9.花と教会
「あの人って本当にお姫様なの?」
モニカ・レイポネンは本当の本当にお姫様だったりするのではないか。それはリーリヤに芽生えた小さな疑問だった。世間知らずだと自覚のあるリーリヤだってそんなのあり得ないとは思っている。それでも、大勢の人達に慕われるモニカの姿を見た後だともしかしたらという考えを拭いきれなかった。
「そんなわけないでしょう。何をおかしなことを言ってるんですか、リーリヤさんは」
そんなリーリヤの疑問はすげなく切り捨てられた。
質問された側のヘレナはにべもなかったのだ。ついでとばかりにアホの子を見る目を向けられたのはリーリヤの記憶に新しい。
『太陽の恵み亭』での仕事が終わった後、アルマスの代わりにヘレナが広場まで迎えに来た際の出来事である。
「まったく。いつまでおへそを曲げてるんですか」
近くで作業をしていたヘレナが手を止めて呆れた声を出す。
リーリヤの手の中でぽきりと花の茎があらぬ方向に曲がる。つい力が入りすぎてしまったのだが、リーリヤは素知らぬふりをしてヘレナに言葉を返す。
「もう気にしてないってさっきから言ってるでしょ。・・・・・・それに『姫』って呼んでたんだから、実は亡国のお姫様とか考えちゃうじゃない」
「いや、そんなの考えませんよ。どんだけリーリヤさんの感覚はズレているんですか。普通はただの愛称だと思いますよ。もう、変なことばかり言って。手の掛かる妹で姉は困ってしまいます」
「変なことって何よ。そんなにおかしなこと言ってないわよ。あと、妹呼び、やめなさいってば」
「嫌です。どう考えてもわたしの方がお姉さんじゃないですか。迷子になりかねない誰かさんのお迎えをしてあげたり、こうしてお花の編み方を教えてあげたり」
「ぐぬぅ・・・」
そう言われてしまうと言い返せないリーリヤは口を閉じると逃げるように手元に視線を下げる。
手に持った花の折れた茎をなんとか伸ばして、花でリースを編む作業に戻ることにした。
リーリヤはヘレナ達に誘われて教会でお祭りの準備の手伝いをしていた。昼半ばには『太陽の恵み亭』から解放されたので、その足で教会まで来たのだ。念のため言っておくと、リーリヤが何か不手際を起こしたわけではない。元々お昼の1回目の鐘が鳴る頃には帰っていいと言われていただけだ。
教会に来るのが初めてだったリーリヤの感想は『意外と騒々しい』だった。リーリヤ達の住むリンゴーン区と呼ばれる住宅街にある教会は家々に埋もれる程度の小さなものだった。リーリヤも指摘されなければ気付かずに通り過ぎてしまうほどだ。そんな狭い教会の中に少なくない人数の人間がひしめいている。
魔女を悪と断じる教会に踏み込むことへの躊躇はあった。なにせ、出鱈目な御伽話や昔話で魔女を貶める教会に良い感情を持っているはずがない。しかし、教会に行きたくないとぽろりと零したリーリヤに対する周囲の反応にこれは拙いと感じたのだ。咄嗟に冗談だと言い繕ったが、イレネを含めたステーン家の人達の信じられないものを見るあの顔を思い出すと身体に寒気が走る。そんなわけでヘレナ達に言われるがままに教会に来ることになったのだ。
一応、教会の扉を潜った瞬間に『魔女がいるぞ!』と糾弾されないかと心配はあった。もちろんそんなことはなく、こうして同じように教会に訪れた住民達に混ざって手伝いをしているわけだが。
どうやら近隣の子ども達が集まってお祭りの準備を行うことが通例なようであちらこちらで子どもの甲高い声が響いている。男の子達は力仕事に駆り出されているようで、教会の礼拝堂には若い女の子達ばかりがいる。子どもと言っても下はヘレナよりもちょっと年下くらいで、上はリーリヤと同じ年頃に見えた。
