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魔女が哭く、賢者はスープを飲む  作者: リンゴとタルト
第2章 太陽の咲く祭り

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3.儘ならないことは笑い飛ばすに限る

 アルマスは咳払いをした。居たたまれなさを誤魔化すためだ。今もずっとむず痒さを感じて堪らないのだ。


 アルマスは街の北部区画にあたる商業区の広場を目指して通りを歩いている。アルマスの隣には頭1つ分くらい背の低い人物がいた。亜麻色の髪を小刻みに揺らしているのはリーリヤだった。

 それも()()()()をしたリーリヤだ。


 アルマスと一緒に出かけることを知ったヘレナとセルマはどういうわけかやけに意気込んでリーリヤの準備を手伝ったのだ。デートだなんだと2人とも騒いでいたので、やっぱり女の子にとっては恋愛事の絡む要素は一大イベントなのだろう。実際のところヘレナ達が勝手に言っているだけでアルマスはデートだとは一言も発していないし、そんなつもりもなかった。

 興奮気味なヘレナ達にリーリヤが困惑しながら自室に連行されていくところまでは、アルマスも面白がっていたのは白状しよう。


 だが、とアルマスはもう一度リーリヤを見やる。

 リーリヤの服装は先ほどとはまるで違う。

 普段はステーン家のリビングや自室で怠けてばかりいるリーリヤは締め付けが緩く、飾りの少ない落ち着いた服を着ていることが多い。外出するときは少し時代がかってはいるものの清潔感と慎みのある淑女の装いをしている。これはおそらくイレネの嗜好が大きく影響している。

 けれども、今日のリーリヤはそのどちらとも違う。それこそ道行く人達が何度も振り返るほどだ。

 端的に言ってリーリヤは目立っていた。


「なんで俺までこんなに注目を浴びなきゃいけないんだか」


 惜しむらくは好奇の対象にアルマスも含まれていそうなことだろうか。


「ん?何て?」


 擦れ違う人々に対するアルマスのぼやきが聞こえたのか、リーリヤがアルマスを見上げてくる。


「あー、うん。そうだね―――」


 アルマスは顎に手を当てると改めてリーリヤの姿を観察する。上から下まで順繰りと視線を移動させた。

 衆目の視線を気にしていなかったはずのリーリヤはアルマスの行動に恥ずかしそうに身を捩らせた。


「な、何よ・・・?」


 軽く化粧を施しているおかげでリーリヤの頬はいつもより赤みを帯びて、生き生きとして見える。

 見た目への感想を言うならば、可愛いという評価は間違いない。

 軽やかで涼しげな真っ白いサマードレスに身を包んだリーリヤは、さながら初夏の精霊とも言うべき姿だった。


 2つ結びにされた亜麻色の髪はくるくると緩やかに巻かれており、レースとフリルがふんだんに使われたドレスは吹き抜ける風に花びらのように優雅に揺れている。ほぼむき出しになった肩は白く滑らかで、清らかな印象を与えるのに同時に艶やかさも帯びていた。青いリボンの付いた麦わら帽子には大きな白い花の飾りがあしらわれ、身に着けるイヤリングはシンプルな意匠の青い結晶がきらきら輝いていた。


 はっきり言おう。誰が見ても滅茶苦茶に気合いの入った服装だった。


「あの2人が今の流行はこれだって言ってたのよ」


「流行というか、時期的にはそうだろうね。うん、間違ってはいないけど・・・」


 カールの入った髪の毛の先っぽを指でいじいじするリーリヤは自信なさげに上目遣いをしてくる。


「ねぇ」


「あっ、うん。なんだい?」


「さすがにそろそろ触れて欲しいんだけど」


 その場で立ち止まったリーリヤは不慣れな様子でくるりと回ってみせる。少し足がもつれたのは愛嬌というものだろう。

 リーリヤはおそらくお洒落をした感想を求めているのだと思うのだが―――。


「あれ?まだ言ってなかったっけ?」


 ステーン家ですでに褒めている気がする。

 アルマスだっていい歳した男だ。女性が一生懸命に準備をしたのなら、それがどんなに拙くても褒め言葉の一つや二つくらい出てくる。口調が軽いと小言を付けられることは多いがそこは目を瞑って貰うしかない。


