ユリニアの森で息をする
爽やかな風が頬を撫でた。木々の葉が揺れる間から、太陽の光が当たり前のように差し込んでいる。つい数時間前まで薄暗い世界にいたカリアス。無事に生きて戻ってきた自分をユリニアの森が歓迎しているように感じた。
「無事に戻ってこれたな……」
セレネの母、ハイネの姿が完全に消滅してから数分後、ダンジョンが崩壊し始めた。命である魔力もダンジョンボスも失ったただの建造物。もはや意味のない存在なのだろう。
朽ちていく洞窟にいつまでもいるわけにはいかず、カリアスとセレネはその場を離れた。
「気持ち悪い……うっ……ふー……」
「ほら、これを飲んでおけ」
「うっ……お前の助けなど……うぷっ!」
カリアスの前で盛大に吐き散らかすのは、フィンレー・メルクーリである。口元はゲロまみれ、綺麗なブロンドヘアは土や血で汚れ、なんとも可哀想な有り様である。
脱出するにあたって、怪我人多数の元パーティーメンバーや寝かせた召喚士を放ってはおけなかった。セレネの協力があり、崩壊寸前のダンジョンから奇跡的に全員で生還する事ができたものの、怪我を負った元メンバー達をそのまま降すわけにはいかず。結局、ユリニアの森へと運び入れ、カリアスが応急処置を施していた。
鷲掴み状態で想像を絶するスピードを体験し三半規管がやられてしまったようだが、命が助かっただけ良かったと思って欲しい。
召喚士に至っては面識もなく危険人物でもある。悩んだ結果、眠っているだけですぐに目覚めるだろうと判断し途中で降ろしてきた。
「だから、少しは俺の言うことを聞けよ……」
「言っても無駄だよ。うちのリーダーは頑固でプライドが高い。あんたも知っているでしょ」
呆れ顔で息を吐くカリアスに、赤髪の魔女がツンとした態度でそう言った。黒いワンピースはズタボロで、帽子も被っていない。彼女の特徴的なそばかす顔も、土汚れが目立っていた。
「ドロシーは気分どう?」
「体が怠い。お腹減った」
「体が重いのは魔力切れの反動だな。そして、お腹減ったのは君の通常運転」
ドラゴン姿のセレネに鷲掴みにされた瞬間に気を失ってしまったドロシーは、酔いなども起こす事なく一番軽傷で済んでいる。と言っても、魔女の引き起こす魔力切れは副作用のリスクがあり、魔力量が減ったりコントロールが難しくなったりする可能性もあるのだ。
「これで魔力量戻らなかったら、あんたのこと言えなくなるわ」
ドロシーはどこか諦めたような顔で静かに笑う。そして、真顔に戻った彼女はルビー色をした瞳を真っ直ぐこちらに向け、口を開いた。
「ねぇ……アラスターの様子はどうなのよ」
「…………出血がひどい。なんとか応急処置は施したが、いつ何があってもおかしくない。早く医者に見せた方がいいだろうな」
「そう……」
「今、ヘレナがつきっきりで看病してるよ。様子見に行くか?」
「誰があんな奴と所に。いない方が静かでいいわ」
ドロシーがぷいっとそっぽを向く。素直じゃないなと、カリアスは苦笑いを溢した。
「ご飯今から作るから、もう少し休んで待っててくれ」
身を挺して仲間を守っていたアラスターは、一番深刻な状態であった。ダンジョンで会った時にはまだ話せたが、今は意識がない。
「あのバカ……早く起きて軽口でも言いなさいよ……」
独り言のようなドロシーの呟きに、カリアスは聞こえなかったフリをしてその場を離れた。
緑の絨毯を踏みしめ、歩いていく。綺麗な水が流れる小川の辺で足を止めた。温かいシチューを作るために、鍋で水を汲み上げる。
「カリアス!」
名前を呼ばれ振り向くと、魚やキノコでいっぱいになった籠を抱えたセレネの姿があった。
「大量だな! これで全員食事が取れる。君も疲れているだろうに、何から何までありがとな、セレネ」
「どういたしまして。体力には自信があるし大丈夫! それより、あの人達は?」
「まぁ、各々反省中ってところかな。アラスターはまだ起きていないけど……」
「じゃー美味しいもの作ったら、匂いで起きるかもしれないね!」
「そうだな」
「私もお腹ペコペコ。早くご飯作ってよ!」
セレネが急かすように、走っては手招きを繰り返す。無邪気に笑う彼女に、カリアスの顔が自然と笑みを取り戻していく。
「さぁて、もう一仕事やりますかね」
カリアスは肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込み、慣れ親しんだ感覚に自分が生きていることを実感するのだった。




