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(2)――この女子中学生はその手の人類なのだろうか。

【語り部:陜ィ�ィ雎趣ソス陜ィ�ィ陷�スヲ】


 生きる苦しみと死ぬ喜び。おれはそのどちらも知っている。

 どっちが楽かって?

 それは甲乙つけがたいものだなあ。



【語り部:五味空気】


 おにぎりでいくらか空腹が紛れ、ゆったりと眠りについた翌朝。

 俺が目を覚ましたとき、奴らは既にそこに居た。

「これが例のクソ迷惑な殺人鬼か。もっとイカレきった奴かと思ったけど、存外普通っぽいな」

「えー、どこかっすか? こんな悪趣味な茶髪にしてる時点で、相当頭やられてますってー」

「それは清風の意見であって、お前の意見ではないだろ」

(きよ)ねえの意見はわたしの意見でもあるっすから! ていうか、じゃあドクターこそどう思うっすか? あの髪の色」

「……ないな」

「でっしょー!」

 落ち着きのある男の声と、中学生くらいの女の子の声がする。

 薄っぺらい布団から出て鉄格子のほうを見てみると、声の主である二人は動物園にでも来たようなノリでこちらの様子を窺っていた。もちろんというべきか、この場合、動物役は俺である。

「あ、起きたっすよドクター!」

 そう言って年相応なはしゃぎっぷりを見せる女子中学生は、大鎌少女よりふたつかみっつ年下くらいだろうか。

 女子中学生にしては簡素な格好をしている。黒のハイネックの上から水色のセーターを纏い、デニムのホットパンツにデニール数の高そうなタイツと、動きやすそうなスニーカー。背負っているのはドット柄の可愛らしいリュック。その長い黒髪はふたつに結ってもなお長く、女子中学生の一挙一動に呼応して楽しげに揺れていた。どこにでも居る女子中学生の風体だが、その瞳はこの国じゃ珍しい青色である。顔立ちもどことなくほっそりとしているし、どこかの国の血が入っているのだろう。

 そしてもう一点注目すべきは、その首元からチョーカーが覗いているということだ。

「うるせえ。見りゃわかる」

 女子中学生の隣で気だるげに返事をした男は、一目で医者だとわかる格好をしていた。黒縁の眼鏡に、首から下げた聴診器、若干よれた白衣とくれば、まず医者と見て間違いない。おおかた、この会社で雇っている専属の医者だろう。刃傷沙汰とか、ざらにありそうだものなあ。

 だが、伸び過ぎたから鋏で切ったと言われてもおかしくない乱雑且つぼさついた髪型と、徹夜続きで半分も開いていないような目からは、医者としての威厳みたいなものは微塵にも感じられない。二十代半ばくらいだろうに、年齢以上にやつれている。

「よし、起きたな殺人鬼――じゃなくて、あー、五味空気だったか」

 医者男は頭を掻きながら、面倒だという態度を隠そうともせずに言う。

「お前に割いてやる時間はそんなにねえんだ。さくさく終わらせてくれよ」

 言うが早いが、医者男は片手になにかを携え、牢屋の中に入って来た。これからなにが始まるのかと反射的に身構えたが、医者男の持っていたそれは、どうやら救急箱であるらしい。

「まず包帯の交換だ。オラ、とっとと上脱げ」

「え、は、はい」

 ぶっきらぼうであることに変わりはないが、しかし、好待遇であることもまた事実。これで医者男が背後からメスやらなにやらで切りかかってきたらひとたまりもないのだが、どうせ今の俺に反撃の手立てなど皆無なのだ。医者男はあまり時間をかけたくないようだし、ここは無駄な抵抗を諦め、潔く上着を脱いで治療を受けたほうが賢明である。

「捕虜×医者か、医者×捕虜か……うひょひょ。この光景、全国のお腐りさまとしてはどちらが多数派なのでしょう」

「……」

 牢屋の外で突っ立ったままの女子中学生が、妙に目を輝かせて、或いは濁らせて、妙な呪文を唱え始めた。この女子中学生はその手の人類なのだろうか。

「わけわかんねえこと言ってんじゃねえぞ、おい」

「その後は主従か喧嘩ップルか……うっひょっひょっひょ……」

「おいコラ。脳みそ腐らせてる暇があったらとっとと準備しろ、的無(まとなし)

