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魔女が哭く、賢者はスープを飲む  作者: リンゴとタルト
第1章 魔女、街に棲む

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21.魔女が哭く、賢者はスープを飲む

 アルマスは振り返る。

 老婆のような女の声がした狭い路地の奥は昼間であってもなお濃い闇が広がっている。澄み渡った青空から眩しいほどの日射しが降り注ぐからこそ建物の合間にできる影はより深くなる。そこに誰がいるのか、大して距離を隔てていないのにアルマスからは見通せない。


 しかし、誰かはいる。それは確かだった。

 足音もしないのにその誰かが近付いてくる気配がする。


 アルマスは路地の横の壁に背を預ける。路地にいる誰かと話していると思われないように。

 話している口元が見られないよう、顔を俯かせて目線を足元の石畳へと落とす。

 アルマスの視界に漆黒の人影が映り込む。路地の隙間から伸びているそれは女の形を象っていた。


「あなたが街中で話しかけてくるなんて珍しいですね。それもこんな真っ昼間に」


 アルマスはいつもの軽い調子で話そうとして苦労した。ともすれば声が上擦ってしまいそうだった。

 枯れた葉が擦れるような乾いた不快な音が鳴る。影の主が笑ったのだ。


「たまにはそういう気分のときもあるのさ」


 どういう意味合いか。アルマスが意図を汲み取ろうとする前に話が続けられる。


「まったくひどい奴だね、錬金術師というのは」


「ひどい、ですか」


「そうとも。一部始終だけどね、見させてもらったよ?よく飼い慣らしているようだね」


 何を、とは問わなかった。問う意味はないからだ。

 影の主はわかっている。すべてではないにせよ、アルマスの思惑を知っている。


「魔女を街に招き入れると聞いたときには正気を疑ったけどね。存外上手くやるじゃないか」


「彼女は正式には魔女ではなく、魔女見習いですよ」


「ふふ。彼女は魔女だよ」


 当然のことのように影の主は断言する。


「彼女は、リーリヤは、白霞の森に認められなかった」


「関係ないね。妖精を統べる者、それすなわち『魔女』だよ。どこかの土地の守人であろうとなかろうとね」


 アルマスはそれ以上反論をしなかった。

 リーリヤが魔女であろうと魔女見習いであろうとそこに大きな違いはないからだ。

 どちらであっても結局は世間に知られた時点で終わりだ。迫害を受け、街を追われることになる。妖精のいない街中ではいくら魔女であっても為す術はないだろう。


 アルマスが眉間に皺を寄せていると、それが面白いとばかりに影の主は楽しげな声を上げる。


「君の二面性には驚かされるね。そんなにも魔女相手に親身になれるのに、()()()()()()()()()を平気でする」


「ひどい勘違いだ。俺はいつだって誠実な男ですよ」


「ふふふ。そう言われるとそうかもね。でも、客観的には悪い冗談のようだよ?それはそれで楽しめるから私はいいのだけどね」


 意地が悪い。

 そうとしか言いようがなかった。きっとアルマスが苦悩する姿を見せたところで、この人物は良い酒の肴とばかりに嘲笑うつもりだ。


「悲劇を繰り返すわけにはいかないでしょう」


「魔女のもたらす悲劇と言えば魔都パラハクフキかな?」


「ええ。昔話にするほど昔ではなかったと記憶してますよ」


 魔都パラハクフキ。()()()()()()()、精霊の暴走によって滅んだ都市だ。伝説や逸話を紐解けば精霊と関わって消滅した都市は幾らでもある。だが、ここ百年の間に起きた都市に深刻な被害を与えるほどの精霊災害はあれだけだ。その原因は魔女にあったとされている。


