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魔女が哭く、賢者はスープを飲む  作者: リンゴとタルト
第2章 太陽の咲く祭り

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8.庶民のお姫様

 錬金術とは一般に時間がかかる作業である。

 多種多様な素材の選定、大小様々な器具の準備や整備、素材に含まれる因子の精練、そして最も技術と労力を要する魔具の錬成。素材一つ取っても適切に処理をすれば相応の時間が必要だ。


 無論、工程の簡略化は可能だ。錬金術への深い造詣があることが前提で、精緻な技巧や豊富な経験だって欠かせない。それに手順を上手く省略することが出来ても、消費する素材の量は通常よりも増加してしまうし、逆に錬成される物質は少なくなってしまうデメリットも抱えている。


 一定量のノルマがあるときは時間をかけてでも着実にレシピ通りに錬成する方が賢い選択と言える。それこそ期限日がすぐそこまで来ているのなら尚更である。

 急がば回れ、というわけだ。つまり、何が言いたいのかというとだ。


「悪いけど君らの相手をしてる暇はないんだよね」


 アーリコクッカ広場にある一つの店、昼時で活気溢れる店内でアルマスはいつもの笑みを貼り付けながらばっさりと言い捨てた。

 しかし、言われた側の男達はその程度の文句ではまるで堪えた様子がない。


「いえいえ。先生。そんな寂しいこと言わないでくださいよ」


「俺達が丁寧にもてなしますから。なあ?」


「ああ、もちろん。さぁ、先生。こちらで俺達と話しましょう」


 そんなことを言ってアルマスを囲んでいるのは屈強な男達だ。何人もの男達がまるで壁のようにアルマスの前に立ちはだかっている。半袖のシャツから覗く鍛えられた筋肉を誇示するようにひくつかせる姿は率直に言って暑苦しい。でかでかと向日葵柄が描かれたエプロンを着けているのがむしろ滑稽に見える。


「あのさ、いい加減通してくれない?他のお客さんにも邪魔でしょ?俺は少しだけ()()と話したいだけなんだって」


 周りの客を理由に男達を諫めようとしたアルマスだが、肝心の客達はまったく気にした様子もなく、本日の昼飯となるパンを物色している。この程度の荒事は日常の風景だとでも言うのか。その事実にアルマスの方が戦いてしまう。

 その上、アルマスの口から『彼女』という言葉が出た瞬間、男達から滲み出る凄みが増した。


「まあまあ、そう言わずに。俺達に付き合ってくださいな」


「パンが欲しいなら俺達が代わりに用意しますよ。何食べます?ルイスレイパなんてどうです?すぐに取ってくるんで是非丸かじりを!」


 ルイスレイパはライ麦パンの一種でとにかく固くて重いのが特徴だ。噛めば噛むほど深みのある美味しさを味わえる素晴らしいパンなのは否定しないが、それ単体でかぶり付くようなパンではない。この場で食べろというのは、しばらく黙っていろと言ってるのに等しかった。


 あらゆる手でアルマスの行く手を阻もうとしてくる彼らは『太陽の恵み亭』と呼ばれるパン屋で働くパン焼き職人達だった。


「だから、そうじゃないってのに。わかっててやっているよね、君達」


 面倒なことになったとアルマスは溜め息をつく。

 ヘレニウス家のお嬢様ことティアから大量の素材の提供があったおかげで、学術協会から課せられたノルマにやっと着手できるようになった。


 きちんとやれ、とティアから釘まで刺されてしまっている。特に昨日の件もあって内心穏やかでないだろうお嬢様を思えば、わざわざ機嫌を損ねることはしたくなかった。


 そういうわけで膨大な作業がアルマスを待っているのでさっさと用事を済ませてしまいたいのだ。彼らの邪魔さえなければ用事自体はすぐに終わることなので余計に腹立たしくもある。


 この膠着状態をどう崩すかとアルマスが悩んでいると一人の男性が近寄ってくる。その顔を見て、アルマスは更なる厄介事がやってきたと呻いた。


「やぁ。先生。お元気かな」


 爽やかな笑顔を浮かべる赤毛の青年は『太陽の恵み亭』の若き店主であるオスク・レイポネンだ。周囲の男達からは『旦那』と呼ばれていて、とても慕われていることが見て取れる。


