろう。

 果たして、父はどれくらいまともな説明を受けたのか。気になるところではある。


「今、母さんが話してくれた通りだ。我がオーガスト聖国はかつて鬼が支配していた国。そして隣のドラゴニスト王国は竜が支配していた国として知られている。今、我々二つの国の関係が良好であるのは、皆も学校の授業やテレビで習ったことだと思う」


 良好どころか、蜜月関係に近い。両国は南側が海に面しており、それぞれ西がドラゴニスト、東がオーガストという位置で隣り合っている。二つの国は貿易も物流も盛んであり、観光客の行き来も多い。この二国間ならば、税金なども一部免除されるのは有名な話である。

 そして何故、この両国が関係を強めているのかといえば。


「……北の大国に、対抗するためなのですよね?オーガストとドラゴニストが蜜月関係にあるのは」

「その通り」


 エミルの言葉に、頷く父。


「北の大国……ガンブレイズ帝国は軍事国家として有名だ。とにかく、軍事力増強に力を入れている独裁国家。……少し前に起きた、トロール連邦への軍事侵攻の話はお前たちも知っているだろう。精霊の加護を持つ小国を、圧倒的な軍事力で踏みつぶしてしまった。恐らく、あの国にあった精霊の力を手に入れ、より国力を上げるために」


 知っている。エミルは唇を噛みしめた。ラジオでもテレビでも、残酷なニュースは散々耳に入ってきていたからである。

 灰色の大地を、逃げていく人さえ轢き殺しながら進む戦車。

 民間の小さな漁船や釣り船までも関係なく、圧倒的火力で放火し撃沈させていく戦艦。

 そして空から絶望と共に姿を現す戦闘機と、雨のように降ってくる爆弾の数々。――平和的で大人しい小国が落ちるまで、三か月とかからなかった。ガンブレイズ帝国が国際社会から大きな批判を浴びたのは言うまでもない。

 それでも彼らがへっちゃらな顔をしている理由は、彼等の軍事力を周辺諸国も恐れているからに他ならないのだ。下手な経済制裁でもしようものなら、今度は自分達の国が標的にされかねないから、と。


「オーガストもドラゴニストも、戦争なんてものは望んでいない。だが、相手が侵略してくるとなった場合は……こちらも黙ってやられるわけにはいかない。何がなんでも手を尽くして、故郷を守るため戦わなければいけない」

「それはわかります。それが、この婚姻とどのような関係があるのです?」

「ドラゴニスト王国も、オーガスト聖国も、軍事力という意味ではガンブレイズ帝国に遥かに劣る。両者が結託して立ち向かったところで、トロール連邦の二の舞になるだけだ。ゆえに、ドラゴニスト王国が急務としているのは科学力や軍事力の発展ではない……あの国にしかない、魔術、魔法の力なのだ。魔法の力によって、自国を守ろうとしているわけだ」


 そのために、と彼はくるん、と人差し指を回した。そしてそのまま、エミルの額の中央を指さす。


「この婚姻で、二つの目的を果たそうとしているらしい。かつてこの国を支配した強い鬼……その鬼の力と持つお前と、竜の一族の息子。両者を結婚させ、両国の結束を高めたいということがひとつ。もう一つは……鬼であるお前に、竜の一族の息子の魔術を補佐する役目をして欲しいというのがあるという」

「補佐、ですか?」

「どうやら、竜の一族の魔術は複雑なものらしく、補佐をしてくれる者が優秀であればあるほど力を発揮できるらしい。そんために、優秀な補佐官が必要だというのだ。お前に妻であると同時に、仕事の上でのパートナーも任せたいとのこと。残念ながら、それ以上のことは教えて貰えなかった。というか多分、町長もこれ以上詳しいことは知らんのだろうな。竜の一族の魔術に関しては極秘中の極秘であろうから」