お祭りの時期に教会の内外を草花で飾り立てるそうで、大量に用意された花を地道に編んでリースや花束を作っている。リーリヤも例に漏れずに花々と格闘しているのだった。上手く出来ているとはちょっと言えないのは目を瞑りたいところだ。歪な花のリースを前にリーリヤはなんとも言えない顔をする。ギリギリ輪っかに見えなくもないだろうか。
ヘレナにも言い負け、不器用さをこれでもかと露呈している惨めなリーリヤを擁護する優しい声が上がる。
「でも、リーリヤさんが間違えちゃうのもわかります。だって、モニカ姫ってすごい人気ですから。確か上街以外の人が『太陽の巫女』に選ばれたのって随分久しぶりなんですよね」
大きな翠色の瞳を瞬かせているのはセルマだ。手慣れた様子で花々を繋ぎ合わせて綺麗に輪っかを作っている。
「ええ。十年振りくらいとか」
「『太陽の巫女』?」
「お祭りの主役に選ばれた花の乙女の呼び方ですよ。と言っても1人じゃありませんが。ええっと、4人でしたっけ?」
「ううん。今年から5人になったよ」
セルマがヘレナの言った数を訂正する。
何でも昨年まで4人体制だった主役の数が今年から5人に変更されたらしい。なんでかと聞いてみるとその答えは如何にも単純だった。
「とにかく大変なんです。ね?ヘレナちゃん」
「去年は一層過酷だったと聞きました。倒れちゃう人が何人も出て。最後は残ったたった1人の巫女が儀式を執り行っていましたね。あの方の名前は―――」
「ヘレニウス家のティア様!」
「・・・はい。その名家のご令嬢でした」
あのとんでもなく綺麗で、それなのにどこか不気味でちょっぴり怖いお嬢様はそんなに凄い花の乙女だったのか。どんな儀式なのかは知らずとも、本来4人でやるべきことをたった1人でこなしてみせたと聞くだけでその実力の高さが伝わってくる。
ヘレニウス家のお嬢様の名前が出たときにヘレナの青い瞳が陰ったことが気になったが、セルマに話しかけられてリーリヤの意識はそっちに向く。
「でもでも!モニカ姫もすごいんですよ。今回、巫女の枠が増えたのってモニカ姫のためだったそうですからっ」
「へぇ。そうなのね」
モニカのために特別に枠が設けられた。
そういう話を聞くと、ただ単に大変だから人を増やすという意味合いだけではないように思えた。だからといってどういう意味があるのかなんてリーリヤには想像も付かない。小説とか物語でよくありがちな権力闘争だったり、と考えてみても誰がどんな権力を奪い合うのかわからないので速攻でリーリヤの思考は行き詰まった。
うんうんと無駄に悩むリーリヤにセルマの瞳が釘付けになっていて、ついリーリヤはたじろいだ。
「あの、それで、ですね。出来れば、リーリヤさんのお仕事体験が聞きたいです。あのモニカ姫が直々にリーリヤさんを指名したんですよね?」
「いや、指名って。違うわよ、いつものごとくアルマスが持ってきた依頼ってだけだし。それに仕事って言われても、特に何もしなかったわよ」
これは謙遜でも何でもない。
モニカに宣言されたとおり、リーリヤは今日何一つ仕事らしきことはやらなかった。案内された『太陽の恵み亭』の2階のテラスでパンやらお肉やらの美味しい昼食を食べて、食後のハーブティーを飲んでいただけだ。そのまままったりと昼下がりを過ごし、しばらく経ったらまたお茶を飲んだり、お菓子を摘まんだりと至れり尽くせりだった。これが仕事だと本気で言われたのでリーリヤとしてはかなりご満悦だ。この世にこんな素晴らしい仕事があるのかと感動したくらいだった。
明日は午前のお茶会から来て欲しいと言われたので、どうやら午前のお茶会、昼食会、午後のお茶会の3つに参加するのがリーリヤの役目のようだった。
相手もモニカしかいないし、なんならモニカとも碌に話をしなかった。当のモニカもしょっちゅう席を立っては接客やらお喋りやらで動き回っていて、依頼主を差し置いて優雅に一人で寛いでいる時間も結構あった。
