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魔女が哭く、賢者はスープを飲む  作者: リンゴとタルト
第2章 太陽の咲く祭り

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12.いと気高き紅薔薇2

( ・▽・)⊃ ススッ

「あー。はいはい。わかってたよ、こうなるのは」


 アルマスは気怠げな声を出す。

 たった今、大柄な青年二人がかりで店内から放り出されたところだった。


「ご来店ありがとうございました!」


「またなっ、先生!」


 にかっと無駄に爽やかな笑顔を向けてくるのが逆に鬱陶しい。

 力付くで追い出しておいて、その台詞はどうなんだと思わなくもない。

 ため息代わりに出そうになる文句を飲み込む。そんなことを言ったって無駄なのは既に骨身に染みている。


「いってぇ。少しは加減しろよな」


 パン焼き職人達(こいつら)はモニカのことになるといつも過保護になりがちだ。それも過剰なほどに。

 アルマスは打ち付けた腰を摩りつつ立ち上がると、出てきたばかりの太陽の恵み亭を振り返った。


 2人のパン焼き職人の青年達は未だに店の入り口を塞いでいる。絶対にアルマスを店内に入れまいとする気概を感じた。

 パンを買いに来た一般客は、邪魔でしかない青年達を慣れたように押しのけて入店している。普段の異様さがわかるというものだ。


 一応、アルマスだってパンを買うためなら普通に入れてもらえる。しかし、モニカ目当てとなると話は別で、先ほどみたいな扱いに急変する。


 無駄に周囲の視線を集めることになったアルマスはさっさとその場から立ち去ろうとする。逃げ帰るのではない。既に目的は果たしているからだ。


「今日は終わるのが早かったのか」


 アルマスの探し人はリーリヤだった。

 花の乙女であるモニカのもとでお茶会の相手役をしているはずのリーリヤは、もう既に太陽の恵み亭にはいなかった。


 モニカとは会わせてもらえなかったので、いつリーリヤが太陽の恵み亭を出たのかまでは知りようもない。ただ、元々予定していた滞在時間を考えれば、そう遠くには行っていないはずだった。


「もしかしてすれ違ったか?」


 アルマスはアーリコクッカ広場を見回す。ただでさえ広いのに、お祭り前でごちゃごちゃと人や物が増えている。この中から人を見つけ出すのは骨が折れそうだ。


 一応、リーリヤの容姿は目立つ方だ。顔立ちが整っているのはもちろんのこと、生来の亜麻色の髪と宵闇色の瞳に加え、イレネの手によっておめかしされたリーリヤは人目を引くに十分だ。綺麗でもあり、可愛らしくもあり、この絶妙な加減はイレネの手腕だろう。リーリヤがそれを自覚していないように見えるのは、良いことなのか悪いことなのか。


 そんなことを考えながらもアルマスはリーリヤが居そうな場所を探していく。

 広場の中央に鎮座する豪華に飾られた船の周りにはいない。

 惰眠に最適そうな風通りの良い木陰のベンチに寝転がってもいなかった。

 もしくは食欲を促す香りに誘われて屋台で立ち食いをしていたりと疑うも、あの人見知りのリーリヤに一人で買い物をする勇気なんてあるはずがなかった。

 結局、広場のどこにもリーリヤは見つからなかった。


「となると、ステーン家に戻ったか?いや、それとも教会か?」


 家に直帰して部屋でだらだらしているリーリヤの様子は容易に思い浮かぶ。だが、ヘレナに誘われて―――連行されて、とも言う―――嫌々教会でのお手伝いもあり得る。逆に言うとリーリヤの行動範囲はそれくらいのはずだった。

 ステーン家と教会のどちらに向かうか考えを巡らすアルマスの背後から声がかかる。


「お〜い!アルマス君〜!」


「マイラさん」


 そこにいたのは茶色の髪のボブカットをした女性だった。アルマスもよく見知った彼女は、エドヴァルドの工房で働いている錬金術師のマイラだ。ふらふらとした歩みに合わせて髪がさらりと揺れている。


「見たよ〜。アルマス君ってば、相変わらず手荒い歓迎を受けてたねぇ」


「ああ、さっきのアレですか。まぁ、慣れたもんですよ。もう彼等なりの友情表現だとすら思ってます」


「うははっ。そう聞くと何だか良いものに聞こえるから不思議だよね」


 マイラは小気味良く笑っている。


「それにしても、また大量に買い込みましたね」


 アルマスの視線がマイラの胸元に向かう。

 マイラはいつぞやのように大量のパンが入った袋を抱えている。太陽の恵み亭で買い込んだと思われるが、量が尋常じゃない。背負ったリュックに詰め込まれた分も考えると数十人分くらいありそうだ。