「彼らが今すぐ道を空けてくれればそうだと言えるね」


 アルマスは遠回しに抗議をする。


「はっはっは。先生は面白いことを言う。ああ、そうだ。去年はどうもありがとう。お礼を言う機会を逃してしまってたんだ。良ければそのことについてあっちで話さないかな。ん?」


 オスクはアルマスの嫌味をさらりと流し、親しげに肩を組んでくる。そのことにアルマスは口をひん曲げる。なにせ、これが友好的な態度ではないのだと知っていたからだ。


「いや、あっちって店の外じゃん」


「違うとも。俺が言ったのは広場の外だ」


「より悪いよ」


 アルマスはたちの悪い酔っ払いに絡まれた気分になった。

 『太陽の恵み亭』の職人達は店主も含めて腕は良いし、普段は気の良い奴らばかりなのだが、とあることが絡むと途端に頭がおかしくなる。


 日々、ライ麦の固いパン生地を捏ねることで鍛えられた筋肉でアルマスをがっちり掴んで逃がすつもりのないオスクの脇からひょっこりとその()()()()()が顔を覗かせた。


「去年のって何?うちって先生に何かお世話になってたっけ?」


 顎に指を当てて可愛らしく首を傾げているのは美しい赤い髪を靡かせたモニカ・レイポネンだった。花の乙女を示す花柄のケープを纏い、今日も向日葵のカチューシャが似合っている。髪質こそ違えど特徴的な赤髪からもわかるとおり、オスクとモニカは兄妹であった。

 しかし、その在り方はそこらの仲の良い兄妹とはちょっとばかし変わっている。とりわけ兄から妹への呼び方は何も知らない者が聞けば違和感しかないだろう。


「モ、モニカ姫っ・・・!?」


 自らの妹を『姫』と呼ぶオスク。ただし、この場でそれに触れる者はいない。それこそこの店のパン焼き職人達はおろかアーリコクッカ広場周辺の区画一帯で使われている公認の愛称だからだ。


「い、いやいやいや。モニカ姫は知らないことだとも。俺が個人的に依頼したんだ。なぁ、野郎共!・・・・・・それはそれとして俺達は大事な話があるから店の奥に戻ってような?」


 モニカの出現にオスクは見るからに狼狽している。周りの男達も同様だ。

 敬愛する推し(モニカ)見目のいい若い男(アルマス)に近付いたこと、加えて聞かれたくない話を聞かれてしまったことの両方が理由だろう。


 散々邪魔立てされたアルマスからすればいい気味である。ついでに意趣返しの一つくらいしても許されるはずだ。


「ええ~。なにそれ。余計に気になるんですけど」


 隠し事をされたことに不満げなモニカにアルマスがにこやかに教えてあげる。


「ほら。あれだよ。黄色いスカーフ」


「あっ。ちょっ・・・」


「んんー?先生がお兄ちゃんにスカーフ?お洒落に興味なんてあったけ?それとも、なにかの魔具だったり?・・・・・・まさか、去年の『星の日』の『光る黄色い布(あれ)』のこと!?あれ、先生が作ったの!?あり得ない!モニカ、めっちゃ恥ずかったんですけど!」


 余程恥ずかしい思いをしたのかモニカは去年の冬にあった出来事を思い出して頬を赤く染めている。


「俺のせいじゃないよ。俺は依頼主に頼まれたとおりの仕事を果たしただけさ」


 そう言ってアルマスは依頼主であったオスクの肩を軽く叩いてやる。

 アルマスに文句を言おうとしたオスクはモニカに睨み付けられて黙ってしまう。だが、どうやら萎縮をしているわけではなさそうだ。怒っていてもなお可愛らしい(モニカ)の姿にオスクはデレデレになっている。相変わらずの溺愛ぶりだ。それもオスクに限った話ではないか。周囲を固める男達も揃ってモニカに熱を上げている。


