第二日:お見合い
「僕は、天使に魂を売ったんだ。」
とっても甘くて優しい、でもかなり現実的な、
天使と夫婦のお話。そのいちばん初めの物語。
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高校1年生にして、僕は学校アイドルだった。
というか地域でも既にアイドルだった。
やること成すこと、全てがみんなの注目の的。
他人の模範になり、他人を導き…
だから僕は、やりたいことをやれなかった。
自分の夢や興味は制限され、"模範的"なものに縛られる。
ちょっとの悪さも命取り。
みんなが噂するんだ。
あのイケメンが…あのかっこいい人が…
そんな時、僕の前に子供が現れた。
ちっちゃい、10歳は行かないような男の子。
身長も年相応だ。
横断歩道を渡る、ランドセルが嫌に大きく見える
小学生を思い出した。
でもその顔には知性が溢れ、今にも
生意気なことを言い出しそうな目をしていた。
そう。目だ。
幼い顔に似つかない、徹夜明けサラリーマンのような
鋭い目をしていた。
コーヒーをいっぱい飲んだ目。充血はしてないけど。
そしてその立ち姿は、彼がここに明確な目的意識を
持って来ており、少なくとも迷子ではないという事を
示していた。
いや、外なら分かるよ?
現れたのは僕の部屋になんだよ。
僕の唯一の安らぎの場に。僕の秘密基地に。
いったい何故?
かなりオタクちっくで、ドアには幾重にも
施錠がされてる僕の部屋。
香る犯罪臭。
もちろん僕にはそういう趣味はない。
好きな人がいるし。
僕の学校生活の中で唯一安らぐを与えてくれる人。
まぁとりあえず、会話を試みよう。
そこで僕は、僕自身びっくりするぐらい、
とっても冷静な口調でこう聞いたんだ。
「君は、誰かな?」
そしたら、その子はこう言ったんだ。
「てめぇの名前? あぁ〜…んじゃあ、
天使くんとでも呼んでくれ。」
ふーん。でもねぇ…羽も生えてないのに。
と思ったからそのまま
「羽はないのかい?」
と聞くとその子はこう答えたんだ。
「あぁ羽ね、どうも人間ってのは目で判断しがちらしい。
天使って名乗るのが良くないのかねぇ。
想像しやすいようにそうしてるが、
大日如来とガブリエルは同じなんだぜ?
仏教系は名前浸透してないから天使って
言ってるだけで。
まぁ出して欲しいなら出すけどさぁ…」
僕は自分の冷静さに驚きながら話を続けた。
「如来とガブリエルは同じなの?」
天使も暇なのか、話に付き合ってくれたんだ。
「ああ、そうさ。
人間ってのは地を歩くしかできないからか、
飛べるものを上位視しやがる。
ある地方では飛ぶものといやぁ"鳥"だったから、
そいつらの神には羽がついてて、
ある地方ではそれが"雲"だったから、
そっちの神様は雲にのってやがる。
考え方の違いだけで、指してるものは一緒さ。」
「なるほどね。」
頷きながら僕は答えた。
既にこの時にはこの子は本物だろうと考えていたんだ。
僕は質問を続ける。
今まで抱いてきた疑問を、
この子なら答えてくれるという確信と共に。
「天使って呼ぶけど、天使は生物なのかい?」
「天使は[半生物]さ。
[生物]ってのは"魂"と"器"を持った存在だ。
"器"ってのは肉体のこったな。
んで[半生物]ってのは"魂"だけの存在。
まぁ[半精神生命体]とか言ったりもする。
神と生物の中間に位置する創造物ってことよ。」
[半生物]という定義。
僕がこっそり収集を続けたライトノベルの知識では、
[半精神生命体]の方がしっくりきていた。
今考えるとかなりのアドバンテージだったと思う。
「ってことは、神様ってほんとにいるんだね。」
「まぁいなきゃあ俺もいねぇだろうな。
もちろんてめぇも。」
彼が何よりの証拠であり、信じる他はなかった。
ここまでくると、もう全てを受け入れてしまえ!
という気分だった。
「じゃあずっと知りたかったんだけど、
神様って本当は何人いるの?
