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魔女が哭く、賢者はスープを飲む  作者: リンゴとタルト
第1章 魔女、街に棲む

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閑話:リーリヤと雑貨屋

閑話シリーズ2話目です。

「閑話:リーリヤと掃除」の後に起こった雑貨屋絡みの話となります。

本編的には「6.花の乙女」と「7.年頃乙女は理不尽とともに」の間あたりです。

「雑貨屋って何のお店なんですか?」


 ステーン家での暮らしにも慣れてきたある日、リーリヤはなんとなしにイレネに訊ねてみた。

 素朴な質問のつもりだったリーリヤの予想に反し、イレネからは困った顔が返ってくる。


「そうねぇ。そう言われると中々難しいわね。あえて言うなら『生活に必要な物を売っているお店』かしら」


「生活に必要な物・・・?」


「例えば日用品。石鹸とか歯ブラシとかね。後は筆記用具に、裁縫道具に、お化粧品。それだけじゃないわ。もっともっと色々あるのよ。ちょっと口で説明するのは大変ね。そうだわ。直接お店を見てみたらどう?お客さんの迷惑にならない範囲でなら好きに見て回って大丈夫だから」


「うっ・・・。お客さんか・・・。あ、後でにします・・・」


「そう?いつでもいいからね」


 そんな会話をした日の昼下がり、リーリヤはステーン家の営む雑貨屋の店内にひっそりと現れる。

 店内と作業場を繋ぐ扉から顔だけ出して、左右を何度も念入りに見て誰もいないことを確認する。別に悪さをしようとしているわけではない。ただ単に客と鉢合わせしたくないだけだった。


 がらんと誰もいない店内に静かに足を踏み入れる。今はイレネもトビアスもいない。イレネは2階のキッチンで昼食の後片付けをしていて、トビアスは作業場で品物の在庫チェックをしている。


「果物の瓶詰めに・・・、これはお酒?あっ、これ、綺麗。髪留め(バレッタ)ね。こっちの棚は食器ばかり並んでるわね。コップもこんなに種類がある」


 リーリヤは気の向くままに店の中を物色して回る。どれもこれもが見慣れたようで見慣れなくて、一歩移動するごとにがらりと品物が変わるので見ていて面白い。


「この踏み台も売り物なのかしら・・・?」


 通路の脇に置かれた踏み台を通り過ぎ、あっちを見て、こっちを見てと忙しなく視線を巡らせる。

 そんなリーリヤの視線があるところで止まる。


「何これ?」


 リーリヤは1つの小瓶を手に取る。


「雪と風、に見えるわね」


 小瓶には風に飛ばされる雪の結晶の絵が描かれている。

 これは何を意味するのだろうか。


「っ・・・!」


 カララン、とドアベルの軽快な音が店内に響き渡る。それと同時に姦しい少女達の話し声が耳に届く。

 客が来たのだ。


 リーリヤは慌てて作業場の方へと引っ込んだ。ギリギリ、客には見られていないと思う。見られて問題があるわけじゃないのはわかってても、身体が反射的に動いてしまった。


 店にやってきたのは年頃の少女が3人だった。


「はいはい。いらっしゃい」


 間もなくして奥の作業場からトビアスがやってきた。大人の男性特有の低い声色ながら柔和な態度で客を出迎える。

 少女達はトビアスに小さく挨拶を返す。その後、そそくさとリーリヤが先ほどまでいた棚の前に来ると商品を手に取って内緒話でもするように顔を寄せ合って小声で会話をしていた。少女達はちらちらとトビアスの方を振り返っており、それを察したトビアスが近付いていく。


 やりとりは一言、二言くらいの短さだった。少女達が手に持った小瓶を指差し、何事かを話していた。やがて少女達は何も買わずに店を出て行ってしまった。

 見知らぬ人がいなくなったことにリーリヤが一息つくと、いつの間にかイレネが側に立っていた。


「あら?お客さん、もう帰っちゃったの?」


「ああ。美容品に興味があったみたいでな。ちょっと説明してたんだが・・・・・・」


 トビアスは顔をしかめている。どうやらトビアスの思い通りに話が進まなかったらしい。遠くから見ていたリーリヤにも会話のぎこちなさが伝わってくるほどだった。


「アルマス君のおかげで若い子が来ることも増えたものね。若い子達の間でもお化粧や美容への関心が高まっているみたい。香りや効能の種類が充実してきたのも影響あるかしら。でも、お客さんに逃げられちゃうのはこれで何度目なの?」