そんなことを伝えるとセルマは嬉しそうに頷いている。リーリヤにはただの楽すぎるお仕事としか思えなかったが、セルマは別の真意を読み取ったらしい。
「きっとそれは花の乙女の修練ですねっ。そうに違いありませんっ」
「え?あれが修行なの?」
「花の乙女と言えばお茶会。それくらい定番ではありますよね」
リーリヤの話を興味なさそうにして花を編むことに集中していたヘレナがしれっと会話に混ざってくる。
「でも変ですね。わたしの知っている花の乙女のお茶会はもっと厳粛だった気がします」
「多分、それは流派の違いだと思うよ」
「流派?そんなのあるの?お茶会に?」
「わたしも詳しい話までは知らないんですけど――――――」
セルマによると花の乙女の修練方法は幾つか別れているとのことだ。どれも大体『お茶会』が共通するのは同じで、例えば主流なところで言うと、お茶やお菓子の味や香りを味わったり、草花の観賞を通して感性を磨くそうだ。所謂ちょっと真剣にお茶会に取り組むイメージだろうか。
モニカの流派はじっくりと1つ1つの感覚を深めるというより、些細な物事に広く関心を持つことで―――ちょうどモニカがお喋りや飲み食いに接客と忙しなく駆け回っていたように―――多彩な感情や複雑な心の機微に触れて感性を養う方式だそうだ。
高尚な精霊という存在と交感するためにはこういった努力が日々必要なのだとセルマは力説している。
「十分詳しいじゃない」
「はい。さすがセルマさんです」
「そうですか?えへへっ」
セルマは花の乙女のことになるととても熱が入るようで、少し恥ずかしげにしながらもリーリヤ達の賞賛を受け取っていた。
「でも、なんで私を呼ぶ必要があるのかしらね。今の話を聞くと私いなくてもいいような」
「う~ん。時期を考えるとお祭りでのお役目前の調整って気がしますが・・・・・・」
「感性を磨くのが目的なんですよね。そうすると同年代の意見を聞きたいからとか考えられますよ。ちょうどリーリヤさんとモニカさんは同じくらいの年だったと思います」
「まぁ、そうね。そうなんだけど・・・・・・。あんな人気者なんだから私じゃなくても全然良いと思うのよね。あんなので仕事になるんだから文句はないわよ?でも、どうにも不思議なのよね」
結局、三人で考えてもしっくりくる解釈は思い浮かばなかった。
そのまま話が途切れて、リーリヤ達は黙々と花を編み続けることになった。
「あら?」
横に置いてあった切り花の山から次の花を取ろうとしたリーリヤの手が宙を泳ぐ。
「お花なくなっちゃいました?わたし、取りに行ってきますね」
その様子に気付いたセルマが追加の花束を取りに立ち上がろうとするのをリーリヤが制止する。
「いいわよ。それくらい自分で行くわ」
頷いたセルマ達から離れてリーリヤはさして広くもない教会を進む。
整然と並ぶ長椅子の合間を塗って出入り口の方に向かう。そこには幾つかの樽に入れられた大量の花々が用意されており、当番の少女がある程度の束に分けて配っていた。その少女の年格好はリーリヤとさして変わらないくらいだった。
「え?」
しかし、少女はリーリヤが近付いても花束を渡してくれなかった。こんな近くにいるのにまるでリーリヤが見えていないかのように振る舞っている。本当に気付いていないわけがない。理由は不明だが、あえてリーリヤを無視しているように思えた。
少女はリーリヤ以外の花を受け取りに来る少女達に対してはにこやかに話しながら花の束を手渡している。きっとわざとだろうが、リーリヤが声をかけようとするときだけ絶妙にタイミングを外してくる。
どうしたものかとリーリヤが悩んでいると、ふと視線を感じた。リーリヤが振り向いた場所には黒い服を着た中年の女性がいた。にこりと女性に微笑まれ、リーリヤは咄嗟に視線を逸らす。
そんなことをしているうちに花束を配っていた少女がしびれを切らすようにリーリヤに言い放った。
