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魔女が哭く、賢者はスープを飲む  作者: リンゴとタルト
第1章 魔女、街に棲む

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閑話:リーリヤと掃除

リーリヤの家事奮闘記シリーズ(嘘)です。

時系列的にはそれぞれ「2.『これまで』と『これから』」と「6.花の乙女」の後の話になります。

「お掃除をしましょうか」


 始まりはイレネから告げられたこの一言からだった。

 故郷の森を追放され、連れてこられたステーン家で引き籠もって2週間。半ば強引な手段でアルマスに部屋から引っ張り出された日のことだ。


 明日から働けなどとふざけたことを抜かしてリーリヤを驚かせたアルマスは早々に帰ってしまった。残されたリーリヤはステーン家2階のリビングに一人居座っている。やることがないからぼうっとしていたのだ。


 心のわだかまりがすべて解けたわけではないものの、せっかく一大決心をして部屋から出たというのに、すぐに部屋に戻るのもなんだか違う気がしていた。もちろん、外に出る心の準備はまだ整っていない。そういうわけでリーリヤはテーブルに座ったまま、飲みかけのハーブティーのカップを手にこの場に留まっていた。


 せめてアルマスが話し相手になってくれればよかったのに。

 そう思いながら一口分だけ残ったハーブティーをほんの少しずつ唇を湿らせるように味わう。冷めたハーブティーの渋みが舌を痺れさせることがリーリヤに生の実感をもたらしてくれる気がした。


 そんな風に暇を潰していた頃、イレネがリビングに戻ってきた。アルマスとリーリヤの会話の邪魔にならないようにと席を外していたのだ。


「お話は終わったの?」


 そう言うイレネの顔をまともに見るのはこれが初めてだった。今着ている街娘のような服を用意したり、髪を梳いたりとぼさぼさの頭で部屋から出て来たリーリヤの身嗜みを整えてくれたときにはあたふたしていて碌に顔を見ることができなかったのだ。


「まだきちんと自己紹介できてなかったわよね。私はイレネと言うの。よろしくね」


 リーリヤはこくりと頷く。イレネの印象は栗色の髪をした綺麗で優しげな女性だった。

 そうリーリヤが感じた印象は間違っていなかったらしく、イレネの優しさは会話にも現れていた。明日からリーリヤが働く話はアルマスから聞いていたようで、これとそれはあるから、あれについては今度買いに行こうとか、リーリヤが何も言わずともイレネはかなり協力的だった。おかげでリーリヤはほとんど相槌を打つだけでよかった。


 それでも、面識のない他人と会話した経験の少ないリーリヤにとっては精神的にひどく消耗してしまった。相手がイレネでなければきっと途中で逃げ出していたかもしれない。


「じゃあ、あとでね」


「あっ、は、はい」


 会話をすること自体に意識が向いてしまって、肝心の話はあまり頭の中に入ってこなかった。今日はもう疲れて頭が重かった。特にアルマスとの会話の内容が濃すぎたせいだろう。


 疲れたからベッドで横になろうとリーリヤが部屋に戻ると、程なくしてイレネがリーリヤの部屋にやってきた。その手には衣服や靴、髪を結ぶためのリボンなどの小物がたくさん抱えられている。どうやら明日からのリーリヤの生活に必要な物をイレネが用意してくれたようだった。

 どれもイレネは使わなくなったので、せっかくならリーリヤが使ったらどうかと言う。そこでリーリヤはやっと先ほどの話の趣旨を飲み込めた。


「あ、ありがとうございます」


 お礼を言ったリーリヤは手渡された荷物をどこに置くかを悩む。壁際に置かれた机に載せようにも、こじんまりとしたスペースに全部は無理だ。だから、リーリヤはベッドの上に置くことにした。脱ぎ捨てた服とか、少しばかりのリーリヤの荷物は粗方ベッドに放置されているのでまとめておいた方がわかりやすいと思ったからだ。


「あらあら」


 それに困った声を上げたのはイレネだった。

 不思議に思ってイレネを見るとイレネはゆっくりとリーリヤの部屋を見回した。ついリーリヤも同じように視線を巡らせる。


 多少、埃が溜まったり、物がごちゃごちゃしているかもしれないが、リーリヤ的には問題ないように思えた。けれど、イレネは違ったらしい。そうして告げられたのが『お掃除をしよう』という言葉だった。


「お掃除、ですか?」


 そんなに言うほど汚いだろうかとリーリヤは思う。


「ええ。私も手伝うから一緒にやりましょう?ほら。せっかくお部屋から出たことだし、掃除をすれば心もすっきりするわよ」


 掃除、と言われてリーリヤが想像をするのは森の魔女の屋敷にいた頃だ。あの頃は掃除と言っても妖精をちょいと使ってやればよかった。それだけで部屋のゴミはあっという間に綺麗になる。しかし、この場所にはリーリヤの手となり足となる便利な妖精達はいない。


