怒号が飛ぶ
焦げ臭い匂いと、体を押されるような激しい突風が襲ってきた。
煤や土埃が舞い上がり、目を開けるのもやっとである。
そんな状況下でも、ダンジョンボスであるドラゴンはその存在感を露わにしていた。
白銀に輝く鱗、鋭い爪に、立派な角が輝きを放つ。
何よりも、その鋭い眼光はまるで深い深い森の底の様だった。
「お母様!」
慌てて後ろを振り向くが、カリアスの視界にはハラリと宙に浮く異国調のマントと、もう一体のドラゴンの姿が映った。
ブワッと風がすぐ近くから巻き起こったかと思えば、銀色の巨大な翼が目に止まらぬ速さで頭上を越えていく。
「セレネ!」
腕を掲げ、巻き起こった風から顔を守りながら叫ぶ。
が、エメラルドグリーンの瞳をしたドラゴンは、迷わず一回りほど大きなもう一体のドラゴンに向かっていった。
(まずいっ!)
一体でさえ異次元の強さを持ち合わせているのに、二体のドラゴンが衝突なんて周りに及ぼす被害は測り知れない。このダンジョン自体が崩壊する危険性すらある。
だが、探し続けていた母親が目の前にいて、セレネの暴走はもはや止められない。
契約を結んだカリアスであれば、強制的にセレネの動きを止めることも理論上では可能だ。
が、凡人以下の魔力量では一秒間動きを止められるかどうか。
「慌てるな俺。まず出来ることをするんだ」
カリアスが風の壁を押し退け、一歩前へと突き進む。
腕を額に掲げ、悪くなっている視界を見渡す。
(あれは!)
空間の片隅で身を寄せ合う人達の姿が、カリアスの目に留まった。
目立つブロンドヘアの人物と視線がぶつかる。
(フィンレー……だよな……)
ボロボロの姿に青ざめた顔は、最後に見た彼の姿とはあまりにもかけ離れていた。
カリアスは進みかけていた足を、元仲間達の方に向け動かし始める。凄まじい風が地面から足を剥がしにくるが、必死に踏ん張り前へと進んで行った。
「みんな!」
ちょっとした気まずさを吹き飛ばし、カリアスは声を張り上げ呼びかける。
「何しに来たんだ」
こちらを睨みつけ不機嫌さを前面に表しながら、フィンレーが低い声で言った。
「何って……助けに」
「あんたが私達を? 笑わせないでよね」
「チッ……弱いお前にっ……助けられるほど、俺達は……やわじゃねーんだよ」
ドロシーがツンとした態度をとったかと思えば、アラスターが顔を時よりしかめながら舌打ち混じりに反論してきた。
傷だらけの状態でも、プライドだけは一丁前である。
もう勝手にしろと突き放したい所だが、ここで死なれても気分が悪い。
何よりも、セレナとカリアスには『深層ボスドラゴンを救う』という目的があるのだ。
無関係な彼らの存在は、ハッキリ言って邪魔以外の何ものでもない。
「扉は開けてある。ここは一旦引いてくれ」
「何故お前に指示されないといけない?」
「本当それ。ヒーローぶらないでくれる?」
説得に全く耳を貸さない人達に、カリアスの中で怒りが沸沸と音を立て始める。
「てか、私達より弱いあんたに何ができる訳?」
「無能な奴は役立たずな家畜達の世話でもしていればいい」
フィンレーの言葉が決定打になった。
「お前ら、いい加減にしやがれ!!!!」
暴風の音にも負けない怒鳴り声が、空間に響き渡った。
今まで反抗的な態度を取ってこなかったせいか、誰もがカリアスの怒号に驚き、口をあんぐりと開けている。
自分に対しては何を言われようと、カリアスは強く言い返した事はない。
だが、家族を侮辱されるのは話が別である。
フィンレーの言葉は超えてはいけない一線を踏み越え、カリアスの怒りが沸点へと到達したのだった。
「セレネ!!!!」
後ろを振り返り、深層ボスの周りを飛び続けていたドラゴンに向かって声を張る。
呼び声に反応し、エメラルドグリーンの瞳がこちらを向いた。
カリアスは固まっているフィンレー達を睨みつけながら指差し、大きく息を吸って腹の底から叫ぶ。
「こいつらを摘み出せ!!!!」
喉の奥から出た濁声混じりの命令は、暴走し始めていたセレネの意識を掴むには十分だった。