 そんな風に頬を緩めていたオスクは次の一言で撃沈することになる。


「最っっっっ低!お兄ちゃんなんて大嫌い!」


「あっ、がっ、ごっ・・・!?」


 言葉で殴られたかのように揺らいだオスクは力なく膝をつく。俯き黙り込んでしまったオスクの肩がわなわなと震えているのを見て、アルマスは面倒くさそうに耳を塞いだ。


「せんせぇーっ!!」


 突然の大声に店内にいた客達がびくりと大きく飛び跳ねた。


「なんて卑怯な手を使うんだ!野郎ども!先生はお帰りだ!丁重にお連れしろ!」


 ちょっとした仕返しのつもりがやり過ぎてしまったらしい。オスクは冗談ではなく、本気でキレていた。

 しかし、オスクの怒り様に相反するようにパン焼き職人達は消極的だった。


「えー。それはちょっと」


「先生に失礼なことをするのはどうかと。結構、世話になってるわけですし」


「嫌われたのは旦那だけだしなぁ。俺ら関係ないし」


 とばっちりを受けたくない男達はオスクの肩を持ちたくないみたいだった。だが、それもモニカにとっては今更であったようだ。


「皆だって騒いでたじゃん。同罪だってば」


「姫様!?」


「せ、せんせぇー!汚いぞ!」


「なんてことをしてくれたんだ、せんせぇ!」


 途端に崩れ落ちて頭を抱えながら叫び始める男達にアルマスはドン引きだった。


「なんなのこいつら。君のところのパン、やばい薬でも入ってんじゃないの?」


「失礼なこと言わないでください!この人達がアレなだけです!」


 モニカがアルマスをぽかりと殴る振りをする。あざとくも可愛らしい姿はモニカの人気の秘訣だろう。その際、当然ながらモニカの手がアルマスの身体に軽く触れる。


 そして、その程度のことに大袈裟に騒ぎ立てるのが自称『親衛隊』なる『太陽の恵み亭』所属のパン焼き職人達なのは有名な話だった。


「せんせぇー!なんてことを!お触り厳禁なんですよ!」


「出禁だ!出禁!」


 再びわめき出すむさ苦しい男達にオスクが鋭く命令する。


「お前ら!先生を外にご案内しろ!」


「「「おう!」」」


「あー、はいはい。わかったからもういいよ」


 抵抗する気もなくなったアルマスは男達に背中を押されるがままこの場を離れる。どうせ店から離れれば解放される。アルマスは思い出したように首だけでモニカを振り返った。


「モニカちゃん、リーリヤをよろしく頼むよ」






「何やってるのよ、アルマスの奴(あいつ)


 男達に引っ張られて広場を去って行くアルマスの姿をリーリヤは呆れながら見下ろしていた。


 リーリヤがいるのは『太陽の恵み亭』の2階に設けられたテラス席だ。ここからは広場を一望することができた。アルマスの知り合い―――確かクスターという名の男の人だ―――が用意したという広場に鎮座する大きな船も全体像がよく見て取れる。


 しかし、せっかく見晴らしの良い場所なのにリーリヤ以外の姿は誰もいない。広々とした空間にぽつんと1つのテーブルが置かれているだけだ。用意された2脚の椅子のうち片方に座るリーリヤの正面の椅子は未だ空席のままだった。


「もう。後で来るって言ってたのに」


 この店に着くとリーリヤは早々にアルマスと引き離されることになった。店内に入ってすぐにアルマスは怖そうな男達に足止めをされてしまい、混乱するリーリヤだけが丁重にこの席まで案内されたのだ。

 アルマスは慣れた様子で先に行くようにと手で示していたが、どこかに連れて行かれたところを見るにこの場には来ないようだった。


 言葉とは裏腹にリーリヤはそのことに安堵していた。

 なんだかアルマスとは顔を合わせづらかったのだ。

 思い返すのは昨日のこと。リーリヤは『精霊の小路』に迷い込んでしまったのだとアルマスから聞かされた。リーリヤ自身もそうじゃないかとは思っていた。それほどにあの世界はどこか現実離れしていた。


 結局、あの場所について詳しいことは聞いていない。本当は聞きたいことが山ほどある。子どもだけが迷い込むはずなのになぜリーリヤが巻き込まれたのかとか。リーリヤと一緒にいた女の子は無事なのかとか。記憶を振り返るだけでもどんどん疑問は出てくる。それになにより、あの壊れかけた館にいたおぞましい何かの正体。


「あれはなんだったのかしら。あの悪意の質は多分・・・・・・。でも、そんなはずないだろうし・・・・・・」


 リーリヤは脳裏に浮かんだ可能性をかき消すように頭を横に振る。それだけはあり得ない。あってはならないのだ。


 とにかく、あれがなんであったとしても放置するのは危険に思えた。眼下に広がるこの穏やかで平和な光景の裏側にあんなのがいる。そう考えるだけで日常が崩れ去る気がしてくる。


