13.いと気高き紅薔薇3
( ・▽・)⊃ スススッ
「どういうつもりだ」
問い詰めるアルマスの語気には隠しようもなく不機嫌さが滲んでいた。
それなのにティアは顔を向けるどころか視線すら寄越さない。
咲き誇る赤い薔薇に囲まれた小部屋のような庭園で、絵画のような優雅さを持ってお茶を嗜んでいる。
それがまたアルマスの苛立ちを煽るのだ。
人探しの魔具『白い標』はアーリコクッカ広場から遠く離れた上街に踏み入れた段階で千切れてしまった。たまたま手元に残っていた最後の一本なので代わりはない。
しかし、魔具の製作者はアルマスである。途中で切れてしまっても、それまでの反応の強さや方向からある程度の位置を推察をすることは不可能ではない。そうして行きついたのが、このヘレニウス家だった。
訝しみながらも使用人に話を聞いてみれば、リーリヤは確かにヘレニウス家に滞在していたらしい。だが、アルマスがリーリヤを見ることは叶わなかった。メイド曰く、丁重にステーン家へと送り返した後だと言う。
アルマスはまたもやすれ違いになってしまったのだ。
「淑女への礼節がなっていないのではなくて?」
ゆっくりとカップの中のハーブティーを飲み干した後のティアからの一言である。
「それは失礼。なにせ悪徳商人も逃げ出すほどには腹黒いと知ってるからね。淑女とは思えなかったのさ」
アルマスの嫌味にもティアはピクリとも反応しない。
ティアの正面ではメイドが椅子を引いて待っている。座らなければまともに対話すらしない気か。
舌打ちをして、アルマスは渋々椅子に腰掛けると、メイドから差し出されたお茶を乱雑に飲み干した。
そこでアルマスは眉をしかめ、もう一度舌打ちをする。さっぱりと爽やかな香りがほどよく鼻に抜けるハーブティーはアルマス好みにブレンドされたものだった。
それが示す事実は1つ。このお嬢様は、アルマスが乗り込んでくることを見越していたのだ。
「少しは落ち着かれては?苛々してばかりでは得られる成果も逃がすことになりますわよ」
「よく言うよ」
悪態をつくアルマスとは裏腹に、ティアはいつも通りの澄ました顔をしている。
「本日はどのようなご用件で?」
わざとらしい態度までいつも通りと来た。まったくもって嫌になる。
アルマスは大げさにため息を吐いてから切り出した。
「リーリヤ。リーリヤ・メッツァのことだよ。いたんだろ、さっきまで」
「ああ、あの娘のこと。貴方に説明する必要がありまして?」
「は?」
アルマスの動きが固まる。
さすがのアルマスもここで喧嘩を売られるとは思っていなかった。
「年頃の乙女であるわたくし達が友誼を結び、交友を深めるためにお茶会をしただけのこと。そんな乙女達の秘密を暴こうなどとは。アルマス様はなんて嫌らしいのでしょう」
アルマスは黙るしかない。
そう言われてしまえばアルマスも口出しができなくなる。本来であればティアの言うとおり、アルマスがリーリヤの交友関係に口を挟む権利はないのだ。
しかし、そうまでして隠そうとするティアの真意はなんなのか。アルマスの勘ぐりは杞憂で、ただ若い女性同士でなんて事のない世間話に花を咲かせたかっただけ、ということはあり得ない。
ティア・ヘレニウスという女の行動には必ず意図があり、何かしらの意味がある。権力争いの激しい上流階級の中枢にいるヘレニウス家の長女がそんな呑気な思考をするはずがないのだ。極端な話、リーリヤを餌にアルマスを呼び出したと言われても不思議に思わないくらいには。
アルマスとティアの関係を言葉に表せば、ただの雇い雇われる者にすぎない。けれども、実際はそんなに浅い関係ではない。
かといって絶対に味方であると言い切れるほどの信頼は持っていない。せいぜいが互いの能力に一定の信用を置いているくらいだ。
自然とアルマスの視線が鋭くなる。
それを待っていたかのようにティアは扇子を広げてみせた。
「というのは冗談ですのよ。貴方との確執を抱えるなんて本意ではありませんもの。いいでしょう。教えて差し上げますわ」
アルマスは肩の力を抜く。
最初から話す気だったのなら、さっさとそうして欲しかった。無駄に警戒してしまった。
「先日、あの方が迷い込んだ『精霊の小路』について少々お聞きしただけですわ」
