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魔女が哭く、賢者はスープを飲む  作者: リンゴとタルト
第2章 太陽の咲く祭り

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1.プロローグ

 花びらが舞う。


 鮮烈な紅が視線を捉えて離さない。

 紅い花々の中心には美しき乙女が一人。くるりくるりと回る度に真っ赤なドレスが波打ち、髪を靡かせながら乙女が腕を振れば世界を覆い尽くさんばかりの花びらが激しく渦巻き、躍動する。


 ―――ああ、なんて綺麗なんだろう。


 赤に染まった世界で舞う乙女を見て少女は思う。軽快にして絢爛な乙女の演舞に心を奪われた少女は興奮に頬を染める。思わず紅の乙女に向けて手を伸ばしていた。


 視界に映る自身の手はとても小さかった。どう見たって子どもの手だ。そこで少女はこれが夢なのだと気付く。


 幼い頃に見た憧れの光景。


 あの人みたいになりたい。

 そう思い続けた美しい乙女を遠くから眺めながら、届かないとわかっていてもなお必死に求める。


 少女と乙女を遮るように大量の花びらが流れ込み、少女は押し流される。未だ舞い続ける乙女との距離が一気に離れる。


 ―――嫌だ。まだ終わらないで。


 紅の乙女がこっちを見た気がした。口元に浮かんだ笑みは優しげだ。可憐な唇が開かれ、言葉が紡がれる。しかし、音は伴わない。乙女が何と言ったのか、少女には聞こえなかった。


 ―――なんて!?なんて言ったの!?聞こえない!もう一度教えて!お願いだからっ!


 赤い花びらの海を泳ぐように走ろうとする。だが、いくら足を動かしても前にはちっとも進まない。ぐんぐんと後ろへと流されていく。いつしか足がつかないほど赤い海は深くなり、押し寄せる花びらの波に埋もれ、溺れまいと藻掻くだけになる。


 ―――ああ、やっぱりあたしは・・・。


 やがて力尽きた少女は赤い海に沈んでいく。底があるかもわからない深くて冷たい海の底へと絶望と共に。






 ここで目が覚めた。

 何かを掴むように天井に伸ばされた手を虚しく下ろす。当然ながら手の平の中には何もない。少女、モニカはそのまま腕で目を覆う。まだ呼吸は乱れたままだった。


 この時期になるといつもこの夢を見る。

 ぐっしょりと寝汗で濡れた寝間着がたまらなく不快だった。ゆっくりと息を整えてから、鈍重な動きで上半身を起こす。汗で額に張り付いた赤毛の髪を適当に払う。


 もう一度寝る気にもなれなくて、ベットから立ち上がる。

 朝の身支度をするにはまだ早い時間だ。それでも起き抜けの姿のまま誰かと顔を合わせたくないモニカにはちょうどよかった。


 ひとまずシャワーを浴びることにする。ぼんやりと巡りの悪い思考は寝起きが理由だけではないが、お湯で汗を流してさっぱりすれば少しは気分も晴れるだろうか。


 部屋に備え付けの浴室に入る。浴室の鏡に映る少女の顔は酷かった。

 目の下には隈があり、頬もやつれて強張っている。連日の疲れが出ている証拠だ。その上、ここ最近は夢見が悪くて満足に眠れていない。


「思ったよりダメダメな感じかも。さすがにこんな顔は誰にも見せられないなぁ。人気者も大変だよ、ほんと」


 モニカはあえて熱めのシャワーを浴びて身体を目覚めさせる。

 降り注ぐお湯がベタつく汗や心に溜まった淀んだ何かを流し落とす感覚に息をつく。悪夢のせいで重たかった頭が少しずつ動き始める。


 もうすぐなのだ。ずっと待ち焦がれてきたあの栄誉に、あの憧れにあと少しで手が届く。こんなところで弱みを晒すなんてできない。


 モニカは引き攣った頬を揉んでほぐす。

 もう一度見た鏡の中の自分はさっきよりマシになっている。


 シャワーを浴び終えると今度は部屋に置かれた大きなドレッサーと向き合う。

 小さな頃に母親に駄々をこねて買ってもらったものだ。今となっては形見の品となってしまった。


「うん。この程度の隈ならお化粧で隠せる。でもやっぱり顔色が悪いよね。チークは目立たないように、けど血色がよく見えるものを選んでと」


 可愛らしい意匠が施されたお気に入りの白い木箱の中から今日使うお化粧道具を取り出して一つ一つ並べていく。上街のお嬢様のような高級品ばかりではない。けれども、いろんなお店を巡って集めた道具は種類も多く、その色彩の豊かさは密かな自慢でもある。それにコツコツと研鑽を積み重ねて作り上げた独自の技術は例え名家のご令嬢相手でも張り合えると思っている。


 なによりモニカには『とっておき』がある。モニカの尊敬する凄い錬金術師が作った口紅だ。市場には全然出回らなくて、値段もとんでもなく高いと噂される貴重な品だ。モニカも偶々ある機会に譲って貰った1つしか持っていない。


 陽に照らされて輝くバラのように透き通った明るい赤が特徴のこの口紅こそがモニカの心の支えとなる。これを付けるとき、モニカはいつだって無敵になれる。


 手に取った口紅を見つめていたモニカは大事そうに両手で包み込んでから、そっと化粧箱の中に戻した。


「ううん。まだ。これを使うのはまだ。今じゃない」


 外の方から鐘の音が聞こえた。早朝を知らせる鐘だった。もうしばらくすれば朝の早い職人達なら仕事の準備を始める頃合いだ。


「もう朝かぁ」


 化粧を終えたモニカは意識して笑みを浮かべる。街の皆が期待している、いつもの笑顔。


「よし。今日も元気で可愛いモニカちゃんだね」


 可憐な微笑みとは裏腹にモニカの心は激しく燃え上がっていた。

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