多神教もあれば一神教もあるからさ。」
「てめぇら創造物の頭で理解できるように、
簡単に言うと同時間軸に無限に存在し、
同時に1つであり、そして存在しない。
まぁ、何人にでもなれるのよ。
同時代に複数干渉すれば、多神教が生まれ、
使者を遣わす、とか
干渉がひとつだけだったら、一神教が生まれるわな。」
神様は何度か世界に手を出してるってことだった。
使者ってのはイエス・キリストとかムハンマドとかを
指しているという事は高校生なら
誰でもわかっただろう。
「干渉ってのは手助けって感じか。
じゃあ神様ってやっぱり全知全能って感じなんだ。」
「全知全能って言葉じゃあ足りねえな。
わかりやすく説明してやるからきぃとけ。
まずな、この世界をゲームだと思え。
ひとつのゲームだ。RPGでもなんでもいい。
んでてめぇら生物はその世界の住人だ。
だが初めてだ。ルールも操作方法もわからん。
ストーリー、つまり歴史もよく知らん。
自由に動けるが法則を満足にわかっていない、
考えても実行することができないやつだ。」
「NPCみたいなもの?」
「いーや違うな。
ゲームの中でしか存在できないという
共通点はあるが、明確な区別ができる。
NPCと違いてめぇらには意思がある。
自由に行動しようという意思がな。
しかし知識がないんだ。
状況だけ説明するとすれば、
難しいゲームを初心者に急に渡した状態だ。」
「天使は?」
「天使はゲームのプレイヤーだ。
それもルールをわかっている正当のプレイヤー。
何をすれば何が作られるのかわかるし、
その法則を操ることが出来る。
仕組み、ストーリー全てがわかってるんだ。
そのゲームのルール以上のことは出来ないが、
ルールに則り時間を止めたり、
姿を消したり飛んだりできる。
そのゲーム内なら万能を誇る。」
「その上が神様になるわけだ。」
「そうだ。神様ってのはゲームの開発者だ。
そいつ次第でゲームのルールが変わる。
つまりこの前まで水素が燃えてたのに、
急に常温で固体、不燃性になったりする。
無茶なアップデートをしたり、
好きなタイミングで0に戻したり、
なんでも出来る。
そいつがルールの、世界の大元なんだからな。」
1度聞いただけでは理解しずらかった。
だからもう少しわかりやすい説明を促したんだ。
「つまり……?」
「つまりだ、
①生物はこの世界のルールすら知らない。
②天使はこの世界"の"ルールだけを知っている。
③神様はこの世界"以外の"ルールも知っている。
っていう3段階があるわけさ。」
最初からこう言われれば分かるのに、
と思ったけど、それを言う気にはならなかった。
聞けば聞くほど、質問が湧いてくるんだ。
「神様はいっぱい世界を作ってるの?」
「あぁ。そいつが作った世界には色々ある。
例えばてめぇらが好きな"時間軸"ってものがなかったり、
"粒子"の概念がなかったり。
俺ら天使には新しいゲームって感覚で理解できるが、
てめぇら生物は『そんな世界存在できない!!』
って思いだろーな。」
「科学者は尚更かもね。」
「そーだな。だが、奴らはただの生物にしては、
徐々にだがこの世界のルールを解明出来て偉い。
確実に"天使の領域"に近づいてきている。
まぁ"神の領域"じゃあ無いがな。」
「どのくらい近づいてるの?」
「そうさなぁ…いいとこ3割って感じか?
あ、人類全部を集めて、だからな。
さっきゲームで例えたように、
世界ってのはプログラムで構築されてるって
考えでだいたい合ってるんだ。
だからそれを紐解き、仕組み、
つまりプログラムのされ方を知ろうってのが
化学ってやつだな。」
3割と聞いて、その時僕が
『それだけ?』と思ったのはよく覚えている。
でも、今は彼が正しいことが分かったけどね。
「でもプログラムされてるゲームみたいなものって
神様は本当は知られたくないんじゃない?
自分の下にまくられる感じがしてさ。」
「人間どもは浅ましいねぇ。
人間どもの価値観を高次元に押し付けちゃあ
だめだ。
それに神様はヒントを残してるんだぜ?
人間が世界の仕組みに着いて考え始めたころ、
可愛い創造物に贈り物をしたんだ。
3つのバグをね。」
浅ましい人間の質問に答えてくれているのだから、
この天使はかなり暇なのかもしれない。
人間で言えば急にあ、手が痒い…って思うくらいの暇。
「バグがプレゼント?」
「あぁそーさ。どんな精巧なゲームでも、
バグがあれば、ああプログラムがおかしいんだなって
素人でもわかるだろうし、プロなら
そこからプログラムの一端にこぎつける
可能性が出てくるだろう?」
この説明は合点が行った。疑問の出現が
探求の入口になるのは誰でも知っている。
「あえて綻びを出すのね。
じゃあそのバグってのは何さ。」
「てめぇらもよく知ってるぜ。
[デイャヴュ]、[ジャメヴュ]と[シンクロニシティ]さ。
先の2つの綻びは簡単だ。
時間軸に関するヒントだからな。こいつらは
天使が使うための未来予測と、過去事象保存の仕組みに
部分的な穴を開けた結果できたバグさ。」
未来予測とか憧れだったけど、実はもうしてたのか、
って思った。
「それは僕も経験したことある。
なるほどこれを体験すれば"未来"とか"過去"っていう
時間を強く意識するようになるわけだ。
それで[シンクロニシティ]は?」
「そいつはゲームで例えてやろう。
ゲームでよく、アイテムの近く、人の近くに行ったら
ステータスが見れるだろう?