 リーリヤはもどかしげに口をもごもごさせる。その耳が赤く染まっているのは自分から言い出す恥ずかしさ故だとしても、アルマスには心当たりがないので残念ながら助け船を出すことはできなさそうだ。


「似合ってるとか、可愛いとかは言われたけど・・・。でも、言ってないことがあるでしょ?」


 ほら、と言って今度は頭から帽子を取った。


「気付かない?これ」


 リーリヤは軽く頭を横に振る。その動きに合わせて首元付近で結わえられた二房の髪が甘い香りと共に宙を舞う。


「ああ。いい香りがすると思ったら香水でも付けたの?いいね。俺は好きだよ、その香り」


 意識を向ければリンゴを思わせる瑞々しい匂いが鼻をくすぐった。

 けれども、リーリヤは不満そうに口を尖らせたままだった。


「もうっ。わざとやっているの?出来れば自分で気付いて欲しかったのに」


 残念そうにするリーリヤはやがて諦めたように結わえた髪を片方掴むとその根元に指を向けた。そこにはリーリヤの亜麻色の髪に似合う草色のリボンが結んである。


「ほら、見て。ここまですればわかるでしょ?」


 不機嫌さを装ったままのリーリヤの瞳が期待に輝いているのをアルマスは見逃さなかった。


「・・・・・・ああ、リボンね。いいと思うよ」


 無論、アルマスも気付いていた。ただし、アルマスには珍しいことだが話題に触れることに抵抗を感じていたのだ。


 それもそのはず。リーリヤが付けている草色のリボンは右と左でそれぞれ1つずつ。1つは最近リーリヤにプレゼントしたばかりの真新しい物。鈴のような白い花が連なった刺繍が特徴的だ。もう1つは幾分年月を感じさせるリボンだ。色あせたり、傷んでいたりしていないところを見るに本当に大切に扱っていたのだとわかる。アルマスにも懐かしさを与えてくるそれは、幼い頃にアルマスがリーリヤへと贈った物だ。


 新しいリボンと古いリボン。どちらもアルマス所縁の物だ。しかも傍目から見てもリーリヤはリボンに特別な意識を持っている。だからこそ、アルマスは目を逸らさずにはいられなかった。


「ふふん。でしょう?もっと早く気付くようにしなさいよね」


 アルマスにしては大分簡素な褒め言葉ではあった。それでもリーリヤのお許しは出たらしい。わざとらしく胸を張るリーリヤにアルマスは思わず吹き出した。


「わかったよ。次からはそうする」


「ええ。それでいいの。それよりさっきからやたらとジロジロ見られてる気がするのよね」


「あっ、やっぱわかる?」


 てっきり鈍いのか、逆にまったく関心がないかのどちらかだと思っていた。あれだけ視線を浴びればリーリヤも違和感は覚えるということか。

 どう答えようとアルマスは悩む。結果としてアルマスは正しい説明を放棄した。真実を語ったところで誰も幸せにならないからだ。


「君に『夏』の気配を感じるんだろうね」


「夏?」


 アルマスの曖昧な表現にリーリヤは不思議そうな顔をする。


「ほら、今日のリーリヤの格好は如何にも涼しげじゃないか。それにね、君も知っていると思うけどもうすぐ夏至祭だ」


「すっごく大きなお祭りなんですってね」


「そう。夏至の日から始まってちょうど一週間続くんだ。そこら中の広場が屋台や店でいっぱいになるよ。なにより多くの人がこの街に来るからね。これくらいの通りだと人で埋め尽くされるんじゃないかな」


 フルクートの夏至祭は幾つもある祭事の中でも最も長い。その分イベント事も数多く開催されるので長期間であっても誰もが飽きることなく、それどころか期間が短いと嘆き惜しみ、それでも楽しく騒ぐお祭りだ。


 夏至祭まではもう一週間を切っている。今は準備期間であり、街中の人がお祭りに備えている最中だ。感覚としては仕事半分、お祭りの準備半分程度だろう。だから、街の人々が浮き足だって見えるのだ。因みにヘレナやセルマの学校もこれに合わせて2か月近い夏期休暇に入っている。そのため、2人とも学校に行かずに外で遊んだり、家事を手伝ったりしているわけだ。