 影の主は忌々しげな声色に変わる。


「はた迷惑な話だよ。あの『魔女』め。あれで計画がどれだけ狂ったと思っているのか」


 込められた怒りに呼応して影の黒さが増し、歪に膨れあがった気がした。

 上空を泳ぐ雲がたまたま過ぎったのかとアルマスは空を仰ぎ見る。そこには穏やかな青い空が広がっている。適当そうな雲はどこにも見当たらない。

 目線を戻したときには影はただの女性の形に戻っていた。


「まぁ、錬金術師くんの言うことも一理あるね。あれを繰り返させるわけにはいかない。そのために魔女に首輪を付けるのは1つの方法として『あり』だ。今回打ち込んだ楔は彼女の魔女としての行動を大いに狭める役目を果たすだろうね」


 『首輪』に『楔』。

 それの意味するところは『罪悪感』だ。自身よりも年下の、心根の優しい善良な少女に謂れのない罪を擦り付けた。この事実はリーリヤの心を戒め続ける。少なくとも安易に魔女の力に頼ることはなくなったと見ていい。


「そもそも魔女がこの街にいなければ気にする必要もない話なんだけどね?」


「何度言われても答えは同じですよ。結論は出ていると思いますが?」


 その論争にアルマスは付き合う気はなかった。


「わかってる、わかってる。君には必要なことだったんだろう?私もそこまで蒸し返す気はないって」


 頑固さに呆れたと言わんばかりの大袈裟な溜め息をされた。

 アルマスは澄ました顔を取り繕う。この点に関しては誰が相手であろうと譲れなかった。


 ふむ、と影の主は意味深に呟く。


「『勇ある者はスープを飲む』。君はこの言葉を知っているかい」


「古い慣用句ですね」


「そうだとも。『挑戦する者こそ、幸せを手にする』という意味だよ」


 アルマスも知っている。

 北の大地に昔から伝わる言葉だ。


「けど、私は思うんだよ。『幸せ』を『良い結果』と解釈するのであれば、『勇ある者』よりも『賢き者』こそが、それを手にするのではないかとね」


 やっぱり底意地が悪い。

 アルマスは悪態を吐きたくなるのを堪えた。影の主の言わんとすることは明白だ。


「君を見ていると余計にそう思うね。ふふふっ」


 小刻みに揺れる影と織りなす掠れた笑い声が不愉快で堪らない。

 それでも無視するわけにはいかなかった。アルマスは努めて冷静さを維持する。


「ねぇ、教えておくれ。よくあんな薬が作れたね。素材がないと君は文句を垂れていただろう?」


 相変わらず抜け目ない。その話を直接した覚えはないというのに。いったいどこで耳にしたのか。


「ちょうどよく、良い素材(もの)を手に入れることができただけですよ」


「良いもの。良いものね。ふふっ。悪趣味だね、君は」


 影の主は含みのある笑いを止めない。

 捕まえた獲物を嬲るようにじっとりとアルマスを追い詰める。


「では、ご教授いただこうかな。その『良いもの』とやらはなんなのか」


 知っているくせに。

 あえて影の主はアルマスに言わせようとしている。

 悦楽的ではあれど、これは試されている。アルマスもまた応えるほかないのだ。


「最も身近な素材ってなんだかわかります?」


「ふふっ。それなら簡単だよ、クッカ草、いや・・・。この話の趣旨を考えると、そうだね。・・・・・・人間、かな?」


 悪戯っぽく影が呼応した。

 巫山戯ているようで的を射ているのが余計にたちが悪い。

 アルマスは頷く。


「正解。だけど、それが『良い素材』かというとちょっと違います。確かに人間は可能性の宝庫であらゆる因子を内包する。しかし、素材としては粗悪品もいいところ。因子の強度が圧倒的に足りない。不安定すぎてとてもじゃないけど錬成に使うことなんてできやしない」


 人間を素材にする。

 かつて大真面目に探求をされ、現在は禁忌と断定された異端にして邪法。


「もちろん、解決手段も一応ありますよ」


 例えば殺すとか。

 最も簡単な因子の安定化は人間の生命活動を止めること。そうすれば人間に宿る因子は錬成に耐えうる強度で安定する。

 しかし、現代では誰もそんなことはしない。

 なぜなら意味をなさないから。


「けど、それは因子の多様性を狭めることになる。本末転倒なんですよね」


 安定した因子を求めて人間を殺めた時点で、人間の持つ複雑にして多種多様な因子の多くは失われる。残るのは大して有用でもない極少数の因子のみ。人間に宿る多彩な因子を錬金術に活かすのはまずもって無理なのだと血生臭い歴史が証明している。


