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<10・婚礼。>

 ニ十歳になるまでは、基本的に性的な交渉は禁止されている。それがドラゴニスト王国、ならびに国際結婚法で定められていることである。結婚自体は十六歳から可能だが、実際に子供を作るような行為は女性がニ十歳以上にならなければ不可。そうでなければ犯罪となる。――理由はかつて、幼い少女たちを買って無理やり妻とし、子作りを強要するゲスな大人達が数多く存在したからだが。

 無論、そういう法律を作ったところで禁忌を犯す者は存在する。

 しかし法律で“ダメ”と定め、実際に行為を強制した者に厳罰を与えるようになってから、少なからず不幸な子供が減ったのは事実だという。

 そんなわけで、まだ十代のエミルは結婚したところですぐに子供を産むようなことにはならない。同時に、ドラゴニスト王国では、婚前交渉そのものを強く禁止している。二人が正式に“結婚した”と判断されるのは、婚礼の儀式をすべて終えてからのこと。いずせにせよ、嫁入り当日にエミルとオスカーがそのようなふれあいをすることなどないのだ。

 まあ、正直なところ外見上はオスカーの方が少年であるために、無理やり行為に及んだらエミルの方が犯罪者と間違われそうな状況ではあるのだが。


「ドラゴニスト王国の結婚では、花嫁は緑色のドレスを着て嫁入りに来ることになってるのですよね。そしてそのドレスは、花婿が贈ることになっていると。……申し訳ありません、オスカー様。ドレスの裾、あちこち千切れたり汚れたりしてしまって……」

「気にすることはありません、エミル様。わたくしの家族と使用人を守るためにしてくださった結果ですから」


 屋敷に、エミルが到着したその日の番。

 エミルはオスカーと共に、聖堂に籠って話をしているのだった。花嫁と花婿は、この聖堂で零時になるまで語り明かす。そして零時になったら神様に祈りを捧げて、聖堂のベッドで就寝する。それが、この王国における、正式な婚礼の儀式なのだ。

 聖堂には大きな聖母像があり、聖母像の後ろにはキラキラと光るステンドグラスがある。今夜は満月なので、月明かりが眩しいほどだった。二人はその正面に置かれた木製の丸テーブルに向かい合って座っているという状況である。話しながらずっと、オスカーはスケッチブックに色鉛筆で絵を描いていたが(夫婦で語り合うのが習わしというが、別に絵を描いたりゲームをしたりしていても問題ないとされているそうな)。

 テーブルの中央には花を象ったキャンドルが一つのみ。今宵が満月でなければ、聖堂はもっと暗かったことだろう。


「明日の朝目覚めたら、エミル様には真っ白なウェディングドレスに着替えて頂きます」


 スケッチブックから顔を上げるオスカー。


「貴女様の身長や体格をきちんと聞いた上でオーダーメイドさせていただいたのですが……少々不安です。いかんせん、普通の衣装のように試着することができませんでしたから。エミル様のサイズに合っていればいいのですが」

「お構いなく、オスカー様。婚礼の儀式で、うっかりドレスのサイズが合わないなんてことは珍しくないと聞きますし」

「わたくしがそれでは嫌なのです。なんせ、一生に一度しかない大切な日なのですよ?愛する花嫁には、最高のドレスを着て頂きたいではないですか」


 ぷくー、と頬を膨らませるオスカーは、子供っぽくてなんだか可愛らしい。ははは、と笑いながらもエミルは不思議な気分だった。

 今日出会うまで。自分の花婿がどのような人なのか、エミルはまったく知らなかったのである。なんせ、その容姿や性格に関する情報が一切自分達のところに降りてこなかったのだ。

 だから、正直不安もあった。どのような相手であれ政略結婚である以上、嫌だとは言えないのである。ものすごく、それこそ生理的に受け付けないような相手であったらどうしよう――なんて気持ちも、エミルにはないわけではなかったのだから。


「愛する、と言いますけれど。オスカー様も、わたくしのことは何もご存知なかったのですよね?」


 椅子に座っていても、身長の差は明らかだ。どうしても、多少前かがみになって視線を合わせる必要が出てくる。


「それなのに、愛する花嫁などと仰ってくださるのは何故なのです?その、自分で言っても空しくなりますが、わたくしはこのような巨女でございますし……女性として魅力的なタイプだとはとても思えないのです。能力的には花嫁に相応しかったとしても、どなたとて見かけの好みというのはありましょう?」

「まあそうですね。でも、特に問題になるとは思っていませんでしたよ、わたくしは」

「というと?」

「わたくしは幼い頃から、自分にないものを持っている方に憧れるタイプだったのです。身長が伸びない、幼い子供の見目がコンプレックスだとお伝えしたでしょう?ですので、できれば花嫁の方には、わたくしよりとても大きくて、強くて、丈夫で……それでいて心優しい方が来てくださったら嬉しいなとは思っていました。我ながら好みに煩いという自覚はあったのですけど」


 オスカーは恥ずかしそうに、大きなスケッチブックで顔を隠してしまう。


「その、えっと、なんといいますか。そしたらエミル様がいらっしゃいまして。……正直申し上げましょう。わたくし、一目惚れしてしまったのです」

「わ、私にですか?」

「そうです、エミル様にです。なんてお強く、逞しく、美しいお方でいらっしゃるのかと。……わたくしもいっぱしの男だったのだと、自覚しました。正直、今でも夢に見えているようです。こんな素敵な方が、わたくしの花嫁になってくださるなんて、と。このような幸運が、わたくしのような者にあってもいいのかと……」


