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<12・決意。>

 ドラゴニスト家が代々引き継いできた召喚魔法。門外不出の魔法とされているが、正確には“血によって発現するために血族でないとそもそも発動不可能”なものであるらしい。

 魔法を使える人間ならば、ドラゴニスト家以外にもいくらでも存在する。それこそ、ドラゴニスト王国には他にもお抱えの魔術師や呪術師がいるので、その者達はドラゴンとは系統が違う魔法を使うことができるという。また、国外にも別の魔法がいくつも存在し、それを代々引き継いでいる者がいるのではないかとされている。なんなら、オーガスト聖国にも秘術師と呼ばれるものは存在していたので、恐らくそれがオーガストにおける魔法に該当するのではないか?と言われているのだとか。

 ドラゴニスト家の魔法が特殊、かつ強力なのは。その召喚魔法の強大さ、特異性によるものだという。

 まず、モンスターや精霊、神、悪魔を召喚する召喚魔法はそれそのものが難易度が高い。

 通常の魔法は己の魔力だけの頼って奇跡を起こせばいいが、別の生き物とシンクロして行う召喚魔法はもう一つ以上工程が必要になってくる。例えば異世界から呼び出すのならば異世界の扉を開き、そこから相手と自分の意識を繋ぎ合わせてこちらに引っ張り込む力が必要になる。イチから想像する場合は、その生命体の魂、心、肉体を己の魔力で全て構築しなければいけない。どちらの場合もその上で“相手を説得して、従属してもらう”ことが必要になる。異世界の扉を開く、ないし肉体構築だけで魔力を使い果たしていたら、逆にこちらが相手に食われて引きずり込まれてしまうこともあるのだ。

 召喚魔法が難しいのは、それらの工程そのものが難解であるということが一つ。莫大な魔力が必要だということが一つ。さらに、その極めて難しい工程を文書や口伝で伝えるのがあまりにも厳しいというのが一つ。

 というのも、オスカーいわく。


『わたくしも、祖父や父や弟や妹も。誰一人、召喚魔法のやり方を教わってはいないのです。通常の魔法ならば、学業と一緒に勉学で学んで教わることができるのですが』


 彼が召喚魔法によって猿たちを討伐した時もそう。

 弟を助けなければと思った瞬間、やり方が頭に浮かんできて、気づけばスケッチブック描いた絵に魔力をこめて呪文を唱えていたというのだ。

 そして召喚成功と同時に、己も竜になっていて――自分の覚醒を知った、という。


『絵で描く方法となったのは、恐らくわたくしの得意なものが絵であったからなのでしょう。召喚のやり方は、同じドラゴニスト家の血族でもまるで違ったものになるのです。例えば、父は作曲が得意で幼い頃から趣味としていました。その結果、自らバイオリンで曲を演奏することによりモンスターを召喚できるようになったのだそうです。当然そのやり方も、誰かに教わったものではなく、時が来た時に自然にわかるようになったのだと』


 他にも己が歌うことで呼び出す者や、朗読で呼び出す者。小説や物語を書いて呼び出す者に加え、なんと計算式を書くことで召喚できるという者もいたのだそうだ。

 それぞれの人間の素質、得意分野が大きく影響するのだろう。それにより、先祖がそれぞれに合った方法や呪文を授けてくれて目覚めるのだろう――と。オスカーたちにも、わかっているのはそれだけであるらしい。


『そして召喚呪文の中でも、異世界から呼び出す魔法より、イチから創造する魔法の方が難しいとされています。過去に生物をいちから作り上げる召喚ができたのは歴代でも数少なく……わたくしが知る限りでは、わたくし以外だと曾祖父のみであるのです。そして、曾祖父は物語を書くことでモンスターを呼び出して操る能力者でした』

『なるほど、それをヒントにされたわけですね?』

『はい。……わたくしは、素質だけなら曾祖父を上回ると言われているのですが……いかんせん、コントロールができておりません。強大な力を持つ精霊を呼び出すことができなければ、この国を他国の兵器から守ることもできない。しかし、暴発してさきほどのように人に迷惑をかけてしまっては本も子もありません』


 だからその物語を考えてほしい、と。

 オスカーがエミルに期待するのは、つまりそういうことであるらしかった。


『最終目標は、伝説の竜……サファイア・ドラゴンを創造し、この国の守護竜とすることです。今のわたくしではドラゴンを召喚できたところで、暴走しないようにコントロールすることができません。……北の大国が攻めてくるまでに、どうか。わたくしと共に、召喚魔法を作り上げてほしいのです』


 当然、エミルに断る理由はない。

 幼い頃から、弟とのみ野山で遊ぶことができ、それ以外の時間はテレビや本を見るばかりだった自分。妄想の世界、空想の世界に浸り、自分で小説を書いてみることも少なくなかった。そんな自分が、少しでも役に立つことができるというのならば。


