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ドラゴンは逞しい


(たっ、頼むクラーケン。もうこれ以上は!)


 カリアスが吐き気と闘っているうちに、クラーケンはスルスルと入り口にその巨大な体を潜らせていった。

 狭い空間に柔軟な体をねじ込ませていく為、より一層身動きが取れなくなる。

 光が完全に遮られた暗闇の中で、ギュッと押しつぶされるような感覚がカリアスを襲ってきた。

 

(ぐっくるしいぃ……)


 クラーケンの弾力がある筋組織によって保護されている為、怪我などをすることは無いが、苦しい上に生臭くてたまったもんじゃない。粘膜が顔にベトッと張り付き、思わず眉間にシワが寄ってしまう。


 しかし、クラーケンも決して悪気がある訳ではない。むしろ、苦手な場所に急に連れてこられたのだから、被害者と言ってもいい。

 自分が呼んだ手前、文句を言える様な立場ではないので、カリアスは臭くても苦しくても我慢するしかないのだ。


 だが、この状況にセレネはどう思っているのだろうか。

 小柄な体では窒息してしまわないかも心配になってくる。


(そう言えば、セレネの声が聞こえない!)


 先程まで楽しげに叫んでいた声も、気付けば聞こえなくなっている。

 急に血の気が引くような感覚に襲われ、焦りと不安の中で溺れてしまいそうだ。

 しかし、この現状を打破する術をカリアスは持ち合わせていない。


(はやく、はやく! 早く広い空間に出てくれ!)


 すると、その切実な願いが神に届いたのか、爆走していたクラーケンの動きが止まり、ぎゅうぎゅうだった空間に余裕が生まれ始めた。

 基本的に、ダンジョン内は広い空間と狭い道がアリの巣のように広がっている。つまり、狭い所の先には次の広い場所へと繋がっているのだ。 


(助かった!)


 どんどん緩まっていく圧迫感に安堵しながら、カリアスは呼吸を整え詠唱の準備を始めていく。

 先程までのような激しい動きが無い分、酔いの方はだいぶ治まってきている。


(これならいける!)


 クラーケンの体が完全に広い空間に出るその瞬間を狙う。

 八本ある脚の半分ほどが移動したところで、その大きな体が一気に動き出した。


「スポンッ!」


 まるで酒瓶の栓を引き抜いた時に近いような音が鳴り響き、クラーケンの体が狭い道から抜け出る。


(今だっ!)


「主たるものを我に望んだ者よ、契約のもと真の力を我に与えたまえ。その命尽きるまで、この命果てるまで。召喚魔法、解放(リリース)!」


 クラーケンの体が青い光に包まれ、一瞬にして消え去る。


「うぉっ!」


 クラーケンに抱えられていたカリアスの体が投げ出され、重力に負け地面に落下した。

 咄嗟に受け身をとり脂肪の厚いお尻から着地した為、怪我をせずに済んだが、それでもやはり痛いものは痛い。


「いてててて……。セレネ、だ、大丈夫か?」


 自分のお尻と腰をさすりながら、近くにいるであろうセレネに声を掛ける。


「私は大丈夫! ビックリしたけどなんか楽しかった!」


 周りは薄暗くまだ姿は確認できていないが、元気な声が聞こえてきたのでホッと胸を撫で下ろす。

 にしても、ドラゴンであるセレネの体と心は、人間の姿でもとても頑丈なつくりをしているらしい。

 心配など無用だったようだ。全くもって頼もしい人である。


(俺にもその逞しさ、少し分けて欲しいくらいだな……)


「カリアス……ここがボスの間なの?」


 セレネが暗闇の中から姿を現す。洋服に汚れはあるものの、エメラルドグリーンの瞳は変わらない強い輝きを放っている。


「いや、違う。深層にあるただの広い空間だ」


「なんだ……期待してちょっとガッカリ」


 セレネが肩を落とし、整った形をした眉の先が少し下がった。

 あまりにも残念そうにするので、こっちが申し訳なくなってくる。

 が、今はセレネの気持ちに寄り添ってる余裕など無い。

 

 このような広い空間は、魔獣出現率百パーの危険地帯だ。それが深層ならなおさら危険度は増す。

 はっきり言って、今強者と遭遇すれば、魔力をほとんど消費してしまったカリアスに勝ち目はない。

 つまり、一刻も早くこの場を移動し、出現するであろう魔獣から逃げ切らなければ、終わる。


「気を落としている暇はないぞ。ここは深層だ。いつ手強い魔獣が出て来てもおかしくない」


「……ゴォォォォ……」


「噂をすればっ!」


(クソッ、逃げる時間もくれないってか!)


 想像よりも早いお出ましに、カリアスの冷や汗が止まらない。

 姿は見えないが、獣の鳴き声というよりは大きなものが動くような重い音、そしてひしひしと感じる強者の魔力量に、土のような独特の匂い。


「よりによってアイツかよ」


 カリアスはこの先にいるであろう魔獣の正体に行き着く。

 一番遭遇したくなかった相手だというのに。カリアスは自分の運の無さに、心底怒りを覚えた。

 どうにかしなければと思考を巡らせるが、かえって逃げようとする衝動が止まり、まるで沼にはまったかの様に体が動かなくなっていく。


「ドシンッ、ドシンッ、ゴォォォォ!」


 その間にも音は大きくなり、魔獣が近づいてくる音に合わせて地面が振動し始める。

 ついに、暗闇から赤い光が二つ見え、その大きすぎる体がカリアス達の前に現れたのだった。



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