「でも、一つだけ例外がある」


「魔女、というわけだ」


 あはは、と影の主は嬌声を上げる。

 楽しそうに、愉しそうに笑っている。


「ええ。魔女は魔力を自在に操る。それも精霊よりもよっぽど自我、いや根底かな、揺るがしがたい本質を持つ妖精すら力尽くでねじ曲げて支配するほどに。魔女であれば強度の高い因子を生み出せる。それも人間の持つ多様性を保ったまま」


「なら、魔女の生き血でも回収した方が早いんじゃないかい?それこそ、その命を絶って臓器だろうと血だろうと自由に使えばいいじゃないか」


 影の主は恐ろしいことを軽々しく語る。

 アルマスは首を横に振った。


「さっきと同じですよ。それは因子の可能性を狭める。それにただ魔女の血を採取したってそんなに意味はありませんよ。多少の因子はあってもそれだけ。それよりも様々な感情が複雑に絡まり合って大きく昂ぶった時、そんな一時にこそ得られるものに俺は興味がある。きっとそれは未知の可能性に溢れているだろうから」


「なるほどね。それであれというわけだ」


「ええ。名付けるなら『乙女の一雫(ひとしずく)』と『黄金の清水(きよみず)』と言ったところですね」


 『白日への焦がれ』を錬成する際に使った特別な素材は3つ。

 1つは『ラミリエシーの星水』。そして、残りの2つが『乙女の一雫』と『黄金の清水』だ。


 『乙女の一雫』は文字通りの一滴のみ。この一滴に凝縮されるように膨大な因子が渦巻いていた。うっすらと黄金に染まった液体である『黄金の清水』は採取の際に水と混ざったせいで薄まってしまったものの、それでも豊富な因子が蓄えてあった。

 そのどちらもが()()()()()()()()()()()()()()


「ものは言い様だね。ただの()()()がそんなにも大仰な名称になるとは」


「率直な言い方をするとその通りなんですけどね。折角、洒落た表現にしたのに台無しです。それはそれとして、素材としては凄まじい品ですよ。特に『涙』の方は。惜しむらくは俺が望んでいた因子は内包されていなかったことくらいですか」


「錬金術師アルマス・ポルクの『目的』ね」


「・・・・・・」


 影の主はアルマスのことを知っている。だが、すべてを知っているわけではない。

 アルマスがなぜ錬金術の最高峰である学術都市シニネンクーマからわざわざこの地方都市フルクートに来たのか。諸共破滅する危険性をはらむリーリヤを匿い、街で暮らせるよう甲斐甲斐しく世話を焼いているのか。

 その目的は秘したままだ。真意を誰に語るでもなく、アルマスの策謀は淡々と進められていく。


「おお、怖い。錬金術師とは業が深いね。やはり『勇ある者』よりも『賢き者』の方がスープを飲むようだ。ああ、でも・・・」


 俯いているアルマスには影の主がどこを向いているかは知りようもない。なのに、その視点がリーリヤに向いた気がした。


「互いの目的のために手を取り合ったよしみだ。忠告をしてあげよう。魔女が街に()()。それはたかが1つの楔を打ち込んだ程度で解決するほど甘いものじゃない。あまり情を持たない方がいいよ」


 あの耳障りな笑い声はない。

 けれども、アルマスは石畳にくっきりと映し出された黒い影(シルエット)が嗤ったと思った。


「どうせ失敗するだろうからね」


 嗤い声の代わりとばかりに狭い路地を吹き抜ける風が震えるように反響し、次いで鳥の羽ばたく音が聞こえた。

 アルマスが路地を振り返ったときにはもう誰もいなかった。


「そんなこと、初めからわかってますよ」


 明るい太陽の下から路地の暗闇へと一歩踏み込んだアルマスの瞳は怪しく紫色に揺らめいていた。

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