つまり他人と情報を共有できる。
これを応用したバグで、
他人の情報が近くで共有されることで
何故か周り全員が同じことを考える。
何故か集団ヒステリーが起こる。
とかな。
これは肉体、つまり物理的な物事のような
簡単なルールだけではなく、
別な何かが"器"にあると言うヒント。
つまり"魂"の存在に関するヒントだわな。」
……ふむ?って感じだった気がする。
「よく分からないけど、
そんなヒントのこと学校で研究しないし、
ほんとに役に立ってるの?」
「てめぇら、特に科学者以外の人間は
気づいていねぇがな。
というか学校ってのも怪しいもんだ。
科学ってのは人間が、
『自然の法則を知る』為に生み出したもんだ。
だが学校、学生はどうだ?
やれ数式だ、やれ反応だ。
ぜんっぜん目的をわかっちゃいねぇ。」
これは僕も感じていたが、自分が学生だけに、
その活動を否定されるのもなんだか…という感じだった。
「でもプログラムってそういうことでしょ?
数式がプログラム自体だもの。」
「そういうことじゃねえ。
てめぇらも薄々気付いてると思うが、
神の最高傑作ってのは『自然』なんだよ。
数多のプログラムの末に
美しい『自然』が形成されること自体が御業なのよ。
人間はいくら頑張ったって
それを創り出すことは出来ねぇ。
数式が美しいことが素晴らしいんじゃねぇ。
自然が秩序立ち、美しくなるよう
仕向けられているんだから、
その過程が整理され綺麗であることは
当たり前ってことよ。」
……ふむ?
「もっと噛み砕いてくれないかい?」
「ああ……だきゃーな、例えば
"ひまわりには美しい黄金比が存在する!!"
じゃねー。
"黄金比が存在するからひまわりが美しい!!"
ってことだっていってんのよ。
結果が美しきは過程もって話。」
「なるほど…?まぁとりあえず話を変えたいかな。
あ、そーだ! 神様はアダムとイブを作ったの?
進化論はうそ?」
理解はしたけど、したくない気分だった。
だからかなり強引に話を変えたんだ。
「いや、進化論はほんとさ。
神様は途中何度か手直ししたが、
基本的には世界の"元"を作っただけだ。
初めに混沌ありってな。
そこから世界がどう形成され、
どう発展し、進化するかってのが神様の楽しみなんだ。
一種の実験さ。偶然の産物の楽しみってやつだ。
そして人間からスタートしたっていう宗教観は、
まぁ人間の歴史は人間が生まれた頃からしかないから、
始まりが人間なのは仕方ねぇってやつだ。
神様が知恵を持ちそうな生物に
手を加えて人間にしたのは事実だしな。」
「じゃあ神様は人間似なの?」
「あっは! てめぇらの感覚で
姿を捉えられる次元じゃないんだ。
似てるも似てないもありゃしないさ。
俺もてめぇらと話すためにこの姿を取り、
神様も同じことさ。」
確かに人は相手も人型だと安心するよね。
「ありがたいことだってのは分かったよ。
それじゃあ天使って何をするの?」
「いってみりゃあ建物立ててその管理するって
感じにまとまるだろうよ。
神様の指示で土木工事し、世界を作る。
んであとは魂の管理だ。」
土木工事ってのは星を作るとかの事だったと思う。
後になって聞いたんだ。
さて、ラストの質問だ。
「なるほどね。
質問に答えてくれてありがとう!!
あんまり先延ばしにしてもだし、
次の質問で最後にするよ。
結局、君が僕の元に来た理由は?」
「あぁ。こんだけ質問して来たのは
あんたが初めてで、興味を持ってくれたのも
あんたが初めてだ。世界でな。
ってことであんたが初めてのお客さんだ。
よろしく頼むぜ。
俺が来た目的は、あんたの魂だ。」