「いやぁ。そうは言ってもこういった女の子らしい物だとなぁ。しかも若い娘が相手だとおじさんにはやっぱ厳しいだろ。せめて釣り道具だったら幾らでもお勧め出来るんだが」


「相変わらず不器用な人ね。私はそういう所も良いと思ってるけど。でも、店主としてはもう少ししっかりして貰いたいわ。あなたのお店なんだから。ね?」


「はい。面目ないです。はい。・・・・・・こういうのはアルマスの得意分野だったからなぁ。あいつがいなくなったのが地味に痛いなぁ」


 イレネにやんわりとお叱りを受けたトビアスは力無く項垂れている。

 最近、リーリヤにもわかるようになってきたのだが、トビアスは若い女性客には妙に及び腰で挙動が不審者染みている。特に今の客のような十代半ばくらいの少女にはそれが顕著だった。


「んん?」


「どうかしたの?」


「『風花』印の『涼風の訪れ』が1つ足りない。おかしいな。どっか落っことしたか?」


 棚を覗いていたトビアスが怪訝な声を上げる。トビアスの様子を窺うに棚から1つの小瓶が無くなったようだった。


「あっ・・・・・・」


 リーリヤは手に持ったままの小瓶に気付く。身を隠すのに精一杯で棚に戻すのを忘れていた。


「おいおい。まさかとは思うが盗られたか・・・?今の娘達に・・・?」


 これは拙い。無実の少女達が犯人にされそうになっている。

 かといって『自分が犯人です』などと馬鹿正直に発言なんてしたらどうなるか。盗もうなんて考えは一切なかったと誓えるが、もし信じて貰えなければリーリヤは泥棒にされてしまう。そうしたら、最悪、ステーン家から追い出されてしまうなんてことも。そうなったらリーリヤはもう生きていけない。温かい食事とぬくぬくした寝床を失った生活なんてあり得ない。


 優しいイレネとトビアスがリーリヤの言い分も聞かずにそんなことをするとは思えなくても、浮かんでしまった悲惨な未来が簡単に頭から離れてくれない。

 一先ず、リーリヤは商品だけでも元に戻そうとする。


「そうよ。小瓶(これ)が元に戻ってれば、きっと見間違いだって思うはず・・・・・・」


 そんな甘い考えを胸に抱いて。

 外への扉から顔を出してさっきの少女達の行方を探そうとしているトビアスとイレネに見つからぬよう、店内に再び足を踏み入れたリーリヤはこっそりと小瓶を棚に戻そうとする。わざとじゃないもの、と心の中では無意味に言い訳を繰り返している。


