9.秘密のお茶会1
リーリヤは手に持ったカップを揺らす。
ちゃぷと音を立てて波打つのは赤みのあるお茶だ。うっすらとした甘みと渋みが同居するこの飲み物は、「クッカ茶」と呼ばれて街の住民に親しまれている。茶葉となる乾燥した葉はステーン家の雑貨屋でも扱っている。
原材料はそこらの森に雑草同然に生えているのでとても安価な庶民の代表的な飲み物である。
リーリヤはカップを傾けてほんのちょっぴりお茶を口に含む。
「これがお茶会」
セルマ主催の『秘密のお茶会』とやらはリーリヤの想像よりもちょっとだけ、いや、大分慎ましかった。
こぢんまりとしたテーブルには人数分のカップとお茶菓子のクッキーが乗っている。中央に置かれた小瓶に生けられた花も派手さはなくて、ささやかな彩りを添えていた。白いテーブルクロスに縫われた花の模様は洗練さの代わりに素朴さがある。これは自作だとセルマが言っていた。リーリヤが指先で縁をなぞる木製のカップも表面にちょこんと描かれた熊の絵が可愛らしい。
お茶会の体裁は整っているのだろうし、セルマなりの拘りや真剣さは垣間見える。それはリーリヤだってわかっているのだ。それでもどこか物足りなさを感じてしまう。
広い庭園に用意された豪奢な大きいテーブル。その上には白磁の茶器に注がれた香しいお茶とたっぷりのお菓子が並べられ、麗しく着飾ったご令嬢達が談笑する。それがリーリヤの乏しい知識から想像した『お茶会』だった。
そして、そのイメージはセルマの容姿と雰囲気がもたらしたものでもある。首元までのふわふわとした金髪と愛らしい容姿をした少女はどこぞの名家のお嬢様を思わせてならない。それがまたリーリヤの勝手な期待と勘違いを助長した。
しかし、思い返せばセルマは確かに言っていた。自分は街の小さな食堂の娘だと。てっきり高貴な身分の人が正体を隠すための方便だと思っていた。まさか本当に食堂の娘だったなんて。
だからこのお茶会がどこか質素で庶民的であってもそこを責めるのは間違っている。これについてはセルマのせいではなく、リーリヤの思い込みが悪いのだ。
でも一つだけ言いたいことがある。
「秘密の、お茶会なのよね・・・?」
疑念の籠もったリーリヤの声は簡単にざわめきに飲み込まれた。
耳を澄まさなくても聞こえる喧騒は人の気配を色濃く漂わせている。リーリヤは目線を横に滑らせる。そこにあるのは活気に満ちた光景だ。まだ昼時には早いのに見渡す限りの席全部が飲み食いに興じる人達で埋まっている。どうやらとても繁盛しているようだった。
ここはセルマの両親が営む食堂だった。何を隠そう『秘密のお茶会』は思いっきり食堂の店内で行われている。かろうじて窓際の端っこの席であるとはいえ、果たしてこれは『秘密』と言えるのだろうか。なんなら手を伸ばせば隣のテーブルに届きそうな距離感だ。
「ねちっこい人ですね。黙ってお茶を飲むこともできないんですか」
リーリヤが漏らした独り言に反応したのは正面に座ったヘレナだった。セルマは席を外していてこの場にはいない。他の参加者もいないのでテーブルに着いているのはリーリヤとヘレナの二人だけだった。
それはそうとなぜかヘレナはリーリヤを無視することを止めたようだった。何がきっかけでどういう心の変化があったのかリーリヤにはまったくわからない。冷たい無言の対応をする代わりにヘレナの言動はトゲトゲしいことこの上ない。リーリヤがすること言うこと全部に皮肉のたっぷり効いた嫌味をぶつけてくる。
無性にあの沈黙の空間が懐かしい。トビアスの気持ちが少しわかってしまったのが悲しいところだ。喉も渇いていないのに何度もカップを口元に運ぶくらいには居心地が悪かった。
「うるさいわね。ちょっと気になっただけでしょ。それにもう十分飲んだわよ。これで何杯目だと思ってるの?」
むっとして言い返せばヘレナはあからさまに嘲笑した。
「知りませんよ。何も考えずにがぶがぶ飲むからでしょう。・・・というか本当に意味がわかりません。そんなに喉が渇いていたんですか。それともただのおバカさんなんですか」