――やれるだけのことは、やってみよう。


 聖堂で語り明かした夜から一夜明け、純白の衣装を纏い、婚礼の儀を行い。

 二人は、正式な夫婦となった。

 小さな手でエミルの薬指に指輪を嵌め、エミルの手の甲にキスを落とすオスカーを見て思ったのである。

 この気持ちが、まだ恋になるかはわからない。それでも。


――この人の力になりたい。


 だって知らなかったのだ。

 誰かに必要とされる。認めてもらえる。それだけで、こんなにも世界が美しく見えるだなんてことは。




 ***




「はて、本でございますか?」

「はい」


 翌日から、エミルは究極の召喚魔法を完成させるべく行動を開始した。朝食の後、執事頭のドリトンを捕まえて尋ねたのである。


「その、私の実家にある本を……なんとかして送ってもらうことはできませんでしょうか?もしくは、ドラゴニスト王国の本をいくつか取り寄せたいのです。あとはそう、可能でしたらテレビ、パソコンなども。現在、オスカー様の部屋にはどちらもないものですから」

「すべて可能かと。バイロン様も寛容な方でございますし、魔法を完成させるために必要とあらばお金に糸目はつけないと思います。こちらで手配いたしましょう。ただ……どのように使われる予定で?」

「オスカー様の魔法を完成させるためです。そのためには、呼び出すモンスターや精霊に相応しい物語をひとつずつ考えなければいけません。そのためには……とにかく、様々な物語に触れて、インプットを重ねるのが早道だと思ったのです」


 オスカーは頭の良い人物だった。それは、彼の部屋に多数存在する、難しい参考書や辞書の類からも窺い知れる。しかし、驚くこど“一般文芸”の本がなかったのだ。おとぎ話の怪物が出てくるファンタジーも、恐ろしい悪霊のホラーも、甘い少年達の青春恋愛もほとんどない。数冊ばかり、童話や伝説の本が出て来たのみだ。

 なるほど、あれではモンスターに合わせた物語、などを想像し、創造することなど難しいだろう。


「それから。……良ければ、ドリトン様も何か本を御貸し願えますか?勉強の本ではなくて、物語の本です。ミステリーとかサスペンスとかでも構いません。あとは、本が好きな使用人の方を紹介していただけたらと」

「なるほど。……確かに、名案かもしれませんな」


 ふむ、と老執事は顎髭を撫でながら言った。


「残念ながら、私はあまり持ち合わせがございません。そうですね、ではメイドのビヴァリーのところへ向かわれてはどうでしょうか。彼女は住み込みで我が家に務めて長いのですが……部屋が埋まりそうになるほど、本の虫であることで有名なのです。今日はシフトも休みなので、お話するのにちょうど良いかと」




 ***




 これはすごい。

 エミルはビヴァリーという少女の部屋の前で、ぽかん、と口を開けたのだった。

 本来、ドラゴニスト家長男に嫁入りしたエミルの立場は使用人たちよりも上。呼び出されたら休みであろうと、向こうから出向いてくるのが筋なのだとドリトンは言った。


『ですが、まあ……ビヴァリーは本を読み始めると、本当に周りの音が聞こえなくなってしまうもので。内線電話にさえ出ないことも少なくないのです。多分、こちらで呼びかけてもまったく返事をしないでしょう。まったく、あの娘も困ったものですが』

『は、はあ』


 そんなわけで。屋敷の使用人棟へ向かい、言われた部屋の前までやってきたエミルだったのだが。

 ノックをしても案の定、返答はなし。紙をめくる音などは聞こえてくるので、本当に本に集中しすぎてしまって聞こえていないのだろうと判断した。そこでドアを開けてみたところ――なんと、部屋の中が見事に本で埋もれてしまっているのである。壁に敷き詰められ、天井まで積み上がった本、本、本、本。よく見たら、ベッドの上まで本が積み上がっている。一体どこで寝ているのかと思うほどだ。


「あ、あの……ビヴァリーさん?」


 恐る恐る声をかけて進むエミル。積み上げられた本の隙間を縫うようにして、一歩、また一歩。部屋に電気はついていたが、いかんせん遮蔽物が多すぎて窓まで埋まっているのでかなり薄暗かった。足の踏み場を確保しながら進んでいくと。


「こんなところに階段があるなんて、と少女は息を呑んだ。確かに伝説では聞いていたものの、彼女はそのようなもの心から信じてはいなかったためだ。悪魔など存在しない。悪魔の国の扉などありえない。ましてやそれが、自分の家の地下室にあるだなんてどうして考えられようか、と……」


 ぶつぶつ、ぶつぶつ、と朗読するような声は聞こえてくる。本棚の影から顔を出し、エミルは気づいたのだった。赤茶髪のおさげにした少女が、部屋の真ん中に座り込んで一心不乱にハードカバーを読んでいるのである。小さな声でぶつぶつとその内容を口に出しながら。

 その髪型、後ろ姿には見覚えがあった。もしや、昨日怪獣に襲われて捕まっていた少女ではないか。


「何より、悪魔ブランとはその昔、人を生きたまま引き裂いて内臓を食べていたという恐ろしい逸話がある。そのような存在が実在したなどと、一体誰が信じたいだろう。もし、その扉が本物ならば何がなんでも封じなければいけない。アナスタシアは意を決して、扉に近づいたのだった……」


 しかも読んでいる本。

 悪魔ブラン。少女アナスタシア。どちらも聞き覚えがあるもので。


――ひょっとして……“悪魔祓いのアナスタシア”!?わあああ、テレビアニメでも見た奴じゃない!


 思わずエミルは顔を輝かせたのだった。ドラゴニスト王国でも発売されているとは知っていたが、まさかこんなところでファンにお目にかかれるなんて。

 他国に嫁いでなお、世界は間違いなく繋がっているのだ。心躍るまま、エミルは少女の背中に近づいていったのだった。



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