 誰にも見つからずに元通り棚に置いてしまえば大丈夫。そんな暴論を胸に足を進め、あと少しと思ったときだった。得てしてそういうときこそやらかしてしまうものなのだ。

 リーリヤの持っていた小瓶と元々棚にあった小瓶が擦れ合う硬質な音がやけに大きく聞こえた気がした。

 当然のごとく音を立てたリーリヤの方へとトビアス達の視線が向く。


「あっ、やっ、これは違っ!盗もうとしたんじゃなくてっ、た、ただ気になっただけでっ。で、でも、人が来たからっ、あ、慌てちゃって。そっ、それでっ・・・・・・」


 バレた、という焦りとわざとじゃないと弁明しようとする気持ちがしっちゃかめっちゃかに入り交じって、口から出てくる言葉も滅茶苦茶だった。

 どうしようと両手を胸の前で握りしめていると数瞬の間を経てイレネが首を傾げながら言う。


「えっと・・・。商品を手に取りながら見て回ってたら、急にお客さんが来てびっくりして逃げちゃったと・・・?そのとき、偶々小瓶を持って行っちゃったのかしら・・・?」


 リーリヤの意を寸分狂い無く受け取ったイレネにリーリヤは全力で頷く。

 するとトビアスも遅れて納得の表情を浮かべた。


「・・・ああ、なるほど。事情はなんとなくわかった。なんか慌てて作業場(こっち)に飛び込んできたのはそういうことだったのか」


 拗れることなく済んでリーリヤはほっとする。

 やけにスムーズに誤解が解けたのはやっぱり日頃の行いが良かったからなのだろうか。リーリヤは安堵しながらそう思う。

 実際の所は、ステーン家での暮らしで時折人見知りを爆発させては奇行に走るリーリヤを垣間見てきた2人はこういうこともあり得るかと納得したという次第だった。


「そうならそうと早く言ってくれ。まったく。変な勘ぐりをしてしまった」


 トビアスが息を吐きながら頭を掻く傍ら、イレネはリーリヤの持っていた小瓶と同じ物を棚から取って感心したように頷いていた。


「あらあら。それにしてもリーリヤちゃんもやっぱり女の子ね。香水に興味を持つなんて」


「え?い、いや、そういうわけじゃ・・・」


 リーリヤの声が尻すぼみになる。

 リーリヤは小瓶の中身が香水だとは知らなかったし、あくまで小瓶の外側の絵柄に惹かれて手に取ってみただけなのだ。しかし、きらきらと瞳を輝かせているイレネを見るとそう堂々と否定することは出来なかった。


「あ、あのっ。これって何の意味なんですか?」


 ばつの悪くなったリーリヤは話を逸らすために小瓶に描かれた雪と風のマークについて聞いてみた。よく見れば小瓶があった棚の一画には他にも商品が置かれているが、どれも同じマークが共通して描かれている。


「ああ、それか。それは商標だ。簡単に言うと、どこの誰が作ったのかを一目でわかるようにする印だな。美容品や化粧品は基本的に魔法薬の一種だから、この場合は作成した錬金術師の名前代わりといった感じだ。実際に名前が書かれているよりも、この方がずっとわかりやすいだろう?因みにそれはアルマスが作ったものだ」


 そうなると、この風で吹き飛ばされる雪を象った絵柄自体がアルマスの名前のようなものなのか。


「私達にはあまり馴染みがないんだけど、アルマス君って『風花』って2つ名があるみたいなの。だから、それを商標にしているみたいね」


「厳密に言うと識別子は別にあるんだがな。ほら、瓶の底に印字されているだろう?」


 トビアスが小瓶をひっくり返してリーリヤに渡すと小瓶の底に描かれた別の紋様を指差す。

 リーリヤはその見辛さに思わず目を細めた。

 そこには点と線で構成された円が何十にも重なった複雑な黒い紋様が記されていた。一見して何の意味があるのか読み取ることはできない。じいっとしばらく眺めていてもやっぱり同じだった。


「そりゃわからんよ。俺だって正確な意味はわからんからな」


 頭を悩ませるリーリヤの様子にトビアスがあっけらかんと言う。

 なんでもこの紋様自体は小瓶の表面にあるマークと大体同じような意味らしい。ただ、このマークの意味をより詳細に記したものがこの黒い紋様とのことだ。どこの国の、どの街の、どこの工房の、何という錬金術師によって作られた魔具または魔法薬なのか。見る人が見れば一目で判別できるらしい。


「素人目には何が何だかだよな。だがな、識別印(こいつ)は結構重要なんだぞ。あの学術協会で厳重に管理されていると聞くしな。もし偽装なんてしようものなら、あの協会が一気に敵に回るわけだ。そういうわけで早々偽造しようなんて奴はいない。因みに、俺は仕事柄この識別印も見分けられる。といっても、うちで扱っている商品だけだが」


 凄いだろうと胸を張るトビアスの横でイレネが頬に手を当てている。


「そうねぇ、でも、普通にお買い物する分にはマークだけで十分よね。たまに似ているマークの物が売ってたりするから気をつける必要はちょっとあるけど」


 イレネ曰く、この黒い紋様みたいな識別印はなんら覚える必要なんてなくて、絵柄みたいなマークの方をある程度知っているだけで十分だそうだ。なぜか自身の凄さをアピールしていたトビアスがイレネの無駄な知識宣言を受けてがっくりと肩を落としている。リーリヤは今の一連の流れがよくわからずに首を傾げた。なんでトビアスは急に自慢なんて始めたのだろうか。


 そんなことよりも、とリーリヤは改めて小瓶を見る。外側ばかりに気を取られていたが、中には控えめながら赤色に輝く粒子の混ざった半透明の液体が入っている。これをアルマスが作ったのか。