「そんなとこに立っていられても邪魔なんですけどぉ。さっさとそこらの花でも持っていったらぁ?」
「なっ・・・!?」
なんでリーリヤがそんなことを言われないといけないのか。
刺々しい言葉にリーリヤも堪らず言い返そうとしたが、折り悪く10歳くらいの女の子達が数人やってきてしまった。リーリヤと少女の険悪な雰囲気を感じ取ったのか、おどおどとした泣きそうな表情でこっちを見てくる。ここで言い合いをしようものなら、無関係な女の子達も巻き込んで大騒ぎになりそうだった。リーリヤは悔しさに歯がみすることしかできなかった。
せめてもの腹いせとしてリーリヤは花がたくさん入れられている樽ごと持って行ってやろうかと思ったが、花と共に水も入っている樽はリーリヤには重すぎた。仕方なく手に持てるだけの花を引っ掴んですごすごとセルマ達のもとへと戻っていった。
「どうしたんですか?」
リーリヤのしょげた様子にヘレナが訊ねてくる。
今さっき受けた理不尽な仕打ちを伝えると意外なことにヘレナが立ち上がった。
「ちょっと注意してきます」
「へ?」
リーリヤは一瞬惚けた。
ただ話を聞いてもらいたかっただけなのに予想外のヘレナの行動に苛立ちが一気に消し飛んでしまう。
「あれはクルハべロ通りの粉屋のアウニさんですね。こういう嫌がらせは良くないときっちり伝えてきます」
「ち、ちょっと。お願いだからやめてってば」
リーリヤが受けた意地悪にヘレナが抗議する。妹のために姉が立ち上がるようなその構図そのものがリーリヤは嫌だった。いくらなんでも情けなさ過ぎる。
「ヘレナちゃん、落ち着いて。ね?忙しくて気が立ってただけかもしれないし」
セルマの取りなしを経てヘレナはようやっと床に座り直した。それでもヘレナはまだ怒っていた。リーリヤとしては不思議な気分だ。自分が嫌な目にあったわけでもないのに、どうしてこんなにもヘレナは怒っているのだろう。
しかし、それを聞くのはなんとなく違う気がしてリーリヤは口には出さなかった。
その代わりではないが話題を変えることも兼ねてリーリヤは気になっていたことを聞いてみることにした。
「お祭りってまだ何日か先でしょ?それなのにこんなに早くお花のリースを飾っちゃって枯れたりしないの?」
「その心配は大丈夫ですよ」
「ぴゃっ!?」
リーリヤの質問に答えたのはヘレナでもセルマでもなかった。教会の黒い服に身を包んだ中年のシスターが親しげに話しかけてきたのだ。さきほどやたらとリーリヤに視線を投げかけてきていた女性だった。
自然と身構えるリーリヤを気に留めることもなく、シスターは柔和な笑みを崩さずに説明を始める。
シスター曰く花の保存が出来る魔法薬があるとのこと。なんと1か月近くも生き生きとした状態が持つようだ。
「この時期は錬金術師の方達からたくさん寄付していただいているのです」
近隣住民の女の子達が作り上げたリースや花の飾りを壁や椅子といった家具にまでこれでもかと装飾して、その後に振りかけるそうだ。
「実は樽の中に入っている液体も同じ魔法薬なんですよ」
だから少なくともお祭りの間は花が枯れる心配をしなくていいらしい。
シスターはしゃがむとセルマの持っていた花の1つに触れた。
「このバターカップ。とても綺麗ですよね」
セルマは同意するように口元に笑みを浮かべる。
「はいっ。この優しい黄色が気に入りました」
その言葉どおりセルマの作った飾りのほとんどにバターカップと呼ばれた黄色い花が使われていた。
「なら、後で寄付をしてくれたお店をお調べしてお伝えいたしますね」
「いいんですか?ありがとうございます!出来れば『花冠』に入れたいと思ってたので」
シスターの提案にセルマがお礼を言う。
しかし、今のやりとりがよくわからなかったリーリヤは首を傾げた。
「花冠?リースじゃなくて?」