「私、想像だけでも目眩がしそう」


「ははっ。そういえばリーリヤは人混みが苦手だったね。これを機に苦手を克服してみたら?」


「他人事だと思ってっ。もうっ」


「ごめんごめん。でもね、きっと思っているほど気にならないよ。それくらい夢中になれるものばっかりだからね。ああ、そうだった。それでその夏至祭なんだけど、何個かお決まりの風習があってさ。その中の1つにお祭りの初日に未婚の乙女達はサマードレスを着るっていうのがあるんだ」


 そのため祭りの開始日には淡い色味の薄手のドレスやワンピースを着る若い女性が街に溢れる。定番はやっぱり白だが、水色や黄色、花柄なんかも人気だ。そして、そこら中で奏でられる吟遊詩人の陽気な音楽に合わせて若い男女が踊るのだ。


「だからさ、君の格好を見ると楽しいお祭りの情景が連想されるんだろうね。皆、それくらい待ち遠しく思ってるってこと」


「そういうことなのね」


 リーリヤは納得がいったように頷いている。

 アルマスの説明は概ね正しいのだが、事実はちょっとだけ異なる。擦れ違う人々がアルマス達に向けてくる視線や表情は微笑とも苦笑ともとれる生暖かさを感じるのだ。


 つまるところ、お祭りが待ちきれずに着飾ってはしゃいでいるお熱い若い男女(カップル)と思われているのだ。


 そんなわけで先ほどのアルマスは葛藤していた。羞恥を覚えてムキになるほど幼稚ではなくとも、不名誉な勘違いをされるのも面白くない。そう思っていた。でも、考えが変わった。


「仕方ないわね。それじゃ、折角だから私が皆に『夏』を届けてあげようじゃない」


 爽やかにドレスを翻すリーリヤは心も開放的になっているのだろう。リーリヤは楽しそうだった。水を差すのは野暮というものだ。それが例え人々から顰蹙の目で見られていたとしても。


 こうなったら周りなんて気にせず楽しんだ者勝ちだ。アルマスもリーリヤと一緒になって思い切り笑い声を上げるのだった。






「ぴゃっ!?」


 目的地が近付いてきた頃、唐突にリーリヤの奇声が聞こえた。

 アルマスはてっきりリーリヤが派手に転んだのかと思った。道すがら上機嫌を遙かに飛び越えて調子に乗りまくっていたからだ。


「どうしたの?」


 アルマスが振り返るとリーリヤはきょろきょろと足元を見下ろしていた。


「い、今、何かを踏んだような気がして。こう、急にこっちに飛び込んで来たのよ」


 しかし、アルマスから見てもリーリヤが立っている付近には何もない。何の変哲もない石畳の道というだけだ。


 リーリヤは不思議そうな顔をすると通りから横に逸れた細い路地を覗く。

 もしかしたらその何かがリーリヤを横切って路地の奥へと入っていったのではと考えたのだろう。


「どんなのを踏みそうになったの?」


「えっと。小さくて、丸かったような。一瞬だったからよく見えなかったけど・・・・・・」


 リーリヤは人差し指と親指で小さな丸を描く。なんとも抽象的な表現だ。

 自信なさげに首を傾げるリーリヤに、それでもアルマスは納得したように頷いた。


「ああ。それなら大丈夫だよ。多分、『玉っころ』だ」


「玉っころ?何それ?」


「精霊の一種さ。あれは気にするだけ無駄だよ。蹴ったり踏んだりなんていくらでもあるし」


「えぇ・・・?それでいいの?」


 精霊の機嫌を損ねて痛い目を見たリーリヤからすれば、そのぞんざい過ぎる扱いには身構えもするだろう。だが、『玉っころ』と呼ばれるこの精霊はそこらの精霊と比べても圧倒的に力が弱いのだ。どんなに暴走しようとも家を燃やすどころか小枝一本に火を付けることすら出来ない。そもそも暴走するほどの自我もないとさえ言われている。


「そんなもんだね。いちいち相手になんかしてられないよ。これから嫌でも目にするようになるんだから。そんなことより―――」


 そんな話をしているうちにアルマス達は開けた場所に足を踏み入れる。


「さぁ、着いた」


 アルマスとリーリヤが訪れたのは先日も来たことがあるアーリコクッカ広場だった。


 フルクートには大小合わせて百近い広場があると言われている。馬車が何十と並んでもなお余裕がある広大な敷地もあれば、広場とは名ばかりのテーブルすら置けるか怪しいくらいに狭苦しい空間まで様々だ。中でも商いの中心地でもある商業区には比較的大きい広場が幾つも散見されるのだが、この広場はそんな商業区でも有数の大きさを誇っている大広場の1つだ。