「香水、やっぱり気になる?」


「ま、まぁ。気にはなりますけど・・・」


 欲しいとはそんなに思わない。そもそも香水を付ける習慣がリーリヤにはないのであったところで部屋の飾りくらいにしかならないだろう。


「そうだ。だったら、1個使ってみたらどう?それ、結構人気あるのよ。リーリヤちゃんもきっと気に入るわ」


 そう勧めてくるイレネにリーリヤもくれるなら貰おうかなと頷こうとする。しかし、そこに待ったがかかった。

 発言をしたトビアスの表情は渋い。


「ただではダメだろう。一応、売り物だからな」


 咳払いをしてみせるトビアスは1つの店の主に相応しい威厳を纏っていた。


「なんでそんなことを言うの?」


 だが、その威厳はイレネの言葉1つで脆くも崩れ去る。

 詰め寄るイレネにトビアスはあっという間にたじたじになってしまう。


「せっかくリーリヤちゃんがうちのことに興味を持ってくれたのに」


「し、しかしだな。ほら!ヘレナだって条件を付けているだろう?欲しい物があるならお手伝いをしてからだって!」


 おや、とリーリヤは珍しく話の流れを敏感に察する。

 この流れは良くない。無駄なとばっちりを受けるのはごめんだった。


「あ、あの~。私は別に・・・」


 リーリヤは白熱する2人に恐る恐る声を上げる。リーリヤとしては特に欲しいわけではないので、ちょっと気になっただけなのだと説明しようとする。


「リーリヤちゃん、大丈夫よ。私がちゃんとあの人を説得するから」


「あっ、はい」


 興奮気味のイレネに肩を掴まれてリーリヤは反射的に返事をする。イレネの瞳が熱意に燃えている。とてもではないがリーリヤに口答えする気力はなかった。


「う、うちも商売なんだから。そういうことはしっかりしないとダメなんじゃないか?」


「何もいつでも好きにしていいって言っているわけじゃないのよ。うちの仕事への興味やお洒落へのきっかけとして、1つだけって意味なの」


「せ、生活に必要ならまだわかる。だが、これはお洒落のための物だろう?なら―――」


「女の子にとってお洒落は必要なことよ。誰でも大人になるまでに学ばないといけないことでしょ?お化粧や美容への知識は女の子にとってはもはや必須常識。そうね。その認識を持ってないからお客さんにも逃げられちゃうのね」


「「うぐぅ・・・!」」


 トビアスだけではなく、さりげなくリーリヤまで傷ついた。

 そうなのか。化粧は常識の1つなのか。それを知らないリーリヤは非常識。また1つリーリヤは己の至らない部分を見つけてしまった。


「それにうちの宣伝にだってなるのよ。だって、こんな可愛い女の子が使ってたら『自分も!』って思うものでしょう?」


「そ、それはそうかもしれないが。けどなぁ。・・・・・・そっ、そうだ!」


 イレネの気迫を正面から受けていたトビアスが苦し紛れの案を出す。それはリーリヤが最も恐れていたことだった。


「お手伝いだ!リーリヤちゃんにもお手伝いをして貰おう!うちのことを知ってもらうって意味ならその方がいいじゃないか。そうだ、名案だ!これならいいだろう!?」


「うぇっ・・・!?」


「あらあら、まあまあ。それは良い考えね!」


「へぅえっ!?」


 イレネとトビアスに挟まれ、リーリヤは逃げ道を失ったのだった。






 そこからの顛末が散々なものであったのは想像に難くないと思う。


「もう最悪っ。・・・お店になんて興味を示さなきゃよかったわ」


 リーリヤはベッドの上で力無く横たわってぶつくさと文句を垂れながら、今日一日の出来事を振り返る。


 ステーン家で営む雑貨屋でトビアスから最初に頼まれた仕事は掃除だった。


「まずは基本からだ」


 トビアスの発言にイレネ達とお揃いの作業着であるエプロンを身に着けて少しだけ頬を緩めていたリーリヤは一瞬で表情を固まらせる。


 掃除には碌な覚えがなかったからだ。先日は自室の掃除をサボりまくっていたことについてイレネからお叱りがあったばかりだ。その後、イレネの指導の下で掃除を学ぶことになったのだが、実を言うとまだリーリヤはイレネから合格を貰えていなかった。イレネの判定が厳しかった以上にリーリヤは自身の要領の悪さと不器用さをこれでもかと思い知らされたのだ。