「うぐっ」
手痛い返しにリーリヤは黙り込む。
リーリヤはお茶を飲み過ぎて膨れたお腹を両手でさする。リーリヤだって飲みたくて飲んだわけではないのだ。
そもそもリーリヤはこのお茶会にさして興味がなかった。本来の目的はセルマから妖精の関わる揉め事について聞き出し、それを見事解決してみせること。わざわざお茶会の誘いに乗ったのは無遠慮に断ってセルマがへそを曲げたりしないようにと考えただけだ。
そのため、お茶会なんてさっさと終わらせたいというのが紛う事なき本心だ。多くの人がひしめき合うこの食堂に入ってからはなおのこと強くそう思った。自分で言うのもなんだがリーリヤは人見知りなのである。故郷の森にいたときはまるで気にならなかったのに今は近くに見知らぬ人がいると苦痛に感じる。
長々とお茶を飲みながらの会話はしたくなかった。セルマに差し出されたお茶をすぐさま飲み干してセルマに話を促すつもりだった。お茶会なんてお茶を飲んだら終わるとリーリヤは思っていたのだ。
実際は違った。終わりではなくて、これは始まりだった。
セルマにより丁寧に準備されたお茶は温かくはあっても熱くはなかったので、リーリヤは火傷することもなく一息に飲んでしまった。それを見たセルマはなぜか喜んだ。そして、嬉々としてリーリヤのカップにお代わりを注いだのだ。
リーリヤとしてはお茶を飲んだのだからお茶会も終わりという認識だったのに。
そこでリーリヤはある疑問に直面する。
お茶会というのはお茶を何杯飲めば終わるのか。1杯ではない。セルマがお代わりを用意したのだから。では2杯なのか?それとも3杯?
混乱したリーリヤはセルマに注がれるがままお茶を飲むことを繰り返し、ポットの中身が空になるまでそれは続いた。多分、5杯は飲んだ。そして、セルマが嬉しそうにお茶を淹れ直してくるといったところでリーリヤは悟った。
お茶会はお茶を何杯飲もうと終わらない。これはきっとセルマが『お開き』と判断しない限り終わらないのだ。
残ったのは何をしているんだろうという虚脱感とたぷたぷとなって苦しいお腹だけである。もっと早く気付くべきであった。
セルマがこの場にいないのはそういう経緯があってのことだ。未だに妖精の話どころか何一つ話は聞けていない。リーリヤはくどくどと止まらないヘレナの辛辣な言葉を甘んじて受けながら待つしかなかった。
「お待たせしました。お代わりたっぷり用意してきましたよ」
大きなポットに並々とお茶を補給してきたセルマがにこやかに戻ってくる。もう一口だってお茶を飲みたくないリーリヤはちゃぷちゃぷ水音のするポットにげんなりした。
彼女は席に着くと両手を軽く打ち合わせた。
「それではお茶会を始めましょう~」
まだ始まってすらいなかったことにリーリヤは戦慄する。
もはや妖精も花の乙女もどうでもいいので帰りたかった。ステーン家のあの薄暗い部屋で毛布にくるまって空を見上げていたい。きっとそれだけで心が安らいでいくはずだ。
リーリヤの憂鬱な気分はさておき、主催者であるセルマの関心はどうやらリーリヤに向いているらしかった。開始早々セルマはその綺麗な翠色の瞳をきらきら輝かせてリーリヤを見つめてくる。
「あ、あの!リーリヤさんに聞きたいことがあるんです!」
早速妖精に関する話をするのかと思ったリーリヤは椅子の背もたれに寄りかかるのを止めて聞く姿勢を整える。
「ええ。もちろん、どうぞ」
この娘はなんて幸運なのだろう。魔女直々に教授して貰うことなど弟子でもなければありえないことだ。リーリヤはもともと魔女のなり損ないの見習いだったし、既に追放された身ではあるけれども。
それでも妖精に対する知見はアルマスを軽く凌駕すると自負している。
「リーリヤさんがお嬢様というのは本当ですか!」
「ぐふっ」
咽せるリーリヤ。
予想外の質問がセルマから飛んできた。
なんと答えるべきか躊躇してからリーリヤは震える声で言った。
「ホントウよ・・・」
