予想外の方法
「召喚魔法、使役、クラーケン!」
カリアスの詠唱で魔法陣から姿を現したのは、巨大なタコの魔獣だった。
ヌメヌメとした肌質に、四方にウネウネと伸びる太い腕には、無数の吸盤がある。大きな胴体は風船のように丸々と膨れ上がり、大きな目がこちらをギョロっと向いていた。
「今だセレネ、飛び乗れ!」
「クラーケン、俺たちを向こう岸まで運ぶんだ!」
セレネが飛び乗るのとほぼ同時に、カリアスも叫びながら助走をつけて飛び移る。
クラーケンも自分の状況に気付いたのか、慌てたように二人の体を太い腕と吸盤で支え始めた。
(良かった、これで渡れる)
しかし、カリアスの計算はここで覆される。
「グゥウウッ!」
クラーケンがその巨体を震わせながら、悲鳴のような鳴き声を出した。
その瞬間、泉に浸かっていた体がものすごいスピードで右側に移動し始める。
「クラーケン、前だ、前!」
必死に指示を飛ばすが、クラーケンは移動をやめない。
洞窟の壁際に到達した、次の瞬間、カリアスの体が重力に逆らい真横を向くような感覚に囚われる。
クラーケンの吸盤が壁に張り付き、水面から体を離し始めたのだ。
「おいおいおい、まさか!」
そのまさかである。
クラーケンは吸盤で壁に張り付き、その巨体を浮かせながら爆走し始めた。
どうやら、クラーケンの暑さ嫌いは、カリアスの想像を遥かに超えていたらしい。
狂ったように腕を動かし、移動していくその姿はパニックに陥っているようだった。
「クラーケン! ゆっくり、ゆっくりでいいから!」
「グウゥゥウゥ!ギュウゥゥッ!」
声をかけるが、悲鳴を上げながら走るクラーケンには届かない。
「カリアス、この子すごい! もう半分も移動したわ!」
セレネの言うとおり、向こう岸との距離があっというまに近づいて来ている。
(確かに向こう岸には到達できそうだ……)
が、カリアスとセレネの体は重力に逆らい、逆さになったり、横になったりを繰り返していく。
(よっ酔いそう……)
セレネに乗ってダンジョンまで移動して来た時の感覚が、蘇った。
自分の体内にあるもの全てが、逆流するような感覚に囚われる。
セレネは全く酔っていないどころか、むしろ「ワーッ!」「すごーい!」と声に出しながらはしゃいでいた。
何が楽しいのだろうか。セレネの感覚が全く分からない。
(早く、早く、陸地へ。地に足をつけたい……)
口元を手で押さえながら、カリアスは必死に念じ始める。
洞窟の壁から湧き出している水を時より被りながら、気づけば目的地である岸は直ぐそこまで迫っていた。
(やっと終わる!)
しかし、そう思ったのも束の間である。
岸に到着したはずなのに、クラーケンの暴走は止まらなかった。
「……んぐっ……クラーケン……もういいから……」
吐き気を我慢しながらか弱く伝えたその指示が、パニック中のクラーケンに聞こえるはずもなく。
クラーケンはカリアスとセレネを乗せたまま、先へと続く狭い入り口に向かって走り始める。
(狭いところに入りたがるクラーケンの習性が!)
どうやらクラーケンは、無意識のうちに安全そうな狭い空間を求めている様子だった。
しかし、そのまま進むには危険すぎる。
「主たるっ、もっ者を我にっ……望んだ者よ……んぐっ」
召喚魔法を解除しようと試みるが、大きく体を揺さぶられ吐き気が止まらないこの状態では、うまく言葉が出てこない。
その間も、クラーケンは爆走しながら入り口の中へと、その巨大な体を滑り込ませていく。
「ぐっどうすればっ!」
カリアスの少ない魔力的にも、これ以上クラーケンを使役するわけにはいかない。
徐々に自分の体から抜けていく魔力を感じると、更に焦りが増していく。
一難去って、また一難。
カリアスはうまく働かなくなってきた頭で、必死に考えるのだった。