 なるほど、とエミルはようやく納得した。同時に、何故父がそこまで知っていて渋い顔をしているのかどうか、ということも。

 つまりこの婚姻は、表向き以外にも理由があるということである。恐らく町長の方から直々に国に働きかけ、話を回してもらったのだろう。――忌まわしい、鬼の先祖返りであるエミルを、体よく国外へ追放するために。


「それ、本当に姉貴じゃないとダメなのかよ」


 同じことを思ったらしく、カミルが声を上げる。


「国同士の結束を強めるためっていうなら、何も鬼の末裔から嫁を出す必要ないじゃないか。向こうが婿入りしたっていいし、つか、大統領の娘とかが嫁入りしたっていいわけじゃん!なんでこんな小さな町でひっそり暮らしてる姉貴が、そんなとんでもないところに嫁入りしに行かないといけないわけ!?ようは町長が理由つけて、姉貴を町から追い出したいだけじゃないか!」

「カミル……」

「俺は反対だ!散々姉貴を虐めておいて、体のいい理由ができたからって今度はたった一人でそんなわけのわかんねえ一族に嫁に出せなんて!どうして姉貴ばっかり、こんな目に遭わないといけないんだよ。生まれた時からこの町の住人で、見た目だって髪の毛と眼が赤いくらいじゃん。体だってちょっと長身なだけだ。ちょっと力が強いくらいだ。それでまるで、厄介払いみたいなこと……!」


 くしゃり、と弟の愛らしい顔が歪む。


「それに……それに姉貴は、一人でクマに襲われた俺を助けてくれるような人なんだぞ。俺の命の恩人だ。優しくて勇敢なんだ。あのクマに困ってたのは町の人も同じじゃん。町の命の恩人でもあるのに……なんで……」


 それは、エミルが七歳、弟が六歳の時の話だ。山から降りてきたクマが飢ええて大暴れし、農作物どころか人間まで喰って被害を出したことがあったのである。

 あの時のことは、今でも生々しく覚えている。とにかく体が大きくて、頑丈な柔毛で銃弾さえも弾き飛ばすようなクマだった。猟銃も刃物も一切きかず、皆がただ怯えて家に閉じこもるしかなかったのである。

 だが、そもそも町の住人から冷遇されていたエミルたち一家には、クマの情報がすぐ降りてこなかったのだ。

 ゆえに買い物に行った先で、エミルは弟と一緒にクマに遭遇し、そして。


――私は一人で、クマに立ち向かった。


 七歳とはいえ、エミルの膂力や身体能力はそこらへんの子供とは比較にならないものだった。成人男性の十倍はパワーがあったと言っていい。

 クマと格闘し、その目を抉り、腕をへし折り、首を折って倒した。他でもない、愛する弟の命を守るために。

 無論その代償は大きく、エミルも相当な怪我をすることになったし――その様を遠巻きに見ていた人達からはますます“鬼の再来”と恐れられるようになってしまったのだけれど。


「……お父様」


 エミルは考えた末、口を開いた。


「その婚姻を受けたら、我が一族に何かメリットはあるのでしょうか?例えば、国から大きな援助を受けられるとか、爵位を与えて貰えるとか」

「……お前が予想している通りだ。婚姻を引き受けたら、うちの一家は公爵と同等の地位を与えて貰えることになるという。それから、今よりもっと大きな家と、土地、永続的な経済支援を受けられるとも」

「では、それに加えて……町の方々が、我が家を二度と冷遇しないこと、固く町長と国の皆さまに約束していただけますか」


 その言葉に、三人は悟ったのだろう。まさか、と父、母、弟の顔に大書きされる。

 彼等が自分のことを想って、婚姻に反対してくれていることはわかっていた。それでもだ。


「その政略結婚、お引き受けしようと思います」


 エミルは笑った。確かに自分は、政治の道具として使われようとしているのかもしれない。そして、結婚する相手は全く未知の一族。結婚相手の顔もわからない。それでもだ。


「やっと……私にも生まれて来た意味が、誰かに役に立つことができる。その機会が訪れたのですから」



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