好きな女の子に電話で告白して成功してメッチャ喜んでたら、その女の子が近くにいた
今日は日曜日。
高校は当然休みなので、俺はぶらぶらと町を歩いていた。
意味のよく分からない英字が書いてあるTシャツを着て、青いジャケットを羽織り、下には足が細く見える少し窮屈なジーンズを履いて、ぼんやりと足を動かす。
目的は特にない。コンビニで好きな雑誌を立ち読みして、その辺をぐるりと一周したら帰ろうと思っていた。
そんな時、俺はクラスメイトの絵菜を思い出す。
髪は肩にかかるほどの茶髪で、ぱっちりとした目をしてて、歯を見せた時の笑顔がとても眩しい。
もちろん、性格も明るい。俺が落ち込んでると、あいつは「ドンマイ、ドンマーイ!」って肩を叩いて励ましてくれる。惚れてまうやろーって感じだ。まあ実際、惚れちゃったんだけど。
最近は学校で絵菜と会話することも増えてきた。内容は流行ってる動画とか、面白い芸人とか、他愛のないことばかりだけど、一緒にいて楽しい。向こうもきっとそうだと思う。
学校帰りに一緒にゲーセンに行ったこともある。リズムに合わせて太鼓を叩くゲームをやったら、俺がヘタクソすぎて、あいつは腹を抱えて笑ってた。その笑いっぷりがまたいいんだ、これが。
一度考え始めると、頭の中が絵菜のことで満杯になる。もし、あいつと付き合えたら、これからの高校生活サイコーだろうなぁなんて思ってしまう。
今までにも何度か告白しようと思った。機会もあった。だけど、土壇場で尻込みしちゃって、あいつとは“いい仲だけどカップルではない”ぐらいの関係に落ち着いちゃってる。
このままではいかんよなぁ……。
その時だった。
何かよく分からないが、俺の中でビビビッときたのだ。
なんていうか、たまにあるじゃん?
根拠は全然ないんだけど“今の自分ならやれる”みたいになる瞬間。
例えば筋トレした後のメッチャ強くなった感とか、夜更かししてて全然眠くならない時のあの感じとか、ああいうのに近い感じ。
とにかく、ゲームで無敵状態になれるアイテムを取った時のような感覚になってしまった。
今しかない、と思った。
今ここであいつに告白しなきゃ、次にこの感覚になれるのは一体いつのことか。
その頃には、絵菜は他の男になびいちゃってるかもしれない。
恋なんてのは早い者勝ち。みんな、そんなの分かってる。だけど、なかなか勝負に出られない。そこで勝負に出られる奴が晴れて彼女持ちになれるってわけ。
勝負に出るのは今しかない。
俺はポケットからスマホを取り出した。あいつの番号は登録してある。
電話で告白なんてダサイかもしれないけど、仕方ない。この状態があと何分、いや何秒続くか分からないんだから。
俺はスマホの通話ボタンをポチった。
そして――ポチった直後に“無敵状態”は切れてしまった。
もう相手に電話はかかっている。
ここで切っても向こうに着信履歴は残る。かけたままにするしかない。
俺はなんてことをしてしまったんだ。告白はもっと時間をかけてから、絵菜からの好感度を上げてからするもんだろうが。俺のバカ。
しかも電話で告白って……自分は相手の顔を見て告白できない男ですって告白してるようなもんじゃねえか。
そうこうしてるうちに、絵菜の声がした。
『もしもし?』
電話越しでも可愛い。体の芯にキュンキュンくる声だ。たまらない。
もう腹をくくって会話するしかない。
「よ、よぉ」
『茂人君だよね? どしたの? 珍しいじゃん』
そう、珍しい。番号とかは交換したけど、遠慮しちゃって、よほどの用件じゃなきゃ俺からかけることはほとんどなかった。例えばテストの範囲どこまでだっけ、とかね。
少なくとも用もないのに……なんてことは一度もなかった。どうしよう。
「あ、あのさ……今日はいい天気だよな」
『ん、そうだねー。もしかして、茂人君も外出してんの?』
「うん、まあね……そっちも?」
『まあねー、散歩みたいなもんだけど』
天気の話に、今何をしてるのかの話。実に中身がない。
これ以上こんな話続けてたら、嫌われてしまうかもしれない。
間違えてかけちゃったんだ、とか言って電話切るか? それが一番無難な気がする。
だけど――
「あのさ!」
『ビックリした! ……なぁに?』
心臓がバクバクしてるのが分かる。
よくある表現の「心臓が飛び出しそうになる」ってのはまさに今の俺だと実感する。
喉に指突っ込んでオエッてやったら、本当に出て来ちゃいそうだ。
スパコンばりの速度で頭の中で言葉を整理して、どうにか続きを話す。
「こんなこと……電話でする話じゃないかもしれないけど……」
絵菜の声がしない。聞く態勢になってるのが分かる。
言え、言うんだ!
「ずっと前から好きでした……俺と付き合って下さい!」
言った!