「あいあいさー」

 怒気のこもった医者男の呼びかけに、流石にふざけ過ぎたと思ったのか、的無と呼ばれた女子中学生はリュックを床に下ろして、言われた通りに準備を始める。

「五味空気。お前、記憶のほうはどうなってる?」

 てきぱきと無駄のない動きで包帯を解いていきながら、医者男はそんな質問をしてきた。

「あの路地裏で捕まってからのことは、しっかり覚えてる」

「なにか思い出したことは?」

「……ない」

「ちっ。役立たず」

「……」

 隙あらばメンタル抉りにくるなあ、ここの人達。轟文さんとやらは不要なのでは。

 さておき。

 俺の記憶メモリに詰まっているものは、相変わらず少ないままだ。そのおかげで、夢でまで死体の山を見る羽目になったくらいである。

「……ん?」

 包帯もガーゼも解き終え、背中の傷を見たらしい医者男は、そんな怪訝そうな声を上げた。

「え? なに?」

 思わずそう問いかけるが、医者男からの反応はなし。その後も補足説明などは一切なく、医者男は黙々と包帯の取り換え作業に徹するのみである。その沈黙が、俺からの質問を受けつけない意思表示のように感じられて、俺はそれ以降黙っているほかなかった。

「よし。次はこっち向け」

 作業が終わり、言われるがまま向き直ると、医者男と正面から向かい合うかたちになった。こうして見ると医者男、猫みたいに鋭い目つきをしている。医者猫男だ。

「で、両手を揃えてこっちに突き出す」

「?」

 なにがしたいのかわからないまま、指示通りに『前ならえ』よろしく両手を突き出す。刹那、ガチャンという金属音が手元から鳴った。

「は?」

 あまりに自然な所作に違和感を覚える隙さえなかったが、どうやら俺は、医者猫男に手錠をかけられたようだ。スタンダードな、しかし強度は必要以上にありそうな手錠である。

「……って、手錠?! なんで?!」

 俺にとっての拘束具は首輪で充分って話だったはずなのに、どうして手錠が追加されるのか。昨日から今日に至るまで、不審な動きなんてしていないというのに。

「そりゃあ、これからそっちに、この超絶美少女が入るからっすよ~」

 緩い口調でそんなことを言いつつ、いつの間にか女子中学生が牢屋に入ってきていた。そして入れ替わるように、医者猫男は救急箱を持って牢屋の外である。

「いつの間にって言うなら、悪趣味な茶髪さんが手錠に動揺してる間にっすけど」

 俺の心の内を読んだかのように、女子中学生は言う。

「さてさて、ドクターによるBがLしそうにない治療シーンも終わったことですし。今度はわたしの番っす。か弱い儚い超絶美少女が単身殺人鬼の独房に入るということで、わたしの身の安全の為にも手錠をかけさせてもらいました。どうも初めまして、桐花(とうか)会会員で宇田川社専属四鬼の的無っす」

 青い目を細めて笑顔を作り、女子中学生は右の袖をまくりながら自己紹介をした。あらわになったその白い腕には、確かに菊の紋章が刻まれている。首にチョーカーらしきものがある時点でもしやとは思ったが、やはり四鬼か。

「下の名前も知りたいっすか? それは駄目っすねぇ。マナーのなってない殺人鬼野郎に教えて良いのは、名字までっす」

 女子中学生はにこにこと笑顔を浮かべながら、マナーのなってない敬語で罵倒してきた。初対面でここまで嫌われているとは、なにごとだろう。

「俺は、五味空気。えっと……よろしく、的無ちゃん?」

 手錠をかけられている為、じゃらじゃらと音を立てながら右手を差し出す。握手でもして、この意味不明に殺伐とした雰囲気を少しでも和らげようと思ったのだ。

「……その手、清ねえに触りました?」

「きよねえ?」

 俺の右手と顔を品定めでもするようにじろじろと見たあと、女子中学生はやたらに早口でそう言った。

 『清ねえ』って、大鎌少女のことだろうか。そういえば『清風』と名乗っていた気がするし、女子中学生の言うそれは愛称かなにかだろう。

「あー、そうだね、ちょっとだけ」

 あの路地裏で凶刃から守る為、片手で少女を抱きとめるかたちになった。そのときに少なからず少女と接触はしている。

「清ねえを、抱きとめ……?! それがちょとだけとは……?! わーわー!駄目っ、そんなふしだらな手とは握手なんてできねえですっ! きゃー汚らわしい!!」

 淡々と経緯を話しただけで、女子中学生は大騒ぎだった。箸が転がっても面白い年頃、という言葉では説明がつかない騒ぎっぷりである。

「悪趣味な茶髪さんとは死んでも握手なんてしねえっす。全くもう、うらやま……じゃなくて、けしからんです」

 そしてこの結論だ。全く意味がわからない。一方的に嫌われ過ぎだ。

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