 そして、なによりここは現在最も注目を浴びている広場なのだ。


「わぁ」


 リーリヤが思わず感嘆の息を漏らす。

 アーリコクッカ広場はここ数日で大きく様変わりしていた。


「結構変わるものなのね」


 人や店は多くても噴水があるだけの目立った特徴のないどこにでもありそうな広場、そんな当たり障りのない印象を持っていたのだろう。だが、今の広場は花々で彩られ、あちこちに緑が溢れている。家々に草花を飾るだけでなく、一抱えもある鉢や樽に植えられた木々が何本も連なり、まるで森の中にいるような気分になる。


 夏至祭とは太陽の恵みを祝う祭り。自然を象徴とする新緑とは切っても切り離せない関係にある。そのため、お祭りの時期はどこも草木を身近に置いて過ごすのが一般的だ。そうは言ってもここまで大掛かりなのは中々お目にかかれない。


「船まで飾ってあるのね」


「え?船?」


 リーリヤの指差す広場の中心を見てみれば、文字通りの帆船が噴水の脇に鎮座している。

 昨日まではなかった光景にアルマスでさえ目を丸くした。


「あれをわざわざ港からここまで運んできたのか」


 色鮮やかに装飾こそされている木製の船は単なる置物ではなく、実際に漁に使われている代物だった。船体に描かれた煌びやかな絵や被せられた幾つもの艶やかな布飾りに隠れているが、目を凝らせば長い間水に晒され続けた黒ずみが随所にしっかり確認できる。


 商業区がクーケルゥ湖に隣接している地区だからとはいえ、とてもじゃないが近いと言える距離ではない。あんな馬鹿でかい物を運ぶのにどれだけの労力が必要になることか。想像するだけで気が滅入ってくる。


「すごいわね。あれもお祭りで使うのよね。こんな広場でどうやって使うの?ただ皆で眺めるのかしら?それとも燃やすの?」


「燃やすという選択肢がなんでパッと出てくるんだ・・・・・・。燃やさないよ。あれはちゃんと湖に浮かべて乗るのさ。本来の用途通りにね」


「じゃあ、なんでこんなところに置いてあるのよ」


 それはアルマスにもわからなかった。

 普通は湖の港に浮いているか、そうでなくとも港周辺の倉庫に格納されているはずだ。


「まっ、わからないことを考えても仕方ない。だけど、ちょうどいいところに事情を知っていそうな奴がいるみたいだ。なぁ、リーリヤ。ちょっと寄り道していこうよ」


 アルマスが軽く広場を見渡したときには既にそれは目に付いていた。

 アルマスは迷うことなく広場の一角で商売をしている屋台に近付いていく。距離が縮まるにつれて店員と客の会話が聞こえてくる。どうやらでっぷりとした恰幅の良いダークブラウンの髪の青年が熱心に2人組の若い女性客に話しかけているようだった。その力の入りようは一見しつこくナンパをしているようにも見えるが、それがあり得ないことだとアルマスはよく知っていた。


「いいか?良く聞くんだ。今の時期のアオゴケニジマスは特に脂が乗っていて旨みが濃い。燻製にすると尚更だぞ。おすすめは花蜜リンゴかハルカエデの木を使った燻製だな。薄く切ってゆで卵や玉ねぎと合わせてサンドイッチにするとまさしく最高。そして、ここからが一番重要だ。この料理に最適なパンはやはり『太陽の恵み亭』のハパンレイパ。あのライ麦の食感に酸味と塩気が絶妙に絡まって―――」


