セレネ
カリアスは目の前にいる少女を見つめる。歳は同じくらいか、少し下だろうか。
銀色のロングヘアが月明かりに照らされ煌びやかに輝きを放ち、その頭には光沢を放つ二本の角がしなやかな曲線を描いている。その容姿は美形であるエルフ族と張り合うレベルと言っても過言ではないだろう。カリアスを真っ直ぐ見つめるエメラルドグリーンの瞳は美しく、なんだか見つめているとどこか違う世界に吸い込まれてしまいそうな気がした。
そして、どこかあどけなさが残る風貌にも関わらず、体のラインは大人びており、カリアスの本能をくすぐってくる。それもこれも、彼女が産まれたままの姿でいる事が大きな原因である。かろうじて胸は銀色の髪の毛に隠されており、腰から下は森に生えている植物達がカバーしてくれている。
カリアスは数秒その少女に見惚れた後、我に返って急いで視線を逸らす。ここに元パーティーメンバーのアラスターがいたなら、「お前男だろ? 情けないな」とでも言われていそうだ。
(これは不可抗力だ! 俺は悪くない!)
カリアスとて年頃の男である。色々と本能が囁くのを必死に堪え、紅潮していく顔の熱さをひしひしと感じながら情報を整理していく。
(俺はドラゴンを看病して、休憩で仮眠をとった。そこまではしっかり覚えている。しかし、起きたらドラゴンがいなくなって、なぜか美少女が現れて? しかも何故かドラゴンの魔力はその子のいる方から……)
そこまで考えた時ふと、カリアスの脳内にあり得ない仮説が浮かんだ。
カリアスは生唾をゴクリと飲み込んでから、再び少女に向き直る。そこには先ほどと変わらぬ姿で不思議そうな表情を浮かべた美少女がいる。透き通るように真っ白な肌をした両腕には、所々治りかけているケガやその痕跡が見え、なんとも痛々しい。
そして、あの膨大な魔力がその存在から放たれているという現実を、少し冷静になった頭で理解した。
カリアスの体にまるで電流が流れるような衝撃が走った。思わず数歩後ずさり、剥き出しになっていた木の根に躓いて尻餅をつく。森の茂みに肩の高さまで埋まったカリアスは、そのまま固まってしまった。
そんなカリアスに少女は近づいてくる。彼女が歩くたびにそわそわした感情が現れ、カリアスはその状況に耐えかね、思わずまた顔を背けて目を瞑った。
「カサッカサッカサッ」
彼女が歩く事で起きる草の擦れ合う音が、カリアスのすぐ近くで止まった。そして、ふわっと風のようなものがカリアスの頬を抜けていく。
「アナタが私を助けてくれたの?」
その声は透き通るようで凛とした強さを含み、気高きドラゴンの気質が現れていた。
カリアスの心臓がバクバクと音を立て、おさまる事なく体内に鳴り響いていく。
(一体何が起きているんだ)
目を開けたいようで、開けたら色んな事が変わってしまうような気がして、カリアスはどうしたら良いのかと混乱しはじめる。
「ねぇ、私の質問に答えて」
何も言葉を返さないカリアスに痺れを切らした様子で、美少女が少し強い口調でそう問いかけてきた。
「多分、そういう事になる」
カリアスは曖昧に言葉を返す。何故なら、それを認めるということはつまり、この美少女が看病していたドラゴンと同一であるという事を認めたことになるからだ。状況的に導き出される答えは、あまりにも突拍子がなさすぎる為、カリアスは今だに信じ切れていなかった。
「そう」
少女は少女で、カリアスの返答を聞き安心したような、困惑しているような声色でふとそう答えた。
それきり、しばらく二人の間に会話はなく、夜の森にそよぐ風とそれによって揺れこすりあう木々達の音や、森に住む生き物達の鳴き声が時より聞こえるだけの時間が過ぎていく。
「あっあのさ、君、名前は? いや、そもそも名前ってあるのか……(ドラゴンに)」
気まずい時間に耐えかね、カリアスが横を向いたまま少女に問いかける。自分で話しかけておいてその言葉が正しいのか疑問を持ったカリアスは、片手を顎に持っていき困った表情で独り言を呟き足した。
「失礼な人ですね。名前ぐらいあります。それに、いくら助けてくれた方とは言え、人に名前を聞く時に先に名乗らないのはどうかと思うわ」
少女は最後にふんっと声を出し、その後また口を閉ざした。どうやら明らかに機嫌を損ねてしまったようだ。それに、彼女の言っていたことは正しくもあった。気まずい雰囲気を変えるために言葉をかけたはずなのに、更に気まずさが増してしまいカリアスは思わず片手で頭を抱えてしまう。
しかし、このままという訳にもいかない。カリアスはもう一度気持ちを奮い立たせ、ゆっくりと正面を向く。目の前にしゃがみ込み、森の茂みから不機嫌そうな顔を出している少女の顔を見た。
エメラルドグリーンの瞳が送ってくる視線をしっかりと受け止めたカリアスは、真剣な眼差しで口を開く。
「俺の名前は、カリアス。カリアス・アンドレウだ。君の名前は?」
ひたむきな目線を向けられ、少女の瞳は一瞬困惑を浮かべたが、すぐに元の凛とした強さのある輝きに変わった。
「私の名前はセレネ。そして、助けてくれてありがとう」
彼女はそう言うと、顔の筋肉を緩め僅かに微笑んだ。月明かりに照らされた、天使のような顔にカリアスは思わず息を呑むのだった。




