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ユリニアの森で

「やっと着いた」


 数時間かけ、カリアスは目的地である『ユリニアの森』入り口に到着していた。


 神聖なユリニアの森は壮大な広さを誇る。限りなく続く同じ風景は方向感覚を狂わせ、森をよく知らない者が一度迷ったら一生出てこれないだろう。そういう意味ではダンジョンよりも危険な場所かもしれない。

 

 そびえ立つ木々は、何千年も前から存在すると言われ、あのダンジョン創造説である昔話よりも前から存在していたということになる。

 

「ただいま、俺の森」


 カリアスは故郷の地に一歩足を踏み入れた。森の中から少し湿った風が頬を撫でていく。昔と変わらない和らぐ空気に安心感を覚え、カリアスは思わず顔を緩ませた。


 森の中は日が登っている時間にも関わらず、少しばかりの光が零れてくる程度だ。しかし、その分だけ植物達がほんの僅かに魔力の光を纏っていることが分かる。これは、どんな命にも魔力が宿ることを確信づける光景でもあった。

 心地の良い薄暗い世界と優しく輝く植物達。それは千年以上ここで森を作り上げている巨木達がもたらす幻想的な世界だった。


 少しばかりの懐かしさと共に歩いたカリアスは、ふと森に違和感を覚える。

 

「なんだか騒がしい……」


 召喚士であるカリアスは精霊や魔獣の気配を感じ取れる。また、相手によっては会話も可能だ。その上、ここはカリアスを育てた場所でもある。森の魔物達はカリアスにとって家族や友人のような存在だった。

 だからこそ、森の木々に宿る精霊達や隠れている魔獣達の囁き合う声に、戸惑いの感情が含まれている事に気がついた。

  

「五年ぶりに帰ってきた俺に戸惑ってるとか?」


 そう思うとなんだか騒がしい気配も悪くないとカリアスは思った。だが、残念ながらその予想は勘違いで終わることとなる。


 カリアスが森に入って程なくして、無数の光が周りに現れ始める。


「久しぶりだな、精霊達」


 精霊達はカリアスの周りを忙しなく動き、必死に何かを伝えようとしてくる。その様子は歓迎しているというより、カリアスを急かしているようだった。


「なにかあったのか?」


 流石にただ事ではなさそうだと思ったカリアスは、精霊達を見回しながらそう問いかける。すると、フワッとした風が背中をそっと押し始めた。

 周りに集まっていた精霊達の光が、導くように目の前に道を切り開いていく。

 

(とりあえず、行くしかなさそうだ)


 戸惑いつつも、カリアスは道を指し示す光の方へと歩みを進め始めた。


 しばらく歩いていると、今まで感じたことのない気配がカリアスを襲った。心臓をギュッと掴まれるような圧迫感。カリアスの体が本能的に警笛を鳴らし始める。

 しかし、精霊達の指し示す道はその気配のある方向へと向かっていた。


 歩く足に自然と緊張感が高まる。全身の毛穴から何かが湧き立つような感じが体を支配する。


(これはただ事ではないぞ……)


 その気配がより鮮明にわかり始めた頃、カリアスは木漏れ日が点々と彩る森の中、木々の隙間からひときわ輝く光を視界の先に見た。


 精霊達がその光に吸い込まれていくように、優しい輝きを放ちながら消えていく。まるで、ここだとカリアスに知らせているようだった。

 

(この向こうに、何かがいる……)


 光の先から感じる猛烈な気配に、大きな魔力。間違いなく今まで出会った魔物の中で一番の存在感だ。


 思わずゴクリと唾を飲み込む。腰のベルトに護身用として刺してあった短刀の柄を右手で握った。

 ゆっくりとなるべく音を立てないように、精霊達が指し示す場所に向かって歩いていく。距離が縮まるにつれて、漏れ出している光がより一層強くなってきた。


(そう言えば、あそこは開けた場所で池があったような……)


 記憶の中でジェイソンとこの森を歩き回った日々を思い出す。

 三年以上も前に訪れたはずの場所をうっすらと想像しながら前進していくと、遂に広々とした光景にたどり着いた。

 

 木々の葉が生い茂り光を遮った薄暗い世界から、急に差し込んできた強い光に思わず目が眩み、手を額の前にかざし目をつぶる。

 時間をかけてゆっくりと瞼を開けていったその先の光景に、カリアスは思わず目を大きく見開いた。


「うそ……だろ……」


 そこには、昔の記憶と変わらず開けた野原があり、中心には大きな池があった。が、過去の記憶とは大きく異なる点がカリアスの視線を惹きつける。

 そう、()()()()は差し込む光に照らされながら、池のほとりに横たわっていた。


 体は銀色の輝きを纏い、見るからに堅そうな鱗が全体を覆っている。太い四肢が折りたたまれ、その先には鋭い爪が光沢を放つ。扇のような大きな翼は、先の方にいくにつれ綺麗なエメラルドグリーンに染まり、呼吸と共にリズミカルに伸びたり縮んだりを繰り返していた。そして、目を閉じ地面に横たえるその頭からは、立派な角が二本生えている。


 カリアスは額を流れ落ちる汗を感じながら、思わすゴクリと喉を鳴らす。

 目の前に横たわるそれは、カリアスにとって未知の存在だった。でも、どんな生き物よりも昔から知っていた。


 まさに伝説の魔獣。

 魔物達の頂点に立つ存在。

 ()()()()()()()


 太陽の柔らかい光が降り注ぐ中、銀色に輝くその巨体の正体は


『ドラゴン』


 だった。

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