「あっ、そこまででいいや。ありがとね。面白い店員さん。お魚を燻製にして食べてみるよ」


「おい、待ってくれ。まだ話は終わってない。あらゆる『太陽の恵み亭』のパンを食べてきた僕の話を聞いていくべきだっ」


「いいよー、お兄さんの話長いって有名だもん。じゃねー」


「まったく・・・。なんでどいつもこいつも最後まで話を聞かないんだ。とんでもなく有り難い知識を教えてあげようというのに」


 青年が『太陽の恵み亭』のパンへの情熱を惜しみなく語ろうとしたところで女性客達は笑って去って行く。

 肩透かしを食らった青年はぶつくさとふて腐れている。


「それを人は無駄な蘊蓄と言うんだろうね」


「なんだと!・・・・・・うん?ポルクか。どうしたこんなところで」


 アルマスが冗談交じりに声をかける。青年は勢いよく睨み付けてくるが、アルマスの顔を見た途端に怒りが霧散した。


「それはこっちのセリフだよ。我が親友クスター。君こそなんでここに?いつもはもっと港に近い広場にいるだろ?」


 青年はアルマスに親友と呼ばれると嫌そうに口をひん曲げる。


「やめろ。お前に親友なんて呼ばれたくない」


「つれないね」


 アルマスは肩をすくめる。

 この無駄に偉そうで仏頂面な青年はクスターと言う。脂肪のたっぷりついたふくよかな体型をしているが、これでもアルマスと出会ったばかりの頃は細身の美男子だったのだから残念な話だ。因みに中身は面倒くさくて理屈っぽい性格をしている。


「それにしても相変わらず独特な商売をしているよね、君」


「そうか?精一杯『太陽の恵み亭』のパンの素晴らしさを宣伝してるだけなんだがな」


「いやいや、そこは魚の宣伝をしなよ。魚屋なんだから」


 魚屋なのになぜか魚よりもパンの説明ばかりする。それもお勧めするのはこの広場で営まれている『太陽の恵み亭』と呼ばれるパン屋だけなのだ。聞いてもいないのに延々と無用な知識を垂れ流すクスターは商業区でも一種の名物と化している。一応、パンに合う魚料理にも詳しく、もっぱら客の目的はそっちだったりする。料理の話を聞いたらパンについて語り始める前にさっさと話を流してあしらうのが最適解だ。アルマスも普段はそうしている。


「余計なお世話だ。僕は『あの人』のためになるなら何でもすると決めているんだ」


 クスターはアルマスの意見なんてまるで聞く気がなさそうだ。これもいつものことなのでアルマスは困った奴だと首を横に振るだけに留めた。


 そこでアルマスは1人放置されたまま気まずげにしているリーリヤを振り返る。


「こいつはクスター。見てのとおり、変わっている上にとんだ頑固者だよ。けど、悪い奴じゃない。そうだ。家名は聞かないでやってくれ。いろいろあって名乗りたくないらしいからね」


 本当は良い家柄のお坊ちゃんなのにどういうわけか魚屋で働いている変な男だ。家名を名乗りたがらないのもそういった事情があってのことだ。


 急に見知らぬ青年を紹介されたリーリヤはとりあえず困惑した様子で頷いている。


「で、こっちが―――」


「件の『お嬢様』だろう。別に今更聞かされるまでもない」


「君ならそう言うと思ったよ。ちょこちょこ話もしてたしね」


 もちろん魔女に関する内容は抜いた上での話だ。話の種としてリーリヤのもたらす珍事件は中々に面白かったりする。もちろん笑い話にならない類のものはアルマスの胸の内にそっと仕舞ってある。


「ふん。お得意の人助けだな」


 クスターはアルマスの背後にいるリーリヤを見るとつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 まるで悪いことでもしているかのような言い様だった。

 クスターの捻くれた性格を知っているアルマスはそこに反論するつもりはなかった。それでもアルマスは引っかかった疑問に腕を組む。


「そんなに俺って誰かを助けてるイメージがある?別に善人みたいに振る舞うつもりはないんだけどな」


「馬鹿馬鹿しい。自分の行動を振り返ってから言うんだな」


「なんか納得いかないけど。まぁ、いいや。で、最初の質問に戻るけど、なんでこんなところに?いつもはカラスサコイド市場あたりで働いているんじゃなかったっけ?」


 カラスサコイド市場は港に一番近い大広場に設けられたフルクートで最も盛況な市場だ。

 水揚げされたばかりの新鮮な魚が並び、交易船から卸された様々な商品が数多く揃えられてほぼ連日賑わっている。クスターの所属する店も市場にずらりと連なる店の一画にあたる。


