君は誰?
カリアスと森中の魔物達の懸命な治療は三日間に渡った。
森の中を歩き回り薬草を調達し、ポーションや塗り薬の調合など、ドラゴンの世話をしている以外の時間も忙しくほとんど寝る事ができなかった。
一番困ったのは食料だった。なんでもドラゴンは伝説上の最強魔獣であり、基本的にダンジョンでしか遭遇しないのが常識だ。故に、野生のドラゴンが何を食べて生きているのか、その食性が全くわからなかった。下手に何かを口にさせて体調を崩す事があったら衰弱し切っている体には負担が大きい。
カリアスはとりあえず糖分だけでもと、ユリニアの森の恵で育った色々な果実を搾り、口に含ませる事にした。がっつりとした食事はドラゴンが起きてから見極めようとそう判断したのだった。
そんなこんなで、ほぼ寝ずに三日間動き回って過ごしたカリアスの体力は、限界に達していた。今日も朝から食料、薬草調達に明け暮れ、日中はポーションや薬を調合し傷ついたドラゴンの怪我を綺麗にしてまた薬を塗りなおし、気がつけば日も暮れ始めていた。
カリアスは今日の作業にとりあえず区切りをつけ、いったん休憩しようと思い立ちドラゴンから離れる。さすがに仮眠を取るのに無防備にドラゴンの近くにいるのは危険すぎる。カリアスは何かあればすぐに森の中へ逃げられるように一定の距離を確保し、近くにあった木の幹にもたれ掛かるように座り込んだ。
腰を下ろすと一気に睡魔が襲い掛かる。
(さすがにあの巨体が動き始めたら気付くだろ)
カリアスはそう考え、自分の遠のいていく意識に身を委ねる事にした。
「……カサッ……サッ……」
カリアスは不意に目覚めた。どのくらい寝ていたのだろうか。
周りはすっかり夜の帳が降り、まん丸と輝く月明かりで池やその辺り一帯が照らされている。精霊達の飛び交う光が昼間と違いより一層強く感じ、なんとも幻想的な風景がそこにあった。
(ん?)
しばしそのファンタジーな光景に呆けていたカリアスだが、寝ぼけていた頭が冴えていくにつれて違和感を覚え始める。
見慣れた森の木々、開けた空間にある月明かりに照らされた池…………。
カリアスの視界には普段のユリニアの森の風景そのものが広がっている。
しかし、それはつまり目の前にあったはずのあの存在感が失われているという現実があった。
「いない! どっドラゴンがいない!」
カリアスはその衝撃に思わず頭を抱える。
(どうしてだ! いや、あんなデカイの動いたら気付くだろ。冷静になれ、冷静になれ俺。寝ていたのは月の高さからしてまだほんの数時間だ。仮に動いていたとしても、あの怪我ではまだ飛べないだろうし、この森を移動するには体が大きいから時間がかかるはず。それに痕跡も残っているはず!)
そう頭の中で捲し立てるように状況を整理したカリアスは、急いで立ち上がろうと足に力を入れようとした。すると、
「カサッ!」
すぐ近くから何かが動く音がした。この森には元々魔物が沢山暮らしている。そのくらいの物音は日常的に聞こえてくるはずなのだが、カリアスはパニックに陥っていたため、ある事に今まで気付いていなかった。
音のした方向にゆっくりと顔を向ける。その先から、あの鳥肌が立つような膨大な魔力がひしひしと感じられた。ここ、数日一緒にいたこともあり、その魔力の存在に慣れ切ってしまっていたカリアスは、改めてその独特の魔力を体全体で感じた。
(あそこにいる……)
カリアスはゆっくりと護身用の短刀の柄を右手で握る。
「カサッ……カサカサ……」
(あの木の裏か……)
音のする場所を特定したカリアスは、はて、とその違和感に気付く。
あの大きな巨体を隠すには、いささかこの森の木の幹は細すぎる。決して木が細いわけではなく、ドラゴンの大きさが規格外なのだ。
(なんなんだ、この違和感は……)
紛れもなくドラゴンの魔力を感じながら、カリアスはじっと向こうの出方を待つ。
「カサカサカサ」
(来る!)
カリアスが身構えたその瞬間、木の幹から姿を現したのは一人の少女だった。
透き通るように綺麗な白い肌に、銀色に煌く髪が存在感を示す。何よりもこちらを見つめる瞳が青みがかった鮮やかな緑色をしており、まるで宝石のエメラルドを彷彿とさせた。
人形のように整った顔は美しく、思わず見惚れてしまう。
「……君は誰?」
臨戦体制であったカリアスは突如現れた美少女に拍子抜けし、つい思った言葉をそのまま少女に向かって投げかけたのだった。




