父親
がちゃ、キィ…
この屋敷に避難した翌日の夜、玄関が開く音で目を覚ました。
隣で眠るシトラスは未だに目を覚まさない。
「アルト…」
「お嬢様、この部屋で静かにやり過ごしましょう」
他の部屋からドアを開く音が聞こえる。
つまりここには私たち以外に何かが居る。
私たちは戦えるはずもなく、隠れるしかできない。
なんて情けない…
シトラスを守らなければならないというのに、隠れるしかできないのだから…
がちゃ…
この部屋の扉が開いた。
「…リアンナ。居るのだろう」
「お、お父、様…?」
屋敷の侵入者は、お父様だった。
いつもと変わらずビシッとした服を着た、厳格な父親だ。
「探したぞ。まさかこんな所まで逃げてくるとは…」
「な、んで…どうしてここにいるって…!」
「見張りのコウモリが知らせてくれたのだよ」
そう言って、屋根裏から出てきたコウモリの頭を撫でる父上。
そうだ、別荘を無防備にしているはずがないだろう。
「さぁ、帰るぞ。お前に相応しい相手を見つけたのだ。お前には結婚してもらう」
「嫌よ!私は自由に生きるって決めたの!これ以上お父様の言いなりになんてなりたくないわ!」
「…ふん。お前を誑かしたのはその女か」
そう言って睨みつけるのは、目を覚まさないシトラス。
お父様の目は、「余計なことをしやがって」と、敵意を持った目だ。
それを見たアルトはシトラスを抱きしめ、反抗の意思を見せている。
「貴様もか、駄犬」
「ええ、そうですとも。私が忠誠を誓ったのはお嬢様とシトラス様だけです。あなたが入る隙間なんてありません」
「恩を仇で返しおって…リアンナがどうしてもと言うから面倒を見てやったのだ。誰のおかげで今日まで生き長らえていたのか、よく考えながら死ぬがいい」
そう言ったお父様の目が、赤く光った。
吸血鬼がその力を発揮する時の兆候だ。
私はお父様の腕を引っ張り、止めた。
「ダメ!その2人だけは…!」
「離しなさい」
「…ついて、いくから…私、屋敷に戻るから!だから…その2人、だけは…!」
「なっ…!?駄目ですお嬢様!」
力は無いし逃げられない。
お父様を止めるにはこれくらいしか方法はないのだ。
大好きな二人には生きて欲しい。
小さい頃からずっと一緒に居たアルトは勿論。
シトラスは、私の勝手な都合で殺してはいけない。
この人は、この世界に必要な存在だから。
それに…私の大好きな人だから、死んで欲しくない。
「アルト…ごめんなさい。私の為に仕事まで捨てて探しに来てくれたのに…」
「お嬢様…!」
「あなたの事もシトラスの事も、ずっと大好き。元気でね」
「…ふん、リアンナを保護してくれた礼だ。その女が目覚めるまではこの屋敷を使う事を許可する。さあ行くぞリアンナ。来週には式をあげるぞ」
「…はい」
そう、これで良いのだ。
…2人の命のためなら、これくらい安い。
でもやっぱり、シトラスへの別れの言葉は、直接言いたかったなぁ…