「きっとアルマスなら何か知ってるわよね。だけど・・・・・・」


 しかし、その話をするためにはリーリヤが『魔女の歌』を使ったことにも触れなければならない。


 セルマの心に傷を残す惨事を引き起こしたのはつい最近だ。そのとき、魔女の力には縋らないと決めた。この街の人達と同じようにただの人として生きていくと。


 それなのに容易く意思を曲げてしまった。事情はあった。女の子を助けるためには魔女の歌を使うしかないと思ったのだ。それ以外には何も思いつかなかった。今でもあれが正解だったのかはわからない。けれども、あれだけ変わろうと思ったのにこんなにも軽々しく同じことを繰り返す自分が情けなくて不甲斐なくてアルマスの顔をまともに見れなかった。


 幸か不幸か、今朝からのアルマスはかなり忙しそうにしていて落ち着いて話をするどころではなかった。昨日の騒動がいろいろと予定に響いたそうだ。昨日だってリーリヤが無事だと確認したらさっさとステーン家に送り届けて、自分は後始末があるからとどこかに行ってしまったくらいだ。


 そういえばとリーリヤは思い出す。『精霊の小路』から助け出された時に見た、向日葵が印象的な赤毛の少女。精霊を意のままに操っていたことから花の乙女だとはわかる。ひょっとしたら彼女であれば詳しいことを知っているかもしれない。


 そうやって頭の中に思い描いていた少女の姿と突然リーリヤの視界に入り込んできた人物の姿が重なり、リーリヤは思わず目を瞬かせた。いつの間にやらこんなにも近寄って来ていたことにリーリヤは気付いていなかった。


「ふ〜ん。やっぱりあなただったんですね。最近アルマス先生が連れ回してるって噂の女の子は」


 枝毛1つない綺麗な赤毛の少女はまさしく記憶のとおりだった。少女はずいっと顔をリーリヤに近づけてまじまじと観察してくる。


「ふむふむ。素材は悪くないけど、全体的に垢抜けてない感じ。これは単純に乙女としての努力不足かな?断言しちゃいます。あたしの方が可愛いです」


 にっこりと笑みを浮かべる少女は見惚れるほどに可愛かった。リーリヤは知る由もないが、どういう表情をどの角度でどう見せれば、最も可愛くなるかを計算し尽くした振る舞いだった。


「き、昨日の人、よね・・・?」


 自分の方が可愛いと唐突に宣言した少女モニカ・レイポネンにリーリヤは面食らっていた。

 モニカはリーリヤの反応に一瞬だけ不服そうな顔をしたものの、すぐに自信に満ちた笑顔に戻る。


「そうです。あたしがあなたを助けたんです。えっへん。感謝してもいいんだよ?」


 口では感謝を求めたのに実際にはどうでも良さそうにしてモニカはリーリヤの向かいの席に座る。

 テーブルの上にはガラス製のポットが置かれており、ポットの中では淡い薄紅色のハーブティーが赤い薔薇の花とともに揺れている。リーリヤの意識が広場の方に向いている間に準備していたようだった。


 リーリヤは姿勢を正した。このモニカこそが今回のリーリヤの雇い主だと聞いていた。詳細はまだだがアルマスからは計算も読み書きも必要としない、体力のないリーリヤにぴったりの仕事だと言われている。おそらくこの後にモニカから具体的な説明があるのだと思われた。

 カップにハーブティーを注ぎながらモニカが訊ねてくる。


「ええっと、お名前、なんでしたっけ?」


「リーリヤ・メッツァ、・・・・・・です」


「そうそう、リーリヤ・メッツァさん。知っていると思いますけど、あたしはモニカ・レイポネンと言います。ここのパン屋の店主の妹で、花の乙女でもあるよ。よろしくね」


「え、ええ」


 人懐こい笑みと一緒にリーリヤの分のハーブティーが差し出される。しかし、受け取るリーリヤの表情は固い。人見知りのリーリヤからすれば、ほとんど面識のない相手と二人きりの状態なんて苦手もいいところだ。それが態度に出ていたのをモニカも感じたようだった。