手に持った作りかけのリースを掲げてみせるとヘレナが首を横に振った。
「いえ、花冠です。飾り付けのためのものではなくて、お祭りでわたし達自身が使う用ですね。ちょうどお祭りの始まる前日に作ります」
「使うお花は何でも大丈夫ですよ。あっ、でも、お花の種類は7種類って決まっているのでここだけは注意ですっ」
「はい。後はこの花冠を夜寝るときに枕元に置いておくんですが・・・・・・。ここからは内緒にして置いた方が良さそうですね」
ヘレナは説明しようとして、はたとやめる。その横顔は珍しく悪戯っぽい表情をしていた。
気になったリーリヤがセルマの方を見てもセルマもにこにこと笑っているだけだ。これは大人しく当日を待つしかなさそうだった。
「お花は一緒に買いに行きましょうねっ」
セルマのお誘いにリーリヤは頷く。ヘレナも誘われていたので、お祭りの前日は3人で花冠を作るための花探しをすることになった。どうやら気に入った花を集めるまで、いろんな店を覗いて回って楽しむのが醍醐味らしい。
はしゃぐセルマとまんざらでもないヘレナに挟まれてリーリヤは苦笑を浮かべる。面倒だとは思っていても断るつもりはなかった。
「貴女方3人は仲が良いのですね。そういえばそちらの方。セルマさんやヘレナさんのことは私も知っていますが、貴女はあまりこちらではお見かけしたことがありませんね。ひょっとして最近こちらにいらした方ですか?良ければお名前を伺っても?」
「・・・・・・リーリヤ・メッツァ」
「リーリヤさんと言うのですね。私はこの教会でシスターをしています。そうですね、『スノードロップ』とお呼びください」
「は、はぁ?スノードロップ、さん?」
リーリヤは困惑する。なぜなら女性の名乗った『スノードロップ』とは花の名前のことだからだ。そんな変わった名前の人がいるのかと考えたリーリヤはそこで感づく。これは『モニカ姫』のときと同じだ。
「ああ。そういう愛称ってこと?」
「ええ、そうですよ。皆さん、私のことは『スノードロップ』と呼ぶもので本名よりもこちらの方が馴染み深いのです」
今度は合っていたぞ、とヘレナに向けて胸を張ったら、逆にヘレナから生暖かい目をされた。リーリヤは羞恥で頬を染める。こんな幼稚なことをしなければよかったと肩を縮めて視線を落とす。
そんなリーリヤにシスター・スノードロップが話しかけてきた。
「そういえば聞こえてしまったのですけど、リーリヤさんはあの『太陽の恵み亭』でお仕事をされているとか?」
改めて人の口から『仕事』と言われるとリーリヤは言葉に詰まる。ただ好き勝手に飲み食いしていただけのお茶会を『仕事』と言い切るのに抵抗があったのだ。
だが、リーリヤの沈黙を埋めるようにヘレナがその質問に答えていた。それもなぜか自慢するような口調だ。
「ええ。そうなんです。花の乙女のお手伝いに抜擢されたんです」
「リーリヤさん、凄いですよねっ。いいなぁ。わたしもお茶会に出たかったです」
「じゃあ、明日は一緒に行く?」
本気でセルマが残念がっていたのでリーリヤも冗談ではなく誘ってみた。リーリヤとしても一人よりも見知った人がいた方が気が楽になる。
「いいえ。やめときます。きっとご迷惑になっちゃいますし」
それだけにすんなりとセルマが引き下がったのには肩透かしを食らった気分だった。
セルマの表情にはほんの少しだけ悲しみが混ざっているように感じた。
「別に大したことないのに・・・・・・」
「それは違いますよ」
シスター・スノードロップがやんわりと否定する。
「『太陽の恵み亭』のモニカさんは素晴らしいお人柄の持ち主。あの献身と奉仕の姿勢は私も見倣うべきだと常々思っています。リーリヤさん。貴女はとても良い機会に恵まれたのですよ。大したことない、なんてことはないのです。貴女は彼女のすぐ側でその精神を学ぶことが出来るのですから。この幸運を与えたもうた女神様に感謝するべきです」
