第二話 Wanna come with me?
実体を伴わないものが見え始めたのは幼少期の頃からだ。
初めの頃は目を凝らさなければぼんやりとしていたし、正体不明のものたちが恐ろしかった。
けれど私は徐々にそれらに慣れていって、逃げ出すこともしなくなったので母が口を酸っぱくして彼らを避けるように言うようになった。
彼らに強く求められて時々私はひどく疲弊したが、なぜだか尭には好印象を持った。
言おうか言うまいか迷ったが、彼女は自分が既にこの世の人ではないことに気付いてはいないようだったので、それには触れないでいようと思った。
春の雨の中に佇んでいると、近くに人らしきものが見え隠れしてきた。
私のことをまるで幽霊かのように訝しんでいる彼女からは、生きている人間であってくれという様子が垣間見れてなんだか滑稽だった。
自身をまだ生きていると信じ込んでいるであろう尭は皮肉なことに生き生きとしていて、彼女のような存在に初めて会った私はなぜだか心を揺さぶられた。
「大丈夫ですか?」
雨にあたっているだけの自分になぜだか彼女は声をかけてきた。
「・・・なぜ?」
どうしてこの世の者でないあなたが私のことを気にかけるのだと思った。
逆に疑問を投げかけられてきょとんとしている尭を見ていたら頬が緩んできた私は、つい彼女の名前を聞いていた。
「尭です」
ステキな名前だと思った。
感心していると自分も名前を尋ねられる。
「月子」
彼女も私の名前を気に入ってくれたようだった。
「月子さんは、誰かを待っているの?」
尭にそう問われた私は、なんと答えようと思っていると、彼女は手を顔の前で振って、差支えなければでいいですと笑った。
「尭、あなたは?待ち合わせかなにか?」
彼女は小首をかせげると、それが、不思議なのだが、よくわからないのだと言った。
「なんとなくわかるのは、そんなに時間がないっていうことぐらいかな」
私はそう・・、と言うと他の霊と違って、尭を拒絶できない何かが彼女にはあるのだろうなと感じた。
いつも通り実体のない彼女に気付かないフリをしていたのに、今日の自分は声をかけられてしまった。
そうこうしているうちに、雨は小雨になり、すっかり止んでしまった。
「尭、これからどうするの?行く場所は決まってる?」
今まで明るく話していた尭は、私の質問に初めて顔を曇らせた。
「行くとこなんか・・ない」
もしかしたら、少しずつ、自分の置かれている状況がわかってきたのかもしれない。
困った私は、思わず言ってしまった。
「私と一緒に来たい?」
彼女の、悲しい顔は見たくなかった。