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魔女が哭く、賢者はスープを飲む  作者: リンゴとタルト
第1章 魔女、街に棲む

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22.エピローグ

 柔らかい陽光の中、リーリヤは目を覚ます。

 寝ぼけ眼で周りを見渡せば、そこは見知った部屋。抱きしめ慣れたクッション。小さいのに座りやすい年季の入った椅子。毎朝使っている大きな姿見。ステーン家にあるリーリヤの部屋だった。


 たった一日離れていただけなのに随分と懐かしく感じた。ぷっとリーリヤは軽く噴き出す。そもそもこの部屋で過ごすようになったのもたった1か月くらい前からなのだ。懐かしいと感じた自分がなんだか可笑しく思えた。


 腕を頭上に持ち上げて背中をぐっと伸ばし、固まった身体をほぐす。閉め切れていなかったカーテンの隙間から差し込む光に目を細めながらカーテンを開け放った。ぼんやりと窓の外を見てみれば、明るさの割に歩く人は疎らだ。どうやら今日のリーリヤは大分早起きをしたらしい。


 リーリヤは気分を良くして、姿見の前で椅子に座って髪を梳かす。ブラシで手ずから整えるのも慣れたものだ。ブラシに髪を引っかけないように、髪の外側、内側の順にゆっくりと丁寧にブラシを動かす。便利に妖精をこき使っていた頃はどんな些事も楽をしていたが、こうして手間をかけるのも悪くないと最近は思っている。


 寝間着から着替えるためにクローゼットから服を取り出す。適当に手前にあった服を引っ掴んでから、ふと手が止まる。


「今日もあいつと会うのかしら」


 『あいつ』というのはアルマスのことだ。

 アルマスと顔を合わせると考えたら急に違う服の方がいい気がしてきた。

 お洒落で可愛らしいフリルのついた赤いスカートと落ち着いた印象の紺色のプリーツスカートのどちらにしよう。それとも清楚な雰囲気のある白いワンピースの方がアルマスは好ましく思ったりするのか。


「って、なんで私がそんなこと気にしなければならないのよ」


 口ではそう言いつつもリーリヤはすぐに服を決められなかった。一頻りの葛藤を経て、結局は以前イレネに教わった組み合わせ通りの服装を選ぶことにする。似合っている、可愛い、とイレネが褒めてくれていたのでそんなに悪くはないはず。なによりこっちの方がアルマスに貰ったリボンと合っている気がした。


 着替えてから大きな鏡の前で何度も服装を見直す。正面から見据えてみて、腰を捻ったり、横を向いてみたり、また正面からポーズを取ってみたりと念入りに確認をしてようやく納得する。


「あっ」


 部屋を出て階下に降りると、リビングにはヘレナがいた。よく手入れされた艶やかな黒髪を背に流し、背筋の伸びた姿勢で椅子に座っている。ヘレナは既に朝食を終えて、食後のハーブティーに口を付けようとしていた。


 今までのリーリヤとヘレナの関係であれば互いに顔を見合わせても朗らかな会話なんて起きようもなかった。半ば意固地になったリーリヤが形式的に話しかけ、ヘレナはまるで聞こえなかったかのように振る舞う。その後には無言の冷戦が始まるのが常だった。


 いつものように返事を期待せずに挨拶をしようとして、リーリヤは躊躇してしまう。昨日のヘレナの表情が頭を過ぎったのだ。

 どんなにリーリヤが話しかけても素知らぬ顔をする。たまに反応したかと思えば鬱陶しげに睨み付けてくる生意気な年下の少女。なのに昨日のヘレナの態度はどこか違っていた。


 目の前で火事が起き―――『起こした』と言った方が正しいかもしれない―――、そのまま何も言わずに失踪したリーリヤ。真実を語るわけにもいかないので、火事に動転して街に飛び出しそのまま迷子になったところをアルマスに保護して貰ったと説明している。前にも夜になっても帰らないという迷惑をかけているのに今度は丸一日だ。イレネとトビアスにはとんでもなく怒られた。2人とも夜通し街中を探し回ったそうで、目元にはくっきりと隈が浮き上がり、イレネに至っては泣いたのか瞼も赤かった。アルマスの工房にも来たらしいが入れ違いになってしまったらしい。


