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<16・菓子。>

『拝啓、お父様、お母様、カミル様。


 紅葉が美しい季節となってまいりました。皆さまはいかがお過ごしでしょうか。

 お手紙を送るのが遅くなって申し訳ありません。本当はもっと早くお送りしたかったのですが、少々忙しくて後になってしまいました。

 現在私、エミルはドラゴニスト家にて、夫となったオスカー様のお仕事の手伝いをさせていただいております。まずは、この家のことをたくさん知り、少しでも夫やドラゴニスト家の皆さまの役に立てるよう努めたいと思っています。

 お仕事の内容について詳しく書くことはできないのですが、ドラゴニスト家の魔法の研究のお手伝いだと思っていただければ。

 オスカー様は、大変可愛らしい方です。ドラゴニスト家の皆さまは血筋柄とても若い見た目の方が多く、オスカー様も例に漏れません。私よりも年下に見えるので、最初はとても驚きました。

 しかし、お可愛らしい見た目に反してとても聡明であり、国のことを大切に思ってらっしゃいます。国のために尽くしたい、できることをしたい。そのために一刻も早く魔法を完成させたいとお考えです。そしてそれは、私と、私達の故郷のためでもあります。

 同時に。ドラゴニスト家の皆さまは、私のような巨女であっても恐れることなく、一人の人間として温かく接してくださいます。当主のバイロン様はとてもお優しいですし、執事頭のドリトン様も色々なことを教えてくださいます。

 それから、初めて年の近い友達もできました。名前はビヴァリーと言います。私と同じく“悪魔祓いのアナスタシア”などの本が大好きで、とても話が合うのです。


 きっと皆さまは、私が見知らぬ土地に行ったことで心配されていることでしょう。辛い思いをしていないかと不安に思われていることでしょう。

 でも、むしろ逆です。私はここに来て、本当に良かった。こんな優しい人に巡り合えるだなんて、私はなんて幸せ者なのでしょう。

 お父様たちに会えないことだけが寂しいですが、新年には一度オスカー様と一緒にそちらに会いにいけたらと思っていますので楽しみにしていてください。


 それでは。

 エミル・ドラゴニストより。



追伸。


 オスカー様はとても絵が上手な方で、私も絵が上手くなれたらと思って練習しているのですが一向にうまくなりません。

 ……この絵、クマの子が体操している絵を描いたつもりだったのですが、ビヴァリーには「名状しがたいクラゲの神話生物がダンスしてるように見えます」と言われてしまいました。

 何故エミルは画才に恵まれなかったのですか!教えてくださいお父様ー!!!!!!』




 ***




 なんだかいい匂いがする。なんだろう?とキッチンの戸を開けたエミルは、目を見開くことになったのだった。

 小さな平べったい丸が、キッチンペーパーの上にいくつも並べられている。

 それを手袋をつけた手でこねて、形を整えていくオスカー、それを指導しているらしきビヴァリー。円いもの、にははよく見ると黒いつぶつぶが入っているではないか。あれは、チョコチップだろうか。


「オスカー様?ビヴァリーも……何をしてるんです?」

「わああああああああああ!?え、え、エミル様!?」

「ええええ、エミル!?」


 エミルが声をかけると、ビヴァリーとオスカーは二人揃ってひっくり返った声を上げた。オスカーに至っては、踏み台から転げ落ちそうになっている始末である。彼の身長では、キッチンの作業台や蛇口、ガスコンロに手が届かないためだろう。


「これ……」


 甘いバニラとチョコの香り。エミルは目を見開いた。

 キッチンペーパーが貼り付けられているのは、黒い天板だ。つまり、あれをオーブンで今から焼こうとしているのである。それはつまり。


「ひょっとして、クッキーを作ろうとしてるんです?二人で?え、オスカー様自ら?」

「あ、いや、えっと、その……」

「こうなってしまった以上仕方ありません、バラしましょう潔く!」


 明らかに動揺している様子のオスカーをほっぽって、さっさと腹をくくったのはビヴァリーの方だった。


「エミル様のお誕生日がもうすぐだと聞いたので、オスカー様が何かプレゼントをしたいとおっしゃられたんです。そこで、わたしから提案を。エミル様は、人の真心を一番に喜ばれる方ですから……手作りのクッキーなんかいかがでしょうか、と。甘いものもお好きだというのは存じてましたしね」