「ああ、これ?これは工房の皆の夕食分。頑張って貰ってるから、これくらいは用意しないとね」


 そう言うマイラの顔は少しやつれている。声にも張りがなく、くたびれているのがありありと見て取れる。祭りの準備関係で山場でも迎えてそうだとなんとなしに考えたアルマスはあることを思い出す。


「ひょっとしてチール区の?」


 その瞬間、マイラの目がカッと見開く。


「そう!聞いてよ、アルマス君!もうねっ、もうねっ!?酷いんだよ、あいつら!!」


 あまりの変わりようにアルマスは一歩引いてしまった。


「あいつら?すみませんけど、詳しくは知らないんですよ。エドのおやっさんがボヤいているのを聞いたくらいなんで。そんなにヤバい案件なんですか?」


「大変なんてもんじゃないよ!もー!皆、寝る暇も惜しんでやってるよ!」


 マイラは大声を上げてから急に我に返ったように静かになる。そして、キョロキョロと辺りを気にしてからアルマスの耳に口を寄せてきた。


「あのね、ここだけの話だよ」


 そうしてマイラはチール区で起きた騒ぎの一端を語った。

 事が起きたのは数日前、チール区に設置されている街灯の1つが壊れているのが発見された。当初は偶々その街灯の調子が悪くなったくらいに認識されていた。 

 しかし、街灯の不調の報告は1件や2件に留まらなかったのだ。あまりにも連鎖的に報告があがってきて役所の人間も泡を吹いたそうだ。


 被害は想定よりもずっと大きかった。チール区のほぼ全ての街灯が同じ状態だと判明したのだ。

 日が出ている時間が極端に長い夏には恩恵こそ少ないが、僅かな夜闇さえ眩く照らす街灯は文明の象徴とも言える。


 それがいっせいに動作不良となった。日の長い時期だからこそ発見が遅れたとも言えよう。

 原因は不明。何かの不吉な予兆ではないかと囁かれてるとか。

 だが、マイラは首を横に振った。


「言いたくないけど、単に不良品だったんだと思う。あの区の街灯を作ったのってヴェリのとこでしょ。最近、良い噂聞かないもん。代替わりしてから魔具もなんだか昔より質が悪いって。だから、きっと不具合の発見が重なっただけだよ。そんなことよりね―――」


 壊れた物は直さないといけない。それが夏場にあまり活躍の場がない街灯であったとしても。特に夏至祭には周辺都市のお偉いさんも集まってくる。端っことはいえ上街の一部をそのまま放置するわけにはいかなかった。


 だが、地区1つ分の街灯を丸々修繕となると上街で御用達の錬金術達では到底処理しきれる量ではなく、それで急遽、エドヴァルドの工房に依頼が来たのだ。


 アルマスは首を捻る。エドヴァルドの工房は主に金属錬成を取り扱っている。街灯に使われている魔具は結晶錬成によるものだ。簡単に言うと専門外のはずだった。しかも、上街の街灯は住宅街区で使われている物とは仕組みも素材も違うので、慣れた者でなければ錬成に苦労するのは目に見えている。


 その答えはマイラからもたらされる。そして、アルマスは納得とともに呆れた。名家に名を連ねる工房であれば、街の醜聞をおいそれと口外しないというあまりにも保守的な思惑だったからだ。

 既にこうしてアルマスの耳に入ってしまっている状況が、より浅はかさを増長させているように感じる。


「それなのに!やれもっと早く作れだの、やれそこは優美にだの!もーっ!うるさいったら!」


 マライの怒りが再燃する。

 その矛先は面倒な依頼を持ってきた役所に向いている様子だった。上街の総意は参事会にあり、参事会の取り決めた規則やルールを実行に移すのが役所だ。役所の連中も下された命令に従うしかないとはいえ、割を食う羽目になったマイラ達からしてみれば不満も吹き出るものだろう。