 店内の掃除をやれと言われたら高確率で商品を床にばらまく気がする。ついでに瓶類は割れるだろう。そんな未来図が簡単に予想が出来てしまうのが虚しかった。


「ちょっとあなた。こっち来て」


 イレネがトビアスを引っ張っていき、リーリヤに背を向けて何事かを耳打ちする。するとトビアスは顔を青くして戻ってきた。


「うん。やっぱり掃除は別の機会にしようか」


 トビアスの英断により、リーリヤの最初の業務は始まる前に終わりを迎えた。

 次に挙げられた仕事内容はリーリヤが最も苦手とするものだった。


「それじゃあ、接客は・・・・・・」


 ぶんぶんとリーリヤは全力で首を横に振る。『接客』という単語が聞こえた時点でもう拒否反応が出た。リーリヤの脳裏に喫茶店『花々の羽休め』での出来事が蘇る。あんな惨めな思いを味わうのはもう嫌だった。トビアスも身体全体で拒否の意思表示をするリーリヤに無理強いをすることはなかった。


 そんな経緯で接客仕事も見送られる。そして、困った顔をしたトビアスがひねり出したのは品出しの仕事だった。

 トビアスに指示された商品を店内に並べていく。それだけであれば幾らリーリヤでも失敗するはずがない。そう思っていたのはリーリヤだけだったらしい。早々にトビアスからダメ出しを受けることになったのだ。


「ごめんなさいね。あの人の拘りなの」


 イレネ曰く、この雑貨屋では商品によって種類ごとにまとめている場合もあれば、さっきのアルマスの作った香水などのように品物が違っても棚の一画を同一の制作者でまとめていたりと細かなルールがあったらしい。そんなことを知るわけがないリーリヤが空いている棚に適当に商品を並べていったものだからトビアスが我慢できずに横槍を入れてきたのだ。


「わかる人にはわかる配置になっているんだ」


 これはトビアスの言葉である。リーリヤが『わかる人』ではないのはわかりきっているのに初めからそんな指示を出さないで欲しかった。


 客に話しかけられるのが嫌で、ひたすら客がいない場所に移動しては商品をあちこちに配置しまくっていたリーリヤにも少しくらい責任があったとは思わなくもない。


 最終的にリーリヤに残った仕事は荷物運びだった。もはやそれくらいしかやることがなかったとも言う。トビアスがどこからか仕入れてきた品物を店の外の荷車から作業場へと移動するのだ。扉の幅的に荷車ごとは入れられないので荷物を1つずつリーリヤ達が運ばないといけないのだ。


 片手で持てる小さな物から一人では運べない大きな木箱まで荷車にはたくさん積み込まれていた。1つ1つの商品が何なのかを聞く余裕もなく、せっせとイレネと2人でひたすら作業場まで運ぶのである。本当は重い荷物を運ぶのを補助してくれる魔具があったのだが、最近になって壊れてしまったようだ。おかげでリーリヤは自分自身の貧弱な腕力と体力でどうにかするしかなくなった。


 男手が必要なほど重い物はないと聞いたのが嘘だったかのようにへろへろになりながらリーリヤがやっと1つの荷物を運んだと思ったら、イレネは5個も10個も荷物を運び終えている。ひいひいと息を荒げるリーリヤの横でイレネは涼しい顔をしてひょいひょいと簡単に荷物を持ち上げるのだ。


「持ち上げるときにコツがあるのよ」


 イレネはそう言っていたがその程度のことでどうにかなるものなのだろうか。

 結局、その荷物運びでリーリヤは体力を使い切り、そこで今日の手伝いは終了となった。


 疲れ切った手足は今もふるふると小刻みに震えている。身体は重くて怠いし、ちょっと身じろぐだけでぴりっとした痛みが全身に走る状況にやっぱり働くことは嫌いだとリーリヤは確信する。


 そうは思いつつもリーリヤは今日の戦利品を手に掲げた。そもそもとして雑貨屋でお手伝いをするきっかけとなった香水の小瓶だ。


 今日のリーリヤは大して役には立たないどころか、邪魔ばかりしていたと思う。それでも、トビアスもイレネも嫌な顔1つしなかった。リーリヤが失敗する度に驚いたり、慌てたりとしていたが、それでも2人はどこか嬉しそうだった。まるで自分達のことを知ってもらえることを喜ぶように。


 小瓶の蓋を取ると瑞々しいリンゴの甘酸っぱい匂いが香る。甘やかで、それでいて爽やかな風が心の中を吹き抜ける感覚があった。そして、それはリーリヤの鬱屈とした気持ちを吹き飛ばすには十分だった。


「・・・でも、まあ、たまになら。そう、ほんとにたまになら、またやってもいいかも」


 働くことの大変さと共にちょっぴりの喜びを噛みしめた一日のリーリヤだった。

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