まさか、いいえと言うわけにもいかない。
アルマスのほら話がこんな少女にも知れ渡っているとは。
「とてもそうは見えません。この人が高貴なご令嬢?名家のお嬢様?どう見たって名前負けしてます」
鋭い指摘はヘレナだ。
それはそうだ。本当はお嬢様でもご令嬢でもなんでもないのだから。それでもリーリヤはそれを素直に認めることはできなかった。
じゃあ、どういう経歴なのかと聞かれるのも困るし、なんでそんな嘘を付いていたのか問われたら益々答えられない。もうこの設定で押し通すしかないというのがリーリヤの結論だ。
「いえ、一人じゃなんにもできないところはそうかもしれませんね。ぼうっとしてるだけのお飾りのお嬢様ならお似合いです」
「そういうあんたは口を開けば文句に嫌味ばかり。その上いっつもむっつりして。何?そんなに構って欲しいの?とんだお子ちゃまね」
「はぁ?誰が相手してくれなんて言いました?そもそもあなたが迷惑ばかりかけるから仕方なくわたしが対処してあげてるんですよ。文句の一つや二つ受けるのは当たり前です。いい歳して迷子になって手間かけさせたのは誰ですか?むしろ、わたしの方が大人ですよ」
「ふんっ。ちんちくりんのくせして大人ぶるところが子どもなのよ」
「わたしはこれから成長するんです!心はもう立派なレディです!」
テーブルを挟んでいがみ合うリーリヤ達を見てセルマは羨ましそうに言った。
「二人とも仲良さそう」
思わず言葉を失ったのはリーリヤだけではなかった。ヘレナも目を見開いて絶句している。
「いいなぁ。ヘレナちゃん。素敵なお姉さんがいて」
「セルマさん、正気ですか!?わたしとこの人はすっごく仲が悪いですし、ましてやこの人は無職の居候ですよ!?」
ヘレナに言われるとむかつくが概ね同意だ。自身で言うのもなんだが今のリーリヤに『素敵』という表現が出てくるのはちょっとおかしい。セルマは一体リーリヤの何を見て判断しているのか。
「実はお嬢様に憧れてて」
照れくさそうにセルマが両手で頬を押さえる。
その瞳は羨望の感情で満ちている。
そうだった。今日のリーリヤの服装はちょっとした良いところのお嬢さんのような格好をしているのだった。セルマは完全に見た目でリーリヤを判断していた。
「リーリヤさんがお茶を気に入ってくれて良かったです。なるべく良い物を準備したつもりだったんですけど。やっぱりお口に合うかは心配だったんです。上街では香りが豊かなハーブティーが主流と聞いていたので。クッカ茶みたいな庶民の飲み物を出しても大丈夫なのかなって。でも、ハーブティーなんてよくわからないし、お小遣いも少ないから高い物は買えないしで」
あの満面の笑みと何度もお代わりを勧めてきた理由はこれだったのか。
リーリヤは本物のお嬢様じゃないので口に合う合わない以前の問題だ。なんならハーブティーとクッカ茶の違いもあまりわかっていない素人だ。
セルマは色々と考えていたみたいでリーリヤは逆に申し訳なくなってくる。
「上街のお嬢様達のお茶会には及ばないのはわかっているんです。それでも少しだけでも近づけたくて。それになにより花の乙女様になった気分を味わえるので。女の子なら憧れちゃいますから」
「ん?なんでそこで花の乙女が出てくるの?」
今はお嬢様のお茶会に憧れるという話をしていたはずだ。なのに急に花の乙女の話に切り替わった。花の乙女とお茶会になんの関係があるというのか。
「え?リーリヤさんご存じないんですか?」
「常識です。本当に何にも知らないんですね、この人は」
首を傾げるリーリヤにセルマもヘレナも驚いている。いや、ヘレナはやっぱり嘲笑っている。
「きっと生活の一部になっててそういう認識がないんだよ、ヘレナちゃん。そこが箱入りお嬢様って感じがして素敵」
さっきからセルマのリーリヤに対する好感度が勝手に上がっている気がする。
この娘は思い込みが激しすぎるのではないか。ここまで来ると真実がばれたときに幻滅されるのが恐ろしい。セルマの前ではリーリヤはより一層気を張ることになりそうだった。