「アルマス君もさ、暇ならうちの手伝いしてってよぉ。ほんっとーに大変なんだよぉ!」


「残念。俺もやること山積み」


「だよねぇ~」


 アルマスが即答すれば、マイラはわかってましたと肩を落とす。あいにくアルマスも雑務に忙殺される中で抜け出してきている身だ。こうして話す時間も本当は惜しいのだ。


「ついでに思い出した!そういえばさ―――」


「ごめん。マイラさん。ちょっと急いでるんで。話はまた」


「えー!?ちょっとちょっと!?まだ私の話は終わってないよぉ。って、ああっ、行っちゃった~・・・」


 加えて言えばマイラの話はとても長い。このままでは延々と終わらないので、アルマスは無理矢理会話を断ち切ることにする。消化不良なマイラの声は聞かなかったことにしてアルマスは広場を出る。


「チール区か。エドのおやっさんも多分同じ評価をしたんだろうな」


 昨晩、エドヴァルドがアルマスにこの件の詳細を伝えなかった理由だ。マイラ同様に作成した錬金術師がやらかしたと判断したのだ。マイラが言っていた錬金術師はアルマスも知っている。血統とコネが自慢で、口だけは達者な奴だ。

 一点だけ気になるとすれば『上流階級』が絡んでいることだろう。


「勿体ない気もするけど。念の為使っておくか」


 アルマスはポケットから白い紐を取り出す。先日の迷子騒ぎで作った魔具『白い標』が一本だけ残っていた。

 手首に巻き付けた『白い標』はステーン家や教会のある住宅街区とは別の方向に反応する。その行先は小高い丘の上に見える上街だった。


 アルマスは嫌な予感が強くなるのを感じた。






『アルマス様に近寄らないで!この泥棒女!』


 ヘレニウス家に連れてこられる間、リーリヤはてっきりこんな台詞を叩きつけられるのだと心配していた。


 しかし、ティアと面会にしてみれば、想像とはまったく様子が違った。薔薇に囲まれた小部屋のような庭園でのお茶会に招かれ、リーリヤのためだけにたくさんのお菓子を用意までしてくれた。その上、リーリヤをいびるどころか逆に悩み事の相談に乗ってくれると言う。


 そこだけを見れば、リーリヤの早とちりのようにも思えてくる。ティアはアルマスのことを何とも思っておらず、リーリヤにだって嫉妬や嫌悪の感情を抱いていない。


 だが、それならばティアはなぜリーリヤだけをこの場に呼びつけたのか。この間、ちょっと顔を合わせただけのリーリヤに対する話なんてアルマス関連しか思い浮かばないのに。


 この感情の見えないお嬢様は何を企んでいるのだろうか。

 ティアの考えは気になる。

 けれども、ここでの問題はリーリヤの悩み事にある。


『アルマスが私のこと好きみたいで。他の女の子からの嫉妬を買って困ってるんです』


 これをティアに相談しなければならないのか。

 考えれば考えるほど言えるはずがない。

 リーリヤの勘違いだろうと勘違いでなかろうと煽りまくりにも程がある。場合によっては完全にヘレニウス家を敵に回すことになる。この街を統括する立場にあるヘレニウス家を、だ。そうなったらこの街で暮らすことさえ出来なくなるだろう。


 こういうとき、無難に誤魔化して話題を終わらせるのが賢いのだと思う。

 少しでも冷静で頭が回る人間なら、大抵はその結論に至る。

 勿論、リーリヤだってそうだ。自分は聡明で落ち着きのある大人の女性だと自負している。


『はい。そう思っていた時期もありました』


 リーリヤは心の中で情けなく自嘲する。

 つまるところ、リーリヤはそれはもう素直に白状した。

 自分のおバカっぷりに軽く絶望をする。


 一つ言わせてもらうなら、リーリヤを見据えるあの鳶色の瞳から逃れる術など初めからなかったのだ。それに誰でもいいから相談して楽になりたかった面があったのも本当だ。


 下手な言い訳をこねくり回すことで現実逃避をしていたリーリヤは恐る恐るティアの様子を伺う。

 軽蔑の目で見られてもおかしくない。そう思っていたリーリヤの想像よりもティアの反応はずいぶんと淡白だった。


「ふぅん?それで?何か問題がありまして?」


「へ?」


 怒るでも呆れるでもなく、ティアは本当に大したことがないという口ぶりだった。むしろ逆にリーリヤの方が困惑してしまうほどだ。


「そもそもその話は誰から言われたのでしょう」


「え、モ、モニカちゃんですけど。あっ、モニカちゃんというのは―――」


「存じておりますわ」


「あっ、はい」


 ティアは意味深に閉じた扇を口元に当てた。


「そう。あの方がそんなことを」


 リーリヤにはティアがほんの少しだけ笑っているように見えた。微笑とも、嘲笑とも、どっちでもなく、どっちでもあるような笑みだ。リーリヤがティアの真意を察する前にその唇が開かれる。