リーリヤの身に起きた異変。『精霊の小路』と呼ばれる精霊達だけの通り道に、時偶迷い込む幼い子どもがいる。そこにリーリヤも巻き込まれたのだ。
「子どもではなく、大人が迷い込むなんて聞いたことがありませんわ。まさに異常事態。この街を守り、導く立場の者ならば、確認して然るべきでしょう?」
ティアの言いたいことは理解できる。むしろ調査に乗り出さない方がまずいと思うくらいだ。事の重大さを鑑みてヘレニウス家の権力を使って箝口令を敷く程度には、根底を揺るがす大事件だった。
表向きにはリーリヤは関係なかったことにされている。そうである以上は公的機関が動けず、事情を知る立場ある者が代わりに調査を行うのは必然とも言える。
1つの前提を除けば。
「俺がもう報告しているだろ」
「気を悪くされたのなら、ごめんあそばせ。本人から直接聞くことで得られることもありますもの」
気が動転していて、よく覚えてはいない。だが、夢のようにふわふわとした感覚の中、なんとなく楽しかった気がする。
アルマスはそう報告し、リーリヤもまたそう答えたはずだ。
精霊の小路から戻ってきた子どもは、誰もがそう言うのだ。具体的な記憶はなく、朧げな幸せに浸っていた気分だけが残っている。
だから、リーリヤにも誰かに聞かれたら、そう答えるようにとだけ言い含めていた。
実際にリーリヤが何を見たかは聞いていない。そこまで細かく把握する時間は取れなかったからだ。
それでも、リーリヤの憔悴した様子から幸せとは遠い何かだったのだとは十分に伝わってきた。
精霊の小路に連れて行かれたのが魔女故なのであれば、子ども達とは違う光景を目にしたのも魔女故かもしれない。だから、ひとまず取り繕う術だけを教えたのだ。
「貴方から聞いていた話とまったく同じでした。しかし―――」
薔薇の庭園に作り物めいた透明な笑いが染み渡る。
「ふふふっ。アレは楽園を垣間見た者の表情ではありませんことよ」
アルマスは努めて動揺が表に出ないようにする。
リーリヤに腹芸を期待するのがそもそも間違いなのだ。そうでなくとも、このご令嬢は数多の陰謀が交錯する上流階級社会にて君臨する家系なのだから。
「大人にとっては楽園ではないのか。それとも、彼女だけが特別なのか。はたまた・・・」
「知ったこっちゃないね。本当にそんなことのために―――」
「そんなこと?」
ティアが緊張した空気を帯びる。
扇子で隠れて表情は半分も見えないにも関わらず、その鳶色の瞳には情熱のような熱さが灯っている。
「知らない仲ではないからと今まで寛容が過ぎたようですわね。それで思い違いなさったのでしょう。ならば、貴方には思い出してもらう必要がありますわね」
アルマスは唾を飲み込む。
いつも被っている完璧無比な『淑女』の仮面を外しているティアを見るのはいつ以来か。
大きな音を立てて閉じられた扇子がアルマスに向けられる。
「わたくしはフルクートにおいて最も古く高潔な血を継ぐ者。700年の歴史を誇るヘレニウス家の長女でしてよ。そして、貴方の雇い主でもある。おわかり?わたくしはこの街で唯一、貴方に命令する正当な権利を持つ者なのです」
ティアの放つ一言一言が重圧を伴っている。
とはいえ、この程度の圧に屈するアルマスではない。
「だから従順になれって?お断りだね。俺がいなくなって困るのはそっちだろ?」
一般に錬金術師と権力者は切っても切れない関係だ。
万能には及ばずとも、人知を超える魔具を作り出す錬金術師は権力者にとって魅力的な果実に他ならない。
一方で錬金術を探求するには金も時間もかかる。整った環境で費用を気にかけずに研究に没頭するのは、錬金術師にとってある種の理想だ。
殊更、花の乙女にとっては特別な意味を持つ。
実力のある花の乙女ほど、高位の錬金術師と個人契約を結んでいるものだ。
その理由は一つ。精霊との交信に欠かせない『花飾り』は錬金術によって生み出されるからだ。よく花の乙女の実力の指標として扱われる『花飾り』であるが、その錬成には錬金術師の腕前も非常に重要な要素なのだ。
持ちつ持たれつ。お互いの要求を尊重しながらも、譲らない部分は妥協しない。意志のすり合わせを繰り返し、絶妙なバランスを保って今までやってきた。
だが、今日のティアは引き下がらない。