「うーん。あたし達、多分同じくらいの年ですよね。あたし、17歳」


 リーリヤは遅れて年齢を聞かれているのだと認識する。


「・・・18よ、・・・です」


「やっぱり!なら、リーリヤちゃんって呼ぶね。あっ、でも、あたしのことはモニカ様って呼ぶこと!なんてったって、あたしはリーリヤちゃんの雇い主だからね」


「モ、モニカ様?」


 モニカの言葉を真に受けたリーリヤが本当にそう呼ぶとモニカはクスクスと声を漏らした。


「やだ、もうっ。冗談だってば。普通にモニカちゃんでいいよ。敬語もなしね!」


 モニカは面白そうにしているが、リーリヤからすれば何がそんなに笑えるのかわからなかった。困った風に眉を寄せているとモニカが仕切り直しとばかりにぽんと手を叩いた。


「さてさて。じゃあ、リーリヤちゃん。まずは最初の話題だけど・・・・・・、お昼どうする?あっ、もちろんうちのパンは確定ね。自慢しちゃいますが、うちのパンはとっても美味しいのです。なにせ、『太陽の恵み』がたっぷりですから!」


 ふんす、とモニカは胸を張る。リーリヤとしては肩透かしを食らった気分だった。なにせ仕事の話が始まると思って身構えていたくらいだ。


「んー、最初は豪勢にいっちゃおうかな。うちのパンだけじゃなくて、広場(ここ)のお店で色々買ってこようか。リーリヤちゃんはお魚がいい?それともお肉?何でも準備できるよ。皆にお願いして買いに行ってもらうから」


 皆、とは誰のことだろうか。というか、お昼代はどうしよう。リーリヤは未だにお金を持ち歩いていない。後でアルマスが払ってくれたりしないかな。うん、そうしよう。ここにリーリヤを連れてきたのはアルマスなのだから全部アルマスに払わせればいい。


 そんなことを真剣に考えてから、改めてリーリヤはモニカの様子を窺う。リーリヤには本当にモニカがお昼の相談をしているように見えた。もしかしたらモニカなりの場を和ませる冗談だったかもと思い直したのだ。だとしたら、こういうときはどう反応したらいいんだろう。いや、そもそも言葉通りにただの昼食の提案で合っているようにも思える。


 リーリヤがごちゃごちゃと頭を悩ませているとテラスの下の方から大きな声が聞こえてきた。


「モニカ様ぁー!」


 リーリヤが声のした方を見れば、いつの間にか結構な人々がお店の前の広場に集まっていた。リーリヤ達はテラスの柵に近い場所にいるので、広場の方からでもテラスに誰がいるのかくらいは簡単に確認できる。それでモニカに気付いた人が声をかけてきたということか。老若男女いろんな人がいる。そう思ってからリーリヤは何か引っかかりを覚えた。だが、しばらく考えてみても、その原因を突き止めることは出来なかった。


「おっと。リーリヤちゃん、ちょっとごめんね」


 そう断りを入れてからモニカは群衆に手を振ってみせる。すると、それだけで人々が沸き立つ。

 モニカ姫~っ、やら、姫様~っ、と口々に騒いでいる。


「ひ、ひめ?・・・ああ、姫、かしら?」


 リーリヤは首を捻る。

 確かに2階のテラスから眼下に見える人々を相手する姿はまるで物語のお姫様のようだ。いや、お姫様というには気安すぎるかもしれないけれども、本当にお姫様だと言われてもリーリヤには否定できそうになかった。


「はーい!モニカちゃんですよー!皆、たくさんパン買っていってね!モニカちゃんとの約束だよーっ!」


 モニカの言葉にも快く返事が戻ってくる。モニカは満足したように頷くと椅子に座り直した。


 リーリヤは気圧されていた。モニカはこんなにも大勢の人達から慕われている。

 なんだか凄い人に雇われることになったようだった。そうなると気になってくるのはリーリヤが行う仕事の内容だ。あんまり難しいことを求められても困ってしまう。今のままじゃ気になってどんな美味しいご飯であっても味を感じない気がした。リーリヤははっきりと聞いてみることにする。


「ね、ねぇ。出来れば先に私のお仕事について教えてくれると助かるんだけど」


 リーリヤの質問にモニカはそのヘーゼル色の瞳を丸くさせる。そんな仕草もやっぱり可愛いとリーリヤは思った。


「あれぇ?ひょっとしてアルマス先生から聞いてない?」


 モニカの桃色に艶めく唇が言葉を紡ぐ。今度はリーリヤが目を丸くする番だった。


「何もしなくていいんだよ?」

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