セルマ曰く花の乙女にとってお茶会はとても重要なものらしい。理由などの詳しいことはセルマも知らないらしいが、花の乙女は昼間から優雅にお茶に興じるものなのだそうだ。
そして、この花の乙女というのは所謂上流階級のお嬢様方の嗜みでもあるそうだ。
なんだか混乱する話である。たかだか妖精を扱うのにお茶会だとか上流階級の嗜みだとかわけがわからない。正面から魔力でもって押さえつける。たったこれだけのことだというのに。
しかし、これで一つ謎が解けた。アルマスがなぜ『お嬢様設定』を考えたかだ。身分の高いお嬢様であれば妖精の扱いについて少なからず心得があるというのがこの街での一般常識だと言う。
ならばこそ、リーリヤが妖精関連でボロを出してしまっても『お嬢様だから』の一言である程度は誤魔化しがきくというわけだ。
何も考えていないようでアルマスがいろいろと考えていたことになぜか安堵する。だったら『今日から君は高貴なお家のお嬢様だったってことでよろしく』などと能天気丸出しで軽々しく言うのではなく、少しは真面目な顔して説明してくれればいいものを。
「そういえばセルマさんは花の乙女を目指さないんですか?今年で中等部も卒業ですからそろそろ進路を決める時期でしょう?」
「わたしには無理だよ~。きっと才能ないもの。それに、ね」
「ああ。お金、かかりますものね。上流階級の特権と呼ばれるだけのことはあります」
リーリヤはカップに口をつけてお茶を飲む振りをする。二人の話にリーリヤはついていけなかった。
学校や進路とか出てくるとリーリヤには何が何やらだ。それでも一つ気に掛かることがあった。
「えっと。セルマ、ちゃん」
「はい~、セルマです。なんでしょう、リーリヤさん」
花の乙女にはなれないと眉を下げていたセルマはリーリヤが呼ぶと一転してにっこり笑ってみせた。
うっとリーリヤは詰まる。彼女にとって良い話題ではないから余計に言いづらくなる。
「確かあなた15歳だったわよね。イレネさんから聞いたけど、花の乙女になるには15歳までに見習いにならなきゃいけないんじゃかった?」
リーリヤにも衝撃的だったからよく覚えている。イレネが教えてくれた花の乙女になるための条件だ。その内容で考えてみるとセルマはリーリヤ同様に要件を満たせていないことになる。
「ええ?そうなんですか?」
きょとんとするセルマとは対照的にヘレナはきっぱりと切り捨てた。
「それは昔の話です。今は中等教育終了後から1年以内、つまり16歳になる年の終わりまでに正式な見習いとして認められればいいんです。大した知識もないくせに混ぜっ返さないでください」
「ヘレナちゃん、よく知ってるね」
「アルマスさんから聞きました」
ヘレナは子どもらしい薄い胸を張っている。
悔しいがリーリヤは言い返す言葉がなかった。というかその条件であってもリーリヤは対象外だ。やはり当初の計画通りに多少の無理を押しても実力を見せつけるしかないらしい。
それにしても口を挟まなければ良かったとリーリヤは後悔をする。
リーリヤもヘレナもむっつりと黙ってしまうとセルマがあえて声を明るくして話しかけてきた。
「そういえば、リーリヤさんはこのお茶会がなんで『秘密のお茶会』というかわかりますか?」
セルマは雰囲気を変えるためにあえて話題を転換した。ヘレナ相手ならともかく、セルマの気遣いを無視するのも罪悪感がある。
「・・・いいえ。気になってはいたけど」
リーリヤが周囲を見回せばお昼が近づいてきたせいで人と活気がさっきよりも増していた。ちょっとしたお喋りであれば喧騒にかき消されるので誰かに聞かれることはないのかもしれない。そういう意味では『秘密』とも言えなくもない。
「うふふ。それはですね、このテーブル。実は魔具なんです!」
セルマの答えは違った。彼女はテーブルの裏を指でコツコツと叩いてみせる。リーリヤも下から覗いてみれば青く光る結晶がテーブルの中央付近に埋め込まれているのが見て取れた。
