カリアスの天敵
赤い光を放つ二つの眼、大きな体は土埃を撒き散らしながら地面を鳴り響かせる。
ダンジョン深層に出現する、巨大過ぎる土人形。
「ゴーレムかよっ!」
深層に出現する魔獣はみな強者である。それは誰もが周知の事実。
その上で、ゴーレムに関してはカリアスが個人的に一番苦手と思っている魔獣だった。
カリアスの戦闘スタイルは、短剣での物理攻撃、薬物を使った作用攻撃。
それらを組み合わせ魔獣に対する豊富な知識を元に考える作戦が、何よりも武器だと思っている。
しかし、カリアスの平均レベルである物理攻撃は、当然のことながら硬く大きな体を持つゴーレムには通用しない。
そして、薬物もゴーレムには効かない。
薬物は体内に入り、体の各機関で吸収、代謝された後に、血液によって全身を巡っていく。
つまり、ただの土の塊であり血液すら持たないゴーレムに、基本的に薬物は効かないのだ。
「俺の天敵だな、こいつは」
あまりにも分が悪い。どうにも抗えない敗北という二文字。
カリアスは恐怖や怒りを通り越し、感情が回り回って腹の底から笑いが込み上げてきた。
「ふっ……ここまでか」
「カリアス?」
「相手が悪すぎる。俺にはもう何もできない」
カリアスが嘆いている間も、ゴーレムは「ドシンッ、ドシンッ」と地響きを生み出しながら、こちらへと向かってくる。あの大きな足で踏みつぶされれば、ひとたまりも無いだろう。一瞬でぺしゃんこだ。
『無能な家畜番はもうこのパーティーには不要だ』
ふと、かつての仲間に言われてしまった言葉が頭を過ぎる。
きっと『炎の凱旋』であれば、ドロシーの強力な魔法やフィンレーの攻撃でゴーレムなど難なく倒してしまうだろう。
(結局のところ、俺はあいつが言っていた通り、無能な家畜番だったのか……)
今まで、深層での仕事を上手くやってこれたのは、元パーティーメンバーの実力のおかげだった。
嫌でもそう実感させられる。
「カリアス、上! 攻撃が!」
セレネの声にカリアスは重くなった頭を動かし、頭上を見上げる。
「ゴォォォォ」という音と共に、巨大な物体がもうすぐそこまで迫っていた。
(もう終わりだ)
カリアスは目を閉じ、どうにも抗えない現実を受け入れようとした……。
しかし、いくらその時を待っていても、体に全く衝撃がやってこない。
(時が止まったのか?)
おずおずと閉じていた瞼の力を抜いていく。
見え始めた視界の先で揺らめく、異国調の刺繍が施された布。薄暗い中でも輝きを放つ、銀色の美しい髪にエメラルドグリーンの瞳。
そして、世にも奇妙なほどに美しい少女が片手で何かを受け止めている。
「へっ?」
にわかには信じがたい光景に、カリアスは自分の目をゴシゴシと擦り、もう一度大きく目を開く。
しかし、さっき目にした光景と全く同じものがそこにある。
「まじか……よ」
セレネが片手で難なくヒョイっと受け止めているもの。
それは紛れもなくゴーレムの足だった。
(ドラゴンの潜在能力凄まじすぎるだろっ!)
やはりドラゴンであるセレネの存在は規格外だ。
人間の姿になれるという時点で理解しがたいのに。少女の姿でも戦闘能力が異次元である。
目を見張る光景に、カリアスはただただ口をあんぐりとだらしなく開ける。
「カリアス、まだ諦めないで!」
セレネに呼びかけられ、どこかに昇天しそうだった意識が戻ってくる。
「私も戦う! 私だって役に立ちたい!」
「ダメだ!」
セレネの言葉に反射的にそう答える。
現実的に考えれば、セレネに任せる事に勝算はある。が、どうしてもセレネに魔獣と戦って欲しく無い。
敵は魔獣であり、セレネもまた魔獣である。
同族の殺し合いなどあってはならないと考えてしまうのは、自分のエゴだろうか。
そんな考えがカリアスの頭を過ぎる。
「ねぇ、カリアス。これは私の戦いなの」
ふと、頭上からセレネの声が響いた。
まだ大人になりきらない小さな体から出るには、その声はあまりにも大人びて聞こえた。
「でも」
「カリアス、私はあなたに忠誠を誓った。この命をかけて。その時点で、もう覚悟はできているわ」
「セレネ……」
「それに、主人が死にかけているのに守ろうとしないなんて、眷属失格だから!」
セレネの覚悟をみくびっていた。セレネの心の強さもみくびっていた。
「私に役目を与えて! お願い、カリアス!」
カリアスはゴクリと喉を鳴らす。
(ここまでセレネに言われてしまったら、俺は……)
カリアスは地面についていた手に力を入れ、土が爪の中に入っていくのを感じながら、拳を握り込む。
悩んでいる間にも、片足を受け止められ踏み潰せないと判断したゴーレムは、今度は大きな手で殴りかかってくる。
(言いたくない。でも……セレネがそれを望むのなら……)
すぐそこまで迫りくる巨大な土の塊の気配を感じながら、カリアスは重い口を開いた。
「セレネ、ゴーレムを倒せ」
セレネはその場にしゃがみ込み膝を立て、こちらを向く。
いつもの見慣れた美しい容姿の中。エメラルドグリーンの瞳だけが、まるで獣の様にアーモンド型をした縦長の瞳孔に変わっていた。
「仰せのままに」
カリアスの心がギリっと痛んだ。