 段々と声が小さくなっていく。スケッチブックを握る手まで、蝋燭の炎に照らされてほんのり赤らんでいるように見えた。

 声が緊張で掠れて震えているのがわかる。信じられないことだが、全て本音というわけらしい。


「……わたくしこそ、不安で仕方ありません」


 彼はそろりそろりとスケッチブックから顔を上げて言った。


「ご様子から察するに、エミル様もわたくしがこのような……幼い見目であることは存じなかった様子。エミル様が、人の心を重視してくださる方であると、その言葉を疑うつもりはございません。しかし……それでも、失望されたのではありませんか?このような幼い者と夫婦だなんてありえない、と。そう言われてしまってもおかしくはないと危惧していたのです」

「そんなこと……」

「我々は夫婦になるのです。ということは貴女様が二十歳になったら、その時は夫婦の営みも解禁されることになりましょう?……すこし品のない話ではございますがその……わたくしのような見目の者を相手に、エミル様がその気になっていただけるかどうか不安で仕方ありません。四年後であろうと多分、わたくしの見た目はそうそう変わらないものでございましょうから……」


 この“婚姻の儀”の折。夫婦となる二人は、どのような話をしても許されるとされている。残念ながら性的な接触はキスまで、それ以上のことは禁止と言われてはいるが。

 この儀式の時間は、完全に二人きり。他の者に聞き耳を立てられることもない(聖堂の中には夫婦以外誰もいてはならないことになっているため)。そんなタイミングで何を話すのだろうかと思っていたが――よもや、今から閨の心配をされることになろうとは。


――実際、私にもいずれ、その役目は期待されることになる。夫となる人と閨を共にして、子供を産むと言う役目を。しかし。


 ちくり、とエミルは心臓に小さな痛みを感じていた。結局ここに至るまで、自分は彼等に話すことができていない。

 己の秘密。己がけしてできないこと。彼等の優しさを裏切るような気がしてしまって、どうしても口にはできなかったのだが――。


「……そのようなこと、ありません」


 本当は、今こそ言うべきとわかっていた。しかし、エミルの喉は、肝心な言葉を土壇場で飲みこんでしまったのだった。

 ここで、営みを躊躇するようなことを言えばきっとオスカーは思うことだろう――自分は幼い見た目だから拒絶されてしまっているのだ、と。

 己にはどうしようもないことで拒否され、責められる。それがどれほど悲しく、傷つくことであるのかをエミルは知っている。同じ思いを、オスカーにしてほしくはなかった。


「先にも述べたように、私が一番大切にしたいのは人の心ですから。……貴方様の心さえ素晴らしければ、見た目など大きな問題ではないのです」

「そう仰ってはいただけますが、わたくし、あまり自信がないのです。ドラゴニスト家の血を継ぐ者として、果たすべき役目があるのは重々承知しているのに……その責任を担って、同時に貴女様の笑顔を守れるような人間になれるのかどうか。貴女様に好ましく思って貰えるようなほど、己が人格者だとも思っていませんから」


 それでも、と彼は続ける。


「それでも……せめて、貴女様の良き友になれるよう、まずは尽力したいと思います。……これ、少しはお気に召して頂けるといいのですが」

「!」


 言いながら彼が見せてきたのは、スケッチブックの絵だ。まあ!とエミルは思わず声を上げてしまっていた。

 そこに描かれていたのは、聖母像に向かって祈りを捧げる一人の女性の姿だ。鮮やかな赤い髪に、緑色のドレス。間違いなく、エミル自身を描いたもののはずである。

 驚かされた。油絵ではなく、今はただの色鉛筆なのだ、その色鉛筆だけで、こんなにも美しく人の心を、姿を描ける人がいるものなのかと。


「綺麗……私だとは思えないほど」


 エミルが思わず呟くと、エミル様以外に誰がおりますか、とオスカーは笑った。


「幼い頃から、絵だけは得意なのです。普段は油絵を描くことが多いのですが、色鉛筆も大好きなのですよ。水彩画も時々嗜みますし、版画もさせていただくことがございます」

「凄いですね、オスカー様!私はその、昔から全然絵がダメで」


 思わず、エミルは明後日の方向を向く。


「……基本的に私の事を慕って褒めてくれる家族でさえ、絵だけはその……表で描かない方がいい、ということを、それはそれは気を使って言って来たほどなので……」

「ど、どれだけですか」

「犬を描いたら、宇宙から襲来したイカの怪物を描いたのではないかと思われ、弟を泣かせてしまったことが」

「そ、それは、ある意味凄い才能ですね……」


 引きつった顔で笑うオスカー。まったくその通りである。あれは一体何がいけなかったのかと今でも謎でしかない。

 あれか、犬を可愛らしくしようと、ふわふわの毛を書き足したのがいけなかったのか。迫力を出したくて、毛の茶色ではなく赤い色を使ったのがよくなかったのか。可愛くしようと思って眼をとびきり大きくしたこととか、あるいは素早く動いている様を表現したくて足を何本も生やしてしまったことが原因だったのか。

 いずれにせよあれから、なるべく人前で絵を描くのはやめておこうと思っているのだった。さすがに、そのつもりもないのに相手を泣かせるのは本意ではない。


「そういえば、昼間のさきほどの怪獣。あれは、オスカー様が作り出したものだったのですよね?」


 そうだ、そろそろ尋ねるべきだろう。エミルは椅子に座り直して、まっすぐオスカーを見たのだった。


「ドラゴニスト家が、どのように召喚獣を呼び出し、操るのか。私はその方法を一切聞いてはいないのです。……ひょっとしたらオスカー様は絵を描くことによって、描いた生き物を自由に顕現することができるのではないですか?」



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