言ってやったぞという気持ちと、言っちゃったよという気持ちが、一気に俺ん中に押し寄せる。
だけど、もう過去は変えられない。
結果を待つのみ。
唾を飲み込んでしまう。この音、相手に届いてないだろうかとか考えてしまう。
俺はじっと返事を待った。
『私でよければ……』
ワタシデヨケレバ。この言葉の意味を理解するのに、ちょっとかかった。
「えっ、ってことは……」
『いいよ、お付き合いしましょ』
「う、うん!」
『だけど、とりあえず今はここで電話切っていい? ほら、お互い外歩いてるみたいだから』
「あ、いいよ、いいよ! じゃあ、また明日ね!」
『うん、また明日』
電話を切る。
深呼吸をする。
エネルギーを貯めるように歯を食いしばってから、俺は叫んだ。
「いやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
拳を握り、両腕を振り上げる。
「やたっ! やたっ! やたっ! やたっ! やたっ! やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
今俺は路地を歩いており、周囲には人もいた。
でも、溢れる気持ちを抑えることはできなかった。
「OKもらえた、OKもらえた、OKもらえたぁぁぁぁぁ!!!」
心の声をそのまま吐き出すような状態になってしまっている。
「嬉しいぃぃぃぃぃぃ! マジかよ、絵菜ちゃんが俺の彼女になっちゃうなんて! 信じられねえ! ちょっとほっぺたつねってみよ!」
頬を指でつねる。思いきりやったのでメチャクチャ痛い。
「いてえええええええええ!!!」
痛いってことは夢じゃない。夢じゃないってことは俺と絵菜はカップルだ。
「よぉし! よぉし! よぉし! サイコー! 今の俺はまさしく世界最高の幸せ男と言っても過言じゃない! スーパーハッピーガイ茂人! それが今の俺だ! うおおおおおおおお! 俺すげえええええ! 俺かっけえええええええ!」
完全に、決壊したダムである。
「ここは天国だ! 天使たちがラッパ吹いてる! 遠慮せずどんどん吹いてくれたまえ! ありがとぉ! 君たちのおかげで俺は最高の高校生活を送れます! うひょおおおおおおおお!」
だが、ここで俺は冷静になる。
さっきから女の声が聞こえてくるのだ。
俺と同じぐらい、いやそれ以上にデカイ声が。
水を差された気分になって、俺は少し黙る。声が聞こえてきた。
「バンザァァァァァイ! 嬉しい、嬉しい! ハッピー、ハッピー! 私、こんな幸せでいいのかなぁ? 多分、今この世で一番幸せなの、絶対私だよ! やっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!!」
何がこの世で一番幸せだ。
何がやっほぉぉぉいだ。
一番幸せなのは俺に決まってんだろうが。
どうやら声の主はすぐ前にある角を曲がったとこにいるらしい。
どんな女か、顔を見てやろう。
俺は少し歩いて、角の先を覗き込んだ。
すると――
「あれ……? 絵菜、ちゃん……?」
絵菜がいた。
白いセーターに紺のスカートという私服姿が可愛らしいが、今はそれどころじゃない。
この世で一番幸せとか、やっほぉぉぉいとかの声の主はもしかして――
「茂人君、なんでここに!?」
「絵菜ちゃんこそ!」
そういえば、俺たちは比較的近所に住んでいた。
だけど学区の違いで、知り合ったのは高校から。こうして学校以外で会うのは初めて。
その“初めて”がこんなことになってしまうとは。
さっきカップルになったばかりだというのに非常に気まずい。
かといって、ずっと黙ってるわけにもいかない。
俺はおそるおそる聞いてみる。
「もしかして今……すっごい騒いでた?」
絵菜は顔をトマトみたいに真っ赤にしてうなずく。
「う、うん……」
やっぱりそうだ。
さっきの“女の声”は絵菜だった。
俺から告白されたことを、まさかあんなに喜んでくれるなんて。ニヤニヤしそうになってしまう。
だけど、俺に絵菜の声が聞こえてたということは当然――
「茂人君も結構騒いでなかった?」
「ま、まあね……。やっぱ聞こえてたよね……」
きっと俺の顔もトマトみたいになってるに違いない。
しばらくお互いもじもじしつつ黙り込んでいたが、俺から切り出すことにした。
「告白してOK貰えたから、つい舞い上がっちゃってさ……喜びまくっちゃったよ」
すると、絵菜も――
「私も……茂人君のこと、ずっと好きだったから……電話来て、告白された時はなんかもうホント、ウソでしょって気持ちだった。だから……」
告白して、されて。
お互いにメチャクチャ喜んで。
お互いに恥ずかしい思いして。
後に残るのは、俺たち二人がカップルになったという事実のみ。
俺は今日、特に予定はない。なんとなく絵菜もそんな気がした。だから俺は聞いてみた。
「よかったら……このままデートでもしない?」
「うん……いいよ!」
絵菜はいつもの笑顔を見せてくれた。
俺が右手を出すと、絵菜は左手でそれを握ってくれた。
俺たちは手を繋いで、そのまま初デートに向かった。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。