美しき心のままに
ドラゴンの硬い鱗も、立派だった角も、その全てが光の粒子となっていた。眩い光の集合体は、徐々に頭上高くへと登っていき、ダンジョンの闇へと消えていく。それは、別れの時が迫ってる事を物語っていた。
「お母様……」
「セレネ、愛しき我が子。貴方ならきっと大丈夫よ」
空間全体に響き渡るように、優しい声が聞こえる。
「また……またいつか会えるかな?」
「ええ。数年後か、数十年か、それとも数百年後か。時が巡って、いくつもの道を歩んで、またどこかで会いましょう」
まるで、また再会できることを知っているかのように、ハイネは言葉を紡ぐ。セレネはそんな母の言葉に頷き、エメラルドグリーンの瞳から涙を溢した。
「王の器、セレネをよろしく頼みます」
お別れの時を邪魔しまいと、二人の姿をただただ見守っていたカリアスに、ハイネが呼びかける。
子を想う母の声は、優しさの中に含まれた強い意志を伝えてきた。
「はい」
「ありがとう。セレネが貴方を選んで良かった。心の底から私たちと寄り添えるその心の綺麗さが、正しい答えを導き出すと信じています」
贈られた言葉をしっかり受け止め、この時が色褪せないように網膜に焼きつける。
「そろそろ時間ね」
彼女の宣言通り、漂いながら登っていた光の粒子が、まるで風の様な動きでセレネの周りを一周する。
「セレネ、またいつか」
「はい、お母様っ!」
綺麗な銀色の髪を光の風が撫でる。そして、闇の方へと導かれる様に登っていく。
尾を引く光の粒子に、セレネが手を差し伸べた。だが、掴むことはもう叶わない。
セレネは空気しか触れられなかったその手を名残惜しそうに見つめながら、胸元に引き寄せた。
(今はそっとしておこう)
今、カリアスが彼女にできる事は、それぐらいしか無い。
セレネが自分の意思でここを離れたいと思ったら、その時は一緒に再出発しよう。カリアスはそう心に決めていた。
頭では理解し、別れを受け入れたとしても、悲しみや寂しさの感情が湧いてこないはずがない。
最強魔獣であるドラゴンであったとしても、人と同じ様に感情がある。
彼らは決して、思い通りに動く駒でなければ、感情の抜け落ちた人形でもないのだ。
(今は我慢しなくていい、セレネ。その涙は心を持っている証だ)
彼女の頬を伝う滴のきらめき。
カリアスは心の中で、セレネの横顔に向けてそう投げかけた。
魔力を失い、輝きを全て失ったダンジョンの奥地は、徐々に暗闇の世界へと変わっていく。
それでもなお、セレネの美しい白銀の髪とエメラルドグリーンの瞳だけは、変わらない美しさで光を帯びていた。




