【僕】を探して
とある作家の【僕】と言う一人称に魅せられ、ずっと恋をしている。
彼の描く【僕】は純粋で儚くて、情熱的で冷静だ。
官能的だけれども、どこか脆さを持った【僕】は、私の想像の中で存在しながらも、未だ現実的に存在していない。
出会っていないだけなら嬉しいけれど。
いつもあなたを探している。
そんな【僕】を探して、図書館に通う。
心地よい風が吹く小窓を開けた空間も、
寒さから逃れるように、暖を取る子供たちも、
暇を持て余すようにうたた寝している老人たちも、全てが私にとって安らぎの空間だ。
もう彼の描く【僕】を全て読んでしまった。
他の作家から【僕】を探したいけれど、全て違う。
タイトルを見ながら指で擦り、インスピレーションで手に取るしかないかと思っていた。
『何かお探しですか?』
『大好きな作家さんを全て読んでしまったので、次に読む本を探しています』
『好きな作家さんを教えていただけますか?』
図書館整理をしていた、司書が私に声をかけた。
私は本を読むが、会話が苦手だ。
作家の名前を言い、端的に好みのジャンルを伝えた。
『ちょっと待ってください』
と少し私を持たせた後、小走りで一冊の本を持ってきた。
『これなんてどうでしょう?これは同じようなジャンルの本です。とても心を揺さぶられます』
『ありがとうございます。読んでみます』
私は新しい本を探す手間が省けて、
新しい作家と巡り会うことになった。
司書が紹介してくれた本は、やはり引き込まれる本だった。
すぐに読み終わり返却する際にあの時の司書がいたので、お礼を言った。
『とても面白かったです。紹介してくれてありがとうございました』
『そうですか、お役に立てて嬉しいです。あの作品を読まれるなら、もう一つお勧めがあります』
次の本を紹介され、そちらも借りてみた。
私の心のピースに合うように、ぴったりはまる本だった。
私は、本を返却する毎にお礼を言い、
司書はその都度私に本を紹介した。
まるで、本の文通のような、往復書簡のような、本を介しての交流だ。
そのやりとりが続いたのは、楽しくて仕方なかったからだ。
返却に行くと、司書(彼)に会える。
私の探していた【僕】とは司書(彼)なのか。
ずっとモヤモヤしながら、ドキドキしながら過ごしてきた。
彼が気になり始め、好きになったのかもしれない。
だけど、伝えることはできない、相手は【善意】なのだから。
そして気づいた、
私は彼に染められていたことを。
少しずつ、彼の好みに近づいていたことを。
『僕も、あなたにお勧めする本を選ぶのが楽しいのです。返却に来る度嬉しかったのです。いつかお互いの本のおすすめを語り合いませんか?』
お勧めの本に挟まれていた栞に書かれていた。
もしかしてあなたは、私の『僕』だった?