「貴方ほどの腕前を持つ錬金術師がそうそういないのは認めましょう。しかし、求めるものを下げさえすれば、代わりの方は幾らでもいるのです。逆に、我がヘレニウス家の後ろ盾を失うことが何を意味するかを理解していないわけではないでしょう?わたくしに睨まれると知って手を貸す家がどれほどあると?」
アルマスは考え込む。
ティアは先ほど仲違いは望まないと言っていた。そうであるなら、このやりとり自体がアルマスに対するメッセージになっているはずだ。
「・・・何をさせたい?」
ティアの艶やかな唇が満足そうに弧を描く。
「貴方の能力を知らしめなさい」
「具体的には?」
「『二枚鏡』を」
アルマスは天を仰ぐ。
今までの話が一気に繋がり、頭の中で一筋の流れが組み立てられる。
なぜリーリヤがヘレニウス家に呼ばれたのか。なぜティアはこうも自らの立場を押し出してきたのか。
結論から言えば、アルマスに依頼を断らせないためだ。そのための布石だったのだとアルマスは確信した。
「君の目的はわかったよ。けど、よりによってそこなのか」
『二枚鏡』。
それは夏至祭の中核となる儀式で使われる最も重要な祭具。謂わば祭りの顔である。
「よく上街の奴らが許したね」
名前のとおり2枚の鏡で1対とされるこの魔具は、それぞれが巨大な金属製の円盤である。ガラス製の鏡にも劣らないほどにはっきりと反射する様からそう呼ばれている。
『太陽の巫女』を儀式を彩る華やかな主役とするなら、『二枚鏡』は陰の主役である。どちらとも街の威信を背負う役目だ。
因みに2枚の鏡のうち1枚は夏至祭が始まってから観衆の中で錬成を執り行うことになっている。『公開錬成』と呼ばれる、失敗の許されない責任重大な役目こそ、金属錬成の大家であるエドヴァルドの工房が担っていた。
だからこそ、『二枚鏡』のもう1枚を錬成するのは、上流階級の息が掛かった錬金術師が行うのが習わしだ。
『公開錬成』ではない分、こちらは何度でも失敗できる。素材がある限り錬成を繰り返して、一番上手くいった物をこれ見よがしに掲げれば良いのだ。責任は軽く、栄誉は大きい。
誇りという名の驕りに耽溺した連中が早々その機会を手放すわけがない。
「逆ですもの。これは参事会からの申し出です。後ほど正式に学術協会から通達されるでしょう」
「なんだって?」
故にアルマスは不可解に思う。
その事情をティアは把握しているのか。
「どのような経緯があれ、わたくしはこの話を断るつもりはあり得ませんわ」
額面どおりに受け取れば、ティアには利益しかない話だ。
錬成をするアルマスに負担はあれど、夏至祭まで今日を含めて5日もある。細々とした学術協会からの依頼も含めても、アルマスならば無理な期間ではない。
「そうそう。これは『公開錬成』にて執り行われます。恥をさらすことはないよう、心して臨みなさい」
「おいおいおい」
これからの日程の算段を立てていたアルマスは『公開錬成』という言葉に耳を疑う。
まさか祭りの催事の方だったのか。
広場であったときには、マイラからそんな話を聞いていない。
アルマスの考えをティアが否定する。
「ご安心を。テラスラ家の工房の代役ではありませんことよ。日付は6月19日、つまり夏至祭前日です。時間と場所は学術協会から指定がありますわ。あくまで『後学のため』に有識者のみを集めて実施するそうです」
「どう考えても表向きの理由だろ」
テラスラ家とは、エドヴァルドの家名だ。夏至祭中の重要な催事ではないのはいいことだが、それで安心できるわけがない。
親方の言っていた上流階級のきな臭い動きとはこれだったのだろう。
今回の件、圧倒的にアルマスが不利だ。
通常、『公開錬成』とはぶっつけ本番の一度きりのみ。
同席する有識者というのも、どうせ地元の錬金術連中だと考えれば、アルマスを敵視しているやつばかりだ。ヤジが飛ぶくらいならまだマシで、意図的な素材への仕込みや直接的な妨害だってあり得る。
真の狙いはアルマスが失敗することだろう。
アルマスが錬成に失敗する、あるいは魔具の質が低かったとき、元々用意していた魔具を引っ提げて、ここぞとばかりに出しゃばってくる姿が目に見える。
「よほど自信が有るようですわね」
ティアの意見にアルマスも同意する。
いくら不利を背負うと言っても、錬金術師の実力は簡単に引っくり返せるものではない。3級の資格は伊達ではないのだ。