「ちょ、なんで喋っちゃうんですかビヴァリー!?」

「ここまできて黙ってるわけにいかないでしょ。男なら腹くくってくださいよオスカー様!」

「え、え、え……」


 確かに、誕生日はオスカーやビヴァリーに教えていた。同時に、甘いものが大好きだということも周知の事実である。

 なんせ、この場所に来てから二週間。おかわり自由と聞いて以来、エミルは夕食でおかわりをしなかったことがない。特にデザートは毎回山ほど食べてしまっている。バイロンと妻であるアマルダが、エミリーにどんどん食べて欲しいと笑顔で勧めてくるのが主な要因だが。

 大食漢なのもバレているし、甘いもの大好きなのもバレバレである。クッキーやチョコも大好物だと話した記憶もあるが、まさか。


――オスカー様、研究で毎日忙しいし……何より貴族の家のおぼっちゃまが料理なんて普通するはずないのに……。


 メイドに手ほどきをしてもらってまで、エミルのためにクッキーを焼こうとしてくれていたのだ。じわり、と視界が滲んでしまって焦った。我ながら、涙もろくていけない。だってそうだろう。

 今まで家族以外に、こんな風に誕生日を――生まれて来たことを喜んでもらえたことなんて、ただの一度もないのだから。


「え、エミル様!?どどどどど、どうしたんですか……わっ!?」


 慌ててこちらにすっ飛んできたオスカーを、エミルは思わず抱きしめていた。手袋の汚れが服につくこともおかまいなしに。


「嬉しくて。……ああ、本当に嬉しくて。私、この家に嫁いできてから、嬉しいことしか経験していません……!」


 悲しみと悔しさに、涙を堪えることなら何度もあったけれど。まさかこんな風に、嬉しくて、胸の奥が熱くて、流せる涙があるだなんて。これを幸福と呼ばずになんと呼べばいいのだろう。


「クッキー、楽しみにしています。……それと、オスカー様の誕生日も教えてください」

「あ、い、言ってませんでしたっけ、わたくし……」

「言ってません。さては忘れてましたね?」

「は、はい……」


 自分達のやり取りを見て、ビヴァリーが声を上げて笑っている。このあとクッキーを焼こうとして、火加減を間違えて一部を真っ黒こげにしてしまった、というのは此処だけの話だ。




 ***




『拝啓、お父様、お母様。


 ドラゴニスト家の庭では現在、アキザクラが見ごろを迎えております。オーガスト聖国でいえば、サクラと名の付く花は春に咲くのが基本ゆえ、秋に咲く桜なんてと驚かれることでしょう。ですが、わが国のサクラと遜色ないほど見事な花を咲かせるのです。

 違いは少しばかり、色が濃いピンクをしているということでしょうか。オーガストの桜と違って、雪のように白っぽい花吹雪が舞うというわけではないのです。写真を同封しましたので是非ご確認ください。


 先日、大変うれしいことがありました。

 オスカー様が私のために、クッキーを手作りしてくださったのです。誕生日プレゼントだとおっしゃられました。一部が焦げてしまったために、一緒にペンダントもプレゼントしていただいたのですが……私としては焦げたクッキーさえ全部食べてしまいたかったほどです。

 だって、貴族の御子息が、自らキッチンに立つことなどほとんどないではありませんか。きっと慣れない作業で大変だったと思うのです。それなのに、私のためにビヴァリーに手伝ってもらってクッキーを焼こうと挑戦してくれた。これがどれほど嬉しいことであったか。言葉に尽くせぬ、とはまさにこのことだと思います。

 誕生日をお祝いされるのは、こんなにも嬉しいことなのですね。

 しかも、血のつながった家族えではない人に、“生まれてきてくれてよかった”ということを言って貰えるのです。こんなにも、こんなにも喜ばしいことはありません。


 オスカー様の誕生日は夏で、丁度私が嫁入りする少し前に終わってしまっていました。

 ですが、来年はきっとお祝いしたいと思います。私に何ができるかわからないけれど、どのようなプレゼントが相応しいのかも全然わからないけれど、それでも心から一緒にいたいとそう思えます。

 そう思える人に、出会えたのです。

 ごめんなさい、脈絡がないですね。今の気持ちを、果たしてどうやって記せば皆さまにお伝えできるのかがわからないのです。


 そろそろオーガストは寒い時期になると思います。どうか、皆様もお体にお気をつけて。


 エミル・ドラゴニストより』



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