「は、はぁ・・・・・・?」
急に始まったシスターからの説教だか、説法だかにリーリヤは曖昧に頷いた。
とにかくモニカは凄い人だと言いたいのだろうか。その凄さの片鱗くらいはリーリヤもなんとなく理解している。ヘレナもセルマもその点に関して異論はなさそうだった。
だが、世の中にはそう思わない者もいるのだ。
「ふん。いい気なもんじゃん。あの女の本性を碌に知らないくせにさ」
刺々しい物言いで会話に割り込んできたのは一人の少女だった。リーリヤの眉が顰められる。それはヘレナがアウニと呼んでいたリーリヤに嫌がらせをしてきた少女だった。
「あたしはあんな奴なんて大っ嫌いだから!」
リーリヤ達の前でその少女はそう宣言するのだった。
薪が爆ぜ、湯は沸き立つ。硬い木の実の殻が砕かれ、鈍い音とともに実は磨り潰される。赤く熱せられた動物の角は重たい金槌によって甲高い音と共に薄く引き延ばされる。
アルマスの工房では様々な音が忙しなく鳴り響き、一瞬たりとも止まることがない。
そのたった一人の奏者たるアルマスは器具と素材で溢れて狭苦しくなった工房の中を作業しながら自在に行き交っている。
「よし、順調。このペースなら明日には協会からの発注分はすべて終わっちゃうかもね」
さすがにこれは言い過ぎだ。自分でもわかっている。
それでも、軽く調子に乗ってしまうくらいにはスムーズに作業が進んでいる。学術協会から指定された納品期限日の二日前くらいには余裕でノルマを達成することが出来るだろう。
『賢者の瞳』と呼ばれる錬金術の補助具である片眼鏡の奥でアルマスは上機嫌に目を細める。
そんな折りに工房の扉をノックする音が耳に届いた。
「うん、無視しよう」
迷う素振りもなくアルマスは来訪者の存在を切り捨てた。
現在は錬成作業の最中だ。余程のことでもない限りは手を止めることはしない。しかし、工房の外にいる来訪者は簡単には諦める様子はなさそうだった。何度も何度もしつこいくらいに工房の扉が叩かれる。
「なんだよ、もう。錬金術師の工房に飛び入りするのは非常識だぞ」
どこの工房でもそうだが中途半端に作業を止めることにはある種の危険性を伴う。それは素材に含まれる因子への影響であったりとか、場合によっては直接的な被害が出ることだって考え得る。そのため、扉には『準備中』の札がかけられているのだ。
だが、来訪者にとってはそんなことは関係ないらしい。今度はかなり強めに玄関扉が叩かれた。
「はいはいはい。わかったって。今、出るよ」
扉を開けると渋面の中年男性が立っていた。
錬金術師のエドヴァルドだ。アルマスも何かと世話になっている。
「親方?」
「おい。俺はお前の親方じゃないっていつも言ってんだろうが」
「いやぁ、つい癖で。でも、別に良くないですか?実際、親方の資格を持ってるわけだし」
「ダメに決まってんだろ」
譲る気配が微塵もないエドヴァルドにアルマスも引き下がる。この会話も飽きるほど繰り返している。それもアルマスがつい『親方』呼びをしてしまうせいなのだが、身に浸みてしまったものは中々直すのに苦労するのだ。
「作業中なんですけど。何?おやっさん、手伝ってくれるんですか?」
錬成中の作業中断がもたらすデメリットはエドヴァルドもよく知っているはず。それでも、半ば強引に工房に押し入ってきたには何か理由がある。金属錬成の大家とすら呼ばれる工房で親方を張るこの男が悪ふざけで邪魔をしてくるわけがない。
「するか馬鹿。そんな暇はねぇ。それにすぐに終わる」
エドヴァルドから投げ渡されたのは1つの指輪だった。一目で魔具とわかるそれは大きな亀裂が入っていて既に使い物にならない。無駄な装飾のない薄気味悪いほどの青さを宿す指輪にはアルマスも見覚えがあった。
「これは忠告だ」
エドヴァルドはアルマスにそう告げた。