 そうなるとリーリヤ自身の手で行う必要がありそうだ。面倒くさいな、と心の声がする。けれども、自分一人ではなくて、イレネも手伝ってくれるというのであれば良い機会なのだとも思えた。自力でやろうにもやり方がわからないし、何から手を付ければいいのかすら思い浮かばないのだ。


 じゃあ、と言おうとしてリーリヤの視線がある一点で止まる。


「あっ・・・・・・」


 リーリヤはベットの端に転がる自身の黒い服を見つける。あれは魔女の衣装だ。

 『君が魔女であったことは誰にも言ってはダメだよ。もちろん、ステーン家の人達にもね』。アルマスの言葉がリーリヤの頭の中で蘇る。


「あ、あのっ!大丈夫ですからっ。自分でやるので、もう出て行ってください・・・!」


 咄嗟に出たのはイレネを拒絶する言葉だった。

 言い訳をさせて貰えるなら、リーリヤは早くあの服を隠さなければという焦りで思考がよく回っていなかったのだ。今日は頭を使いすぎていたせいもあるかもしれない。


「そう?私に出来ることがあったら遠慮なく言ってね」


 イレネのほんのり寂しそうでちょっぴり悲しそうな表情にリーリヤは胸が痛む感覚を覚えた。人の親切を無遠慮に断ることがこんなにも罪悪感が伴うのだとリーリヤは気付かされたのだった。

 どうにもやる気が起きず、リーリヤは逃避をするように毛布の中に潜り込む。

 結局、その日は掃除をしなかった。






 あれから数日の間、イレネは掃除の話題を出さなかった。

 気まずくてリーリヤから言い出せなかったのもある。イレネも気を使っているのか掃除の件には無理に触れようとはしてこなかった。


 あの日以降もリーリヤは部屋の掃除をできていない。喫茶店で初めての仕事を経験してみたり、街の図書館で小さな子ども達を相手にしたり、忙しかったと言えば聞こえはいい。けれども、一番の理由は気分が乗らないからだということをリーリヤはよく理解している。


 イレネやトビアスといったステーン家の人達とは概ね上手くやっている。互いに深く踏み込むことはなくても、表面上のやりとりは順調だった。ここ数日で自分が人見知りなのだと思い知らされたリーリヤもステーン夫妻相手であれば、変に緊張することなく会話が出来るほどには慣れてきた。


 この日はイレネと一緒に初めて買い物をした。

 イレネのおさがりだけでは街中で暮らすことは到底できないと、ワンピースやスカートを何着も買い、帽子や靴に、下着とたくさんの物を買い込んだ。リーリヤだけでなく、イレネも両手にいっぱいの荷物を抱えるほどだ。そして、二人で大量の荷物をリーリヤの部屋に運んでいるところだった。


「あら?リーリヤちゃん、お掃除ってした?」


 奇しくもあの時と同じ状況が再現されていた。そして、イレネからもたらされた言葉も同じだった。


「うっ・・・」


 まだしてないと普通に答えれば良かった。実際、リーリヤの感覚では掃除が必要なほど汚れているようには見えない。『そこそこ汚れてきたかも?でも、ギリギリ大丈夫かな?』と思える範囲だからだ。

 それでも、理由のわからない後ろめたさが素直に答えることを認めてくれなかった。


「さすがにこれはちょっとね。買ってきた服や小物の置き場もないし。そろそろ掃除とか整理が必要よ」


 だが、イレネからすると許容範囲を超えているようだった。

 リーリヤとしてはイレネが手伝ってくれるならやってもいいかもと思っている。なによりそうすることでリーリヤの心にあったモヤモヤが少しは晴れる気がした。


「一緒にしてあげたいところなんだけど・・・・・」


 しかし、そうリーリヤの思い通りにはいかないらしい。イレネはこれから外に出る用事があるそうで、リーリヤと掃除をする時間はとれないと言われた。


 一人でやれと言われると途端にやる気がなくなってくるのだから不思議だ。前と同じように荷物はベッドの上に適当に置いておくとしよう。掃除はまた今度やればいいか、そんな風に考えが変わってくる。

 イレネはなんとなくリーリヤの考えを見透かしているのか、悩ましげな顔をしている。


 そこに一人の少女が通りかかった。


「げっ」


「あら。ヘレナちゃん、良いところに」


 思わずリーリヤは呻いてしまった。

 ステーン家の一人娘。黒髪と青い瞳をした、幼さの面影が残る可愛らしい少女の名はヘレナ・ステーンと言う。


 リーリヤはこの少女が苦手だった。なにせ、他の住人と違ってこの少女ときたらリーリヤに凄まじく当たりが強いのだ。何も彼女の気に障ることをした覚えはないのに、とにかく彼女はリーリヤを目の敵にしている。


 思春期の女の子はそんなものだとアルマスは言っていたが、それにしてもヘレナの態度は理不尽だと思う。もしヘレナがリーリヤよりも年下でなければ、きっと真正面から罵り合っていたかもしれない。とりあえずアルマスの助言通りに毎日根気強く話しかけているものの、成果はまったく出ていない。