「なんと『静穏』の効果が施されているんです~」
つまりはこのテーブルでの会話を周囲に聞こえなくするというわけだ。逆に周囲の喧騒は今も聞こえているので、完全に音を遮断するのとは違うらしい。
リーリヤの反応は薄かった。魔女にとっては妖精を使役すればこの程度なんてことはない。人はおろか森や湖さえも覆い隠すことだってできる。それと比べればなんともささやかな効果である。
「たくさんテーブルはありますけどこれだけなんですよ、魔具になってるのは。ねっ、ヘレナちゃん」
「もともとは秘密の会合にでも使われていたんですかね。悪巧みをするにはおあつらえ向きの環境ですし。今は普通のテーブルとしてしか使われてないようですが」
なるほど『秘密のお茶会』の由来はわかった。しかし、肝心なことを聞いていない。
「わざわざそんなことまでして何を話すのよ?」
セルマはヘレナと顔を見合わせてから悪戯をするような表情をした。
「それはもちろん一番は愚痴の言い合いっこですよ~」
「はぁ・・・?」
リーリヤは拍子抜けした。何かと思えばそんなしょうもないことだったとは。
セルマは人差し指を立てて小刻みに振りながら続ける。この少女は仕草の一つ一つに愛嬌がある。そんなところが人を惹き付ける秘訣なのだと思う。さっきもお茶を運ぶ際に何人もの客から親しげに声をかけられていた。これが看板娘というやつか。つくづく自分とは違う可愛げのある少女だ。
「例えば髪が跳ねてまとまらないとか、学校で嫌なことがあったとか。そういう日常の些細な不満や悩みですね。他人に聞かれるのは恥ずかしいけど、誰かに聞いて欲しいことを言い合うんです。意外とスカッとします!」
「セルマさんはもっぱら聞き役ですけどね」
「え〜。そうかなぁ。わたしも結構ヘレナちゃんに言っちゃってると思うんだけど」
指を顎に当て小首を傾げるセルマに対し、ヘレナはすっと背筋を伸ばしてすました表情でお茶を飲んでいる。その様子はリーリヤよりもよっぽど堂に入っている。
店内という大勢の人がひしめく中にあって、セルマもヘレナも気にした様子もなく自然体で過ごしている。リーリヤなんて店内のどこかで大声や歓声が上がる度にびくびくとしているのというのに。リーリヤは自分だけが場違いな気がして心持ち背中を丸めてしまう。それを咎めたわけではないだろうが、ヘレナはリーリヤを見やってその青い瞳を細めた。
「セルマさんはほっこりするエピソードばかりじゃないですか。わたしの方がよっぽど深刻ですよ。最近の悩みは居候さんが穀潰しなのでいつも家にいて困っていること。毎日、陰気な顔を見る身にもなって欲しいです」
絶対にあてつけだ。
セルマですら苦笑している。
反応するのも癪だったのでリーリヤは無視をする。一体どちらが陰気なのかはっきりさせてやりたいところだ。リーリヤも自分が明るい人間ではないのは理解しているけれどもヘレナだって大概だ。いつもイライラしているのはヘレナの方なのに。
「後は父親が粘着質で鬱陶しいことです」
ここだけ感情の入り方が全然違った。結構本気でヘレナは嫌がっている。
リーリヤも端から見ていて同じことを思った。トビアスはヘレナに対して執拗なほどに構うのだ。愛情の裏返しとイレネは言っていたが、あれはリーリヤでも嫌だ。それにしても思いがけずステーン夫妻の頼み事を達成してしまった。ヘレナがトビアスをどう思っているのか、帰ったらこっそり教えておいてあげよう。
リーリヤは地味な達成感を胸に抱いた。
「ですが、今日はセルマさんの方が真剣な相談があるんですよね?」
ふいにヘレナの青い瞳がセルマの姿を映す。そこには親しみの感情が見て取れた。暗い感情はすでに一片も残っていない。
感情の落差が激しすぎる。これが年頃の少女というものなのか。見ているこちらの方がついていけない。
ともあれ、リーリヤとヘレナの注目がセルマに集まった。
リーリヤの肩にも自然と力が入ってくる。
さあ、ここからがお茶会の本題だ。