 後から知ったが最近噂になっている不審者がいて、ついに人攫いの被害が出たのではと街の自警団とやらも巻き込んだ大騒ぎになっていたのだという。

 ヘレナも例外ではなく、色々と付き合わされたのだろう。リーリヤを見つけたヘレナは掴み掛かってくるほどの物凄い勢いで怒鳴ってきた。それこそ普段のつれない態度からは想像できないほどに。初めは余計な面倒をかけさせたリーリヤへの不満が爆発したのだと思っていた。けれども、あの不機嫌の中に垣間見えた泣きそうな表情はまるでリーリヤのことを本当に心配していたかのようで―――。


「おはようございます」


 リーリヤの戸惑いを断ち切るようにヘレナが朝の挨拶をする。

 リーリヤはぎょっとする。まさかヘレナの方から話しかけてくるとは思っていなかった。


「お母さんとお父さんはもうお仕事です。昨日、一昨日の埋め合わせで結構大変みたいですけど。わたしは学校なのでもう少しで出ます。あなたの朝食はそこに用意してあるのでお好きにどうぞ。今日は早く起きてくれて助かりました。書き置きを残す手間が省けましたから」


「っ!?」


 あのヘレナがリーリヤに向かって真っ当な会話をしてきたことに驚きすぎてリーリヤは咄嗟に返事ができなかった。


「なんですか、その顔は」


「だって、あんた・・・」


 いつも無視するじゃない、と続ける前にヘレナは大きく嘆息する。相変わらず生意気な様子は健在だ。

 そこになぜかリーリヤはほっとしてしまう。


「・・・大人気なかったと反省したんです」


「大人気・・・?」


「ええ。今までのわたしは大人気なかったです。わたしが思うよりもずっとあなたは世間知らずでした。そして、とんでもないポンコツさんなのだと思い知ったのです。なにせ一度ならず二度までも迷子になって帰れなくなるくらいですからね」


「うぐっ」


 先日のこともあってリーリヤは反論できなかった。


「その上、いい歳して大人の女性としての上品さもまったくありませんよね。子どもっぽくて強情で、何かと張り合ってきますし。全然譲ってくれませんもんね。あとは見栄っ張りなところもありそうです」


「ぐぬっ。むぐっ。ぐむぅ・・・!」


 心当たりはある。

 リーリヤも自分がイレネのような優しくて懐が深い女性だとは思ってはいない。


「わたしもイライラしていたことは認めます。無意識でしたが勝手に期待していたのでしょう。いろいろと、です」


 ヘレナは偉そうに腕を組む。

 理屈はわかる。

 13歳のヘレナが18歳のリーリヤに求めるものがあったということだ。優しさであったり、寛容さであったり、他にも幾らでもありそうだ。


 いや、とリーリヤは考え直す。やっぱりその理屈はおかしいと。

 リーリヤだって最初はヘレナに歩み寄ろうとしていた。それをヘレナが一方的に拒否したのではないか。反省する気持ちと納得いかないモヤモヤに板挟みになっていたリーリヤは、ヘレナの次の発言で全てが吹き飛んでしまう。


「そこでわたしは考えました。年上のお姉さんだと思うからダメだったんです。だから、発想の逆転をしてみました。つまりですね、()ができたと思うことにしました」


「はぁ・・・?」


 リーリヤはヘレナが何を言っているのかわからなかった。


「いもうと・・・」


 頷くヘレナ。じわじわと時間をかけて言葉の意味が染み入ってくる。


「妹ぉ!?」


「ええ。大きな妹です。妹の世話を焼かないといけないのでお姉ちゃんは大変です。あっ、わたしのことは『ヘレナお姉ちゃん』と呼んでくださいね」


「誰が呼ぶかっ!」


 やっぱりこの少女は生意気だ。それもとんでもなくだ。

 早朝のステーン家にリーリヤとヘレナの口喧嘩が響き渡る。この小生意気な同居人とはまだまだ仲良く出来そうにはなかった。しかし、その言い合いはいつもよりもちょっとだけ棘が少なめで、ちょっとだけ温かいものに感じたのは気のせいではないと思った。

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