「大事なことはきちんと見定めるべきですわね」


「は、はぁ・・?」


 ティアが何を伝えたいのか、リーリヤにはいまいちわからなかった。

 ティアはちらりとリーリヤに視線を寄越す。そして、暫くカップの中のハーブティーを見つめてから、おもむろに口を開いた。


「とはいえ、『特別』にはそれ故の責任が伴うのも事実。特別な才能を持つことも、誰かの特別であることも結局は同じですわ。薄っぺらい賞賛の裏には妬みと嫉みが隠れているもの。見方によっては代償とも言えるかもしれませんわね」


「うっ。じゃあ、やっぱり・・・」


 いろんな人から嫌われているんだと落ち込むリーリヤ。心の中で『おのれ、アルマス』と悪くもないアルマスに八つ当たりする。


「最も簡単な方法の1つは原因を断つこと」


「原因を・・・?」


「ええ。つまり、これからはアルマス様と関わらない、ということになりますわね」


「それはヤダ!」


 咄嗟に出た大声にリーリヤ自身驚いてしまった。

 なぜこんなに強く否定したのだろう。

 ティアが言ったのはあくまで例え話だと頭ではわかっている。単純な理論として解決するだけならティアの言うとおりだ。


 アルマスがいないと生活出来ないから?そんなはずはない。リーリヤはステーン家で暮らしている。一人で生きていける、とまでは言い切れなくともイレネやトビアスの助けを借りて何とか日々やっていけている。

 ならば、なぜ?


 目の前が暗くなるのを感じるほどの大きな疑問にリーリヤは心を揺さぶられる。その闇をティアの透明な声色が切り裂いた。


「では、貴女自身が上手くやるしかないでしょう」


「う、上手く?」


「例えば、そうですわね。アルマス様と一緒にいるときには親密な態度を控えたり、貴女に敵意を向けてくる方の前では刺激しないように関連する話題を避けたり。それだけでも大分相手からの印象は和らぐのではなくて?」


 リーリヤは難しい顔をする。

 そんな器用な生き方ができれば苦労はしない。

 リーリヤからしてみれば、もともとそういう行動をとった覚えだってないのだ。注意する以前の問題である。


 内心がそのまま表情に出てしまっているリーリヤに対し、ティアは落ち着き払った様子でメイドにハーブティーのお代わりを所望している。


「いずれにせよ、貴女自身がどうしたいのか、どうありたいのか。優先順位をつけることをお勧めいたしますわ。そうすれば、自ずと進むべき道も見えてくるというもの」


「進むべき、道・・・」


「ええ。そのためにも、今一度自らを見つめ直すこともよろしいかと」


 ティアはメイドから差し出された湯気の立つハーブティーから顔を上げる。


「とはいえ、それにも多少の時間は要するでしょう。そうですわね。心の整理をつけるまでの少しの間なら、問題から目を逸らしても咎められはしませんわ。気を紛らわすために道楽に興じてみたり、逆にやるべきことに意識を向けたり。ひたすら目の前のことに集中するのも悪くないですわね」


「そう、なんでしょうか」


 ティアの言っていることは難しいが、リーリヤにもなんとなく言っていることはわかった。悩んでもいいのだとリーリヤには伝わってきた。

 今のリーリヤは自分がどうするべきかはわからない。けれども、そう思ったら、なんとなく気が晴れた気がした。


「あ、ありがとう、ございました」


「礼には及びませんわ。相談事を受けるのも我々(上流階級)の責務ですから。・・・・・・嫉妬からは中々どうして逃れられないものですわ。拒絶するよりも、より良い付き合い方を模索するのも必要なことだとわたくしは考えております」


 リーリヤは頷く。

 ティア自身も名家のお嬢様として日頃から苦労しているのかもしれない。その共通点を見つけて、リーリヤは勝手に共感をしてしまう。


 ああ、リーリヤは勘違いをしていたのだ。

 ティアは良い人だ。感情を読み取り辛いなんて曖昧な理由を引きずって一人で疑い深くなっていた。

 反省をするリーリヤを知ってか知らずか、ティアは改めて扇子を開いて見せた。


「さて。それではそろそろ本題に入らせていただきましょうか。リーリヤ・メッツァさん。貴女にお伺いしたいことがありますの」

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