「いつもはそうだ。船乗りの連中が捕まえてきた魚を出来るだけ売りさばくのが僕の仕事だ。とはいえ、今は夏至祭目前。店の名前を広げるという名目で屋台出張の許可が出た」


「この時期はどこも仕事してるようで実際にはしてなかったりするんだよね。なんならあからさまに酒を飲みながらとか。だから、不思議と仕事にも遊び心が出てくるんだよ」


「だからここに来るまでいつもと様子が違ったのね」


 アルマスがリーリヤに噛み砕いて説明をしているとクスターが徐に握り拳を作って力強く宣言した。


「それに僕には()()を万全に整えるという重要な仕事がある!」


 クスターの言う『あれ』とはすなわち広場の中央に置かれた帆船のことだ。


「そう。それだ。なんであの船がここにあるんだ?あれって祭りで湖に浮かべる奴だよね?」


「当たり前だろう。恐れ多くも僕達の船に『モニカちゃん』様が乗船されるんだ。こんな光栄なことはないぞ。でゅふふふっ」


 クスターはただでさえ脂肪でたぷたぷとした顔を緩ませ、恍惚をした表情を見せる。有り体に言って見るに堪えなかった。


「気持ち悪い・・・・・・」


 リーリヤの正直すぎる感想にアルマスも全力で頷きたい気分だ。

 このクスター、何を隠そうモニカという名前の花の乙女に重度のお熱なのである。


 多くの花の乙女は上街と呼ばれる中央区に住まう上流階級のご令嬢ばかりだがモニカは違う。出自は一介のパン屋の娘でありながら、花の乙女として街のために駆け回っている素晴らしい少女だ。特に住宅街区に住む平凡な一般人からすればモニカはまさしく街に光をもたらす偶像アイドルなのである。そのモニカの実家が『太陽の恵み亭』と聞けば、なぜクスターがこのパン屋だけをやけに贔屓しているかも想像が付くだろう。クスターは間違いなく『ガチ勢』だった。


 それもモニカに会いに行くために彼女のいる『太陽の恵み亭』に通い詰め食えもしない大量のパンを毎日懲りずに買い漁る迷惑な奴だ。食べきれないパンはアルマスを含めたクスターの知人に流れてくるのが日常だったりする。


「あれ、君のとこの船だったのか」


「ああ。店主と船長を説得してな。快く貸してくれたよ。最後は僕の熱い気持ちに凄く共感してたな。あとは『モニカちゃん』様ファンクラブのメンバーの力を合わせてあそこまで仕上げたんだ。いい感じだろう。可愛くて、綺麗、それでいてとっても優しい。太陽の化身とも女神様の生き写しとも言われてもおかしくない可憐な『モニカちゃん』様のイメージを見事に再現していると思わないか?なぜ船がここにあるかと聞いたな。教えてやろう。僕達の想いをこれでもかと詰め込んだあの船を『モニカちゃん』様に是非見て欲しかったんだ。でゅふっ。どうだ?僕達の本気が窺い知れるだろう?」


「・・・・・・正気を疑うよ」


 やたら熱心だと思ってはいたが、これはもう熱狂の範疇なのではなかろうかとアルマスは思った。


「えっと、つまり・・・・・・?」


 リーリヤには今のクスターの熱弁が上手く理解出来なかったようだった。夏至祭の催事の詳細も、花の乙女のお祭りにおける役割も、更には花の乙女のファンクラブの存在など知らない情報が散りばめてあったのだから当然だと思う。一からすべてを説明するには時間が掛かりすぎるので、この場では『湖に浮いているべき船がなぜこんな広場に鎮座しているのか』という疑問に答えるだけにする。

 アルマスは若干無表情になりながらリーリヤに伝えた。


「なんの意味もないってことだよ」


「なにそれ。なんか怖いんだけど・・・・・・」


 リーリヤは一瞬の間を置いてからクスターを見つめる。さりげなくアルマスを盾にして距離を取っている。


「何とでも言え。僕達は訓練されたファンだからな。お前達なんかとは心構えが違うんだ」


「俺も一応あの娘のファンのつもりなんだけどなぁ」


「それとこれとは話が別だ。お前は軽薄に過ぎるんだ。・・・・・・推し方が人それぞれなのは理解しているからそれ以上は言わないがな」


 達観したことを言い始めたクスターにアルマスもリーリヤもなんとも言えない表情で顔を見合わせる。


「おい。それより買わないならさっさとどこかに行けっ」


 どうやら話し込んでいるうちに他の客が屋台に訪れたみたいだった。

 アルマス達はクスターに追い立てられるようにその場を離れた。






「謎は解けたのになんだか逆にモヤモヤするわね」


 リーリヤはおぞましい何かを垣間見たかのように自分の肩を両手で押さえて身震いをしている。気持ちはわかるが、クスターの言うファンクラブの存在はモニカ自身が公認しているのだ。本人達が望んでやっているなら外野がとやかく言うことではないだろう。