いかにアルマスの調子が悪くても、この街のほとんどの錬金術師に後れを取ることはないと言い切れる。
それなのに、この強気な態度。アルマスがこれから錬成する魔具以上の質だと確信のある物を既に準備しているからこそ、この手段を取ってきたのだ。
「『銀杖』の位を求めても?」
「正気かよ?いや、正気じゃないな。錬成は1回だけしかできないんだぞ。それなのに『杖』?」
厳しい錬成になることは重々理解しているはずなのに、ティアの要望は上街の連中どころかアルマスの想定さえ遥かに超えてきた。
まさか一等品質の区分にあって、一等品質とは区別される『至高の三位』と称えられる領域を求められるとは思わなかった。自信家を自称しているアルマスでも躊躇する内容だ。
「第一、材料はどうするんだ?『二枚鏡』なんて、工房に置いてある素材じゃ錬成できないぞ」
「急な話でしたから。素材はあちらで用意をなされるそうですわ」
「まともな素材を用意するんだろうな、それ」
「そうしなければ、あちらの不手際となりますもの。最低限は使える物を用意するでしょう。そこからは貴方の腕次第かと」
「オッケー。結局、俺任せね」
伝えることは伝えたと、ティアは瞳を閉じて庭園の薔薇の香りに身を委ねている。その様はまるで他人事のように見えた。
この嫌がらせはアルマスだけを狙っているのではない。
アルマスを貶めることは、雇用しているヘレニウス家の家名に泥を塗るに等しい行為なのだ。
「ヘレニウス家って相当に嫌われてるんじゃないの?」
「お互い様ですわ。なにより―――」
アルマスの嫌味はティアにさらりと流される。そして、痛烈な一撃が返ってきた。
「貴方の落ち度がこの事態を招いたのです」
その自覚はアルマスにもあった。
アルマス・ポルクが素材不足で苦しんでいる。
その事実が噂として広まったのが、そもそもの発端なのだろう。そのせいで上街の連中から付け入る隙があると判断されたのだ。今回の『二枚鏡』の材料をあちらが用意する口実にも使われた。
軽率に動き回りすぎた結果と捉えれば、アルマスにも一因がある。
「己で呼び込んだ不始末は、己で片を付けなさい。実力の伴わない者など、我がヘレニウス家には不要ですわ」
上流階級には気を付けろ。親方の忠告は間違っていなかった。
この目の前の女こそが上流階級の代名詞なのだとアルマスは改めて脳裏に焼き付けられた。
モニカ・レイポネンはベッドに倒れこむ。
もはや声を出す余裕もない。
長い一日がやっと終わったのだ。
花の乙女の務めに、パン屋の看板娘としての労働。もう身体はボロボロだ。
1日を振り返ろうとして、思い出す前に疲労と睡魔に屈しかける。
そこで、花の乙女の衣装からまだ着替えてすらいないことに気付く。
モニカは気力を奮い立たせる。
まずは重く気だるげな腕を持ち上げて、頭に付けたいつものカチューシャを外す。ドレッサーに置いたつもりだったが、実際はベッドの端っこに放り投げただけで力尽きた。
これはマズイ。
動けなくなる前に、せめて化粧だけは落とさなければ。
後は明日の自分に任せよう。シャワーだって起きてから浴びればいいのだ。
ベッドの上を這いずって、側にある小さなテーブルから布巾を掴み取る。クタクタになるのを見越して事前に用意していた自分を称賛したい気持ちでいっぱいになる。
「はぁ・・・」
顔を拭いてスッキリしたら、少しだけ落ち着いた。
この季節になると夜の帳が下りる時間なんてあってないようなもの。どこも分厚いカーテンを閉めて暗闇の中で眠る。
仰向けになって薄暗い天井を見上げていると、怒涛のごとく今日の出来事が思い浮かんでは消えていく。
「あぁ・・・」
落胆なのか怒りなのか自分でもわからない感情が綯い交ぜになったため息が漏れる。
愚痴どころか言葉にすらならないで消えていく。
良いことも楽しいこともあったはずなのに、頭の中に残っているのは真反対のことばかり。
最近、時折思うようになってきた。なんでこんなに頑張っているのだろう。それが、わからなくなってくる。
倦怠感と眠気に誘われ、沈む意識の中で心配事がよぎる。
そういえば、あのコは大丈夫だろうか。
ここのところ忙しすぎて全然様子を見に行けていない。
前に見たときはどうだったか―――。
記憶を遡る前にモニカは深い眠りに落ちていった。