 予想を裏切ることなく、ヘレナはリーリヤを見てあからさまに嫌そうな顔をしてきた。


「嫌です」


 イレネが何かを言う前にヘレナは否定の言葉を吐き捨てる。


「そう言わないで。リーリヤちゃんのお部屋の掃除を手伝って欲しいの」


「そんなことだと思いました。絶対に、嫌です!その人のためにわたしが何かするなんてお断りです!お母さんもなんでその人のために世話を焼くんですかっ」


 随分な嫌われようだ。


 リーリヤだって別に敵意を向けられる程度はいいのだ。これくらいは()()()()()。森の魔女に連なる者として幼い頃から敵意はおろか悪意を向けられることも珍しくなかった。

 そんなリーリヤでも鬱陶しいとは思っている。理由もわからないとくれば尚更だ。


「お手伝いしてくれたら、お店の棚から好きなお化粧品を一つ持って行ってもいいわよ。ヘレナちゃん、興味があるって言ってたわよね。お父さんはまだ早いって反対してたけど私から言っておくから。どう?ダメかしら?」


 しばし無言で佇んでいたヘレナはやがてどすどすと足音を荒立てながらリーリヤの部屋に入ってきた。

 イレネは掃除道具一式をリーリヤに渡すとすぐに家から出て行ってしまった。部屋にはリーリヤとヘレナの二人だけになる。


「な、何よ・・・?」


 じっと睨み付けてくるヘレナにリーリヤはたじろぐ。

 人見知りなリーリヤからすれば、よく知りもしない年下の少女と二人きりのこの状況に苦手意識を抱かないわけがなかった。


「・・・・・・掃除をするんでしょう?さっさと指示を出してください」


 そう言われてもリーリヤには掃除のやり方なんてわからない。自分の手でやったことなんて一度もないからだ。


「ええっと、何からすればいいのかしら?」


 ちらりとヘレナを見れば、ヘレナは眉をつり上げて我慢できないとばかりにリーリヤから掃除道具を奪った。


「もういいですっ。勝手にやりますからっ」


 ヘレナはがしがしと手荒な手つきで窓や机をハタキで叩いていく。

 それをぼうっと見ていたリーリヤにヘレナは鋭く声を上げる。


「ぼさっとしてないで、そのベッドの上の服やら何やらを片してください!邪魔で掃除できません!」


 リーリヤは言われるがままに慌てて動き始める。

 だが、ベッドのあちこちに散らばった服や小物を拾うのに手間取ってしまう。


「ああ、もう!どうしてそんなに()()()()()なんですか!」


 不機嫌丸出しのヘレナはリーリヤを横にどけると手際よくベッドの上の物を回収していく。手元に集める際には種類ごとに仕分けまでする手際の良さにリーリヤは驚いて凝視する。


 リーリヤの視線を煩わしげにしつつもヘレナはてきぱきと進めていく。見る見るうちにベッドの上は綺麗になった。次いでヘレナの視線が部屋を彷徨い、クローゼットに止まった。

 服を抱えたヘレナがつかつかとクローゼットに近寄っていく。多分、服を仕舞おうとしたのだと思う。


「あっ!そ、そこはダメ!」


 ヘレナがクローゼットの扉を開けようとしたところをリーリヤが手で押さえて止める。そこには魔女の衣装が仕舞ってあるのだ。イレネの件があったので、今度は見えない場所に突っ込んでおけば安心だと思っていたのに。

 とりあえずヘレナに見られるのは防げたとほっとしていると、そのヘレナは顔を真っ赤にして頬を膨らませていた。


「何なんですか、邪魔ばっかり!もう知りません!」


「は?え?」


 手に持った服やらなにやらをベッドの上に投げ捨てるようにしてヘレナは部屋を出て行ってしまった。勢いよく閉められる扉の音に首をすくめたリーリヤは唇を尖らせる。


「そんなに怒らなくてもいいじゃない」


 ヘレナが怒る理由はわからなくもないが、それにしても怒りすぎだ。誰だって見られたくない物くらいあるのだから、リーリヤの気持ちを尊重してくれてもいいのにとさえ思う。


 リーリヤは部屋の中を見回す。中途半端に掃除を行った部屋はむしろやる前よりも状況が悪くなっているようにも見えた。はたき落とされた塵は宙を舞い、埃の塊は地面に落っこちている。一度は整理された衣服達もヘレナのせいで再びベッドの上に散乱した。


 リーリヤは一つ頷く。


「もういいや」


 掃除なんてする気力はかき消えてしまった。

 他人と生活することがこんなにも大変なのだとは思わなかった。掃除一つがこうも上手くいかないとは。

 自分の所業を棚に上げてそんなことを考えながらリーリヤはふて寝することにした。


 次の日、またもや掃除していないことがバレて、いい加減にやりなさいと遂にイレネに叱られてしまうリーリヤだった。

イレネに叱られてリーリヤはようやく掃除を覚えることになります。

そして「15.とっておき」ではなぜか自信満々にアルマスに説教したりしています。


この閑話シリーズはこれからもちょこちょこ書いていこうと思ってます。

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