(4)――避けなきゃ俺が殺されるのだ。
【語り部:陜ィ�ィ雎趣ソス陜ィ�ィ陷�スヲ】
殺し殺される環境こそが日常だった。
それ以外、おれは知らない。
【語り部:五味空気】
「……――はっ!」
思考回路が正常に働くようになったとき、俺の身体は牢屋とは全く別の場所にあった。
広さは学校の教室一部屋分くらいと、手狭なようで手広い程度。相変わらず窓の無い部屋で、外の様子は窺えない。防音を施された壁は打ちっ放しのコンクリートで、全体的にひんやりとしている。しかし牢屋と違ってだいぶ空調が効いているようで、澄んだ空気が肺を満たしているのがわかった。
「お。気がついたか」
その空調の整った部屋のど真ん中で、もくもくと煙草をふかしている男が居た。他でもない、医者猫男である。
「うっわー、本当に回復早いっすね! 普通なら三十分は意識が混濁するのにー」
部屋の隅っこ――この部屋唯一の扉の近くで、相変わらず動物園の動物を見るようなテンションではしゃいでいるのは、女子中学生である。心なしか、さきほどよりも目が爛々と輝いているのは、気の所為だと思いたい。
「身体の調子はどうだ? 痺れは残ってるか?」
痺れさせた張本人は、ポケット灰皿で煙草の火を消しながらにそんな心配をする。
「死ぬかと思ったんだけど……」
「死んでねえから大丈夫だな」
俺の身体の状態を確認すると、医者猫男は言う。
「それじゃあ本題だ。立て」
状況を飲み込めないまま、言われた通りに立ち上がる。
「……あれ?」
妙にすんなり立てたと思ったが、それもそのはず、手に嵌められていたはずの手錠がなくなっていたのだ。
「これから派手に立ち回るのに、手錠は邪魔だろ。さっき外しといた」
「派手に立ち回る……? 一体なにを……?」
思わず一歩、後ずさる。いつでも逃げられるようにしておかなければ。いやでも、この状況で医者猫男に背を向けるほうが、むしろ危険ではないだろうか。二重の意味で。
「なに勘違いしてんのか知らねえが、お前はこれから、俺と殺し合いをすんだよ」
「はあ?」
「なんだ、やる気ねえのか? だったらひとつ、条件をつけてやる。お前が俺を殺せたら、ここから解放してやんよ」
「い、意味がわからない……」
なんとも魅力的な提案だったが、今の俺にそれができるわけがない。四鬼用の拘束具が、殺人を良しとしないのだから。
「今のお前についてる首輪は、人間様に害を成す四鬼の能力を制限するタイプの代物だ。つまり、回復型のお前にはほとんど無意味な首輪で――俺との殺し合いに、支障は一切ねえ」
「いや、でも――」
どうして、医者風情と殺し合いを演じなきゃならないのか。
そんな疑問をぶつけるより、先に。
医者猫男の遠慮のない拳が、眼前で空を斬った。
「せっかくだ、楽しもうぜ」
「なっ、なにする――」
脈絡もなく始まった殺し合いに抗議を入れる隙もなく、医者猫男は次々と拳を繰り出す。それはひとつひとつが重い一撃であるにも関わらず俊敏で、的確に急所を狙っていた。
医者のくせに機動力が高過ぎるとか、あれこれ言いたいことはあったが、殺し合いが始まったとなると、そんなノイズは自然と頭の中から消え、シンプルになっていく。
避けなきゃ俺が殺されるのだ。
それだけはなにがなんでも阻止しなくてはと思うと、自分でも驚くほど軽やかに躱してみせた。俺がどうこう考えるより先に身体が動いている感覚に酔いそうになるが、身体はその酔いすら感じさせない。他人の身体を視界だけ借りているような、不思議な感覚だ。否、視界すらも身体の支配下だった。身体は医者猫男からの攻撃を確実に避けつつ、目ではしっかり女子中学生の動向まで確認していたのだから。扉の前という位置取りからして、この殺し合いに乱入してはこないだろうが、逃げようとすれば間違いなく殺しにくるだろう。そんな状況判断までできてしまう始末だった。
「おいおい、避けてばっかじゃ殺し合いにはなんねえ――ぜ!」
それまで連撃で繰り出されていた拳とは違い、ほんの一瞬だけ溜めてから出された一撃。それは、俺のバランスを崩すには充分過ぎる役割を果たした。
「がっ――」
医者猫男の拳は俺の左頬に直撃し、そのまま後ろに吹き飛ばされる。どうにか受け身を取ることには成功したが、衝撃を殺しきることは叶わず、頭と背中に鈍い衝撃が走る。
「ってぇ……!」
しかし痛みに悶えてばかりもいられない。そうしている間にも医者猫男は距離を詰め、追撃を仕掛けてきていた。
「徒手空拳の立ち回りは苦手か? 殺人鬼」
数瞬前に頭があった位置に床が抉れそうな威力の拳を打ち込み、医者猫男はにやりと歯を見せて笑った。肉食獣のようなそれに、怖気が走る。
なんて安い挑発だとは思うが、しかし、堪らずカチンときた。
たぶん俺は、こういう戦いかたにも精通している。でなければ、初撃で吹き飛ばされて殺されていただろう。それならどうして防戦一方なのかと言うと、医者猫男の動きは、きっとどの格闘技にも属さない自己流のものだからだ。まるで獣のような動きは予想がつかず、その攻撃を目で追い、避けるまでで精一杯だった。
「クソ、ふざけやがって……!」
じわりと血の味が広がる。どうやら派手に口の中を切ったようだ。
「ハンデをくれてやる」
ほらよ、と言って医者猫男が投げて寄越したのは、拳銃だった。
コルトガバメント――正しくは、M1911A1。映画や漫画のキャラクターがよく手にしているモデルとでも言えば、通じは良いのだろうか。医者猫男の渡してきた拳銃は、そういうスタンダードなものだった。
「それならお得意だろ?」
そう言われてひょいと手に取るほど、俺のプライドは安くない。だが、このまま劣勢が続けば、間違いなく俺は殺されてしまう。それだけは回避しなければならない。
となれば、ここはプライドなんてかなぐり捨て、銃を拾う以外の選択は選べなかった。こんなところで死ぬくらいなら、プライドなんて捨ててやる。
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