「いいんだよ。狂人の理屈なんて考えるだけ無駄だって。なにより君自身がああならない保証もないわけだしね」


「どういう意味よ、それ」


 あれ(クスター)と同じになる姿を想像してしまったのか、リーリヤは本気で嫌そうにしている。

 だが、アルマスも嫌がらせで言ったのではない。あり得る可能性の1つを述べただけだ。


「今日の目的が何か、ということだよ」


「デ、デート、じゃないの?」


 自分で言って恥ずかしくなったらしいリーリヤは視線を地面に向けて落ち着きがない。今日の真っ白な服装も相まって清純な乙女のごとく甘酸っぱい空気が流れる。

 そんなリーリヤにアルマスはさらりと告げる。


「いや、違うけど」


「は、え?ち、違ったの?」


「うん。俺は1回も同意してないからね」


 デートだと思い込んでいたリーリヤは口を開けて惚けていたが、その頬がじわじわと赤く色付いてくる。


「し、知ってたわよっ!?私だって、デ、デートなんかじゃないってわかってたものっ。そもそもデートだって騒いでたのはヘレナ達だし。私はそんな風に考えてなかったから!本当よ!?」


 眦に涙を湛えて見え見えの強がりをするリーリヤをアルマスはからかう気が起きなかった。

 ヘレナ達に乗せられてリーリヤが勘違いしていることは把握していたし、なによりその方が都合が良かったのだ。


「本当の目的も言ってないから間違えたのは仕方がないと思うよ?リーリヤに逃げられないように俺もあえて黙ってたからね」


「そうよ!理由を言わなかったあんたが悪いの!・・・・・・ふぇ?逃げられないように?」


「そうとも。だって、嫌だと思うよね?こんなお祭りの前で誰もがうきうきしているのに大真面目に仕事の話をしないといけないなんて。というわけで顔合わせと行こうか。君の新しい職場にね」


 さぁっと顔を青くするリーリヤ。

 赤くしたり青くしたり大忙しだ。リーリヤはしどろもどろになりながら必死になって逃げ道を探している。


「で、でも、今はどこのお店も真面目に働いてないってさっき言ってたわよね。なら、せめてお祭りが終わってからの方がいいんじゃ・・・・・・」


「安心しなよ。今回のは、夏至祭前だからこそ、っていう特別な案件さ」


「ひぃぃ」


 リーリヤの苦しい言い逃れをアルマスは相手にしない。

 それでもリーリヤはなんとか言い訳をひねり出そうとしている。彼女の働きたくないという強い意志がこれでもかと伝わってくる。


「だ、大丈夫なの?その、私、アレなんだけど。まだ全然勉強進んでないわよ?きっと役に立てないと思うの」


 哀れなことに自分の発言で傷ついたようでリーリヤは涙目になっている。

 アルマスは爽やかな笑顔でリーリヤに親指を立ててみせる。


「文字が読めなくても、計算ができなくても、ついでに体力ボロカスでもまったく問題なし。リーリヤ、君におあつらえ向きなお仕事だよ」


 リーリヤは諦めたようにがっくりと肩を落とした。

 初めからアルマスが逃げ道を残しておくわけがないのだ。


「お取り込み中のところ失礼いたします」


 だが、意外なところから予想外の邪魔が入った。


「げっ」


 目の前に現れた人物()にアルマスは思わず呻く。いつの間にか周りを複数の男女に取り囲まれている。その誰もが白と黒を基調とした簡素ながらも統一感のある身綺麗な服装をしている。


「なに?なんなの?」


 狼狽えるリーリヤを余所に1人の女性がアルマス達の正面に進み出る。女性の背後では広場の端に豪奢な馬車が停めてあるのが見えた。そこに描かれた紋章はアルマスもよく見覚えのあるものだった。

 どうやら気付かぬうちに追い詰められ逃げ場を失ったのはアルマスの方だったみたいだ。


 使()()()()を身に纏った女性がアルマスに恭しく礼をする。


「ポルク様。お迎えに上がりました。お嬢様がお呼びです」


 アルマスは自棄になって笑うのだった。

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