暑がりな眷属
「嘘だろ……」
カリアスの目の前には、一面が水で満たされた大きな空間が広がっていた。
瀕死の魔獣達を弔いながら、焦げ臭い空間をやっとの事で切り抜けてきた二人。
しかし、進むべき場所はこの泉を渡った先にある。
「カリアス、どうする? 泳ぐ?」
「いや、泳いで渡るのは危険すぎる……」
普通の泉であれば泳ぐことも出来ただろう。
しかし、目の前の泉はダンジョンの中にあるのだ。
どんな魔獣が潜んでいてもおかしくない。
それに、泉の様子は異常だった。
水面に浮かぶ魚らしき生物の死体。
目を凝らしてよく観察すると、湯気のようなものが上へと昇っているのが分かる。
「この泉は、多分熱せられている。きっと、例の召喚士がここを通る為に何かしたんだ」
カリアスは際ギリギリにしゃがみ込むと、泉に指先を少しだけ入れてみた。
温度は熱い温泉程度で、入れない程ではない。
触れた指に痺れなどの症状も出ていないので、水自体は無害そうだ。
ただ、距離もある為、泳いで渡るのは現実的ではない。
「じゃーまた飛ぶ?」
「いや、飛ぶにはこの空間は狭すぎるよ」
セレネがドラゴンに戻った際の体格や飛行距離を考えると、この空間では高さが全く足りない。
「じゃーどうすればいいの!」
セレネの言葉に焦りが見え始める。
「少し時間が欲しい……」
とにかく考えなければと、あらゆる可能性を頭の中で模索する。
「セレネ、君はその姿でも風魔法は使える?」
「多少は使えるけど、アリアちゃんみたいに魔力を繊細にコントロールするのは難しい……」
「なるほど……」
(風魔法だけで自分たちを運ぶのは難しいか……)
ここにアリアがいれば、風魔法を使った移動も可能だった。
が、彼女は今ここにいない。
上級魔獣であるアリアを呼び出す事も、魔力量が凡人以下のカリアスでは一か八かの賭けになってしまう。
カリアス達はこれからさらに深層部へと進んで行かなくてはいけない。
魔力を全て消費してしまうには、タイミングが早すぎる。
(水魔法の眷属だとウンディーネだけど、彼女も上級だし……。水棲馬だと一度に二人を乗せる事は厳しいな。この水温だと、二往復させたら死んでしまいそうだ。他に水系統の魔獣は……)
カリアスの頭の中に、とある巨大な魔獣がその体を滑らかに動かし泳いでいる姿が浮かび上がる。
「あっ、いた」
「何がいたの?」
「ここを渡る事ができるかも知れない眷属が、一匹だけいる」
「本当にっ?」
「ああ……。ただ……」
ホッとして笑顔を見せるセレネにカリアスは苦笑いを浮かべながら、話を続ける。
「心配な事が一つだけあって……」
「心配なことって?」
「あいつは、暑いのが苦手なんだ」
そう、目の前の問題を解決してくれそうな唯一の存在は、ものすごい暑がりなのだ。
元々、冷たい地域の海を住処としている魔獣なので、仕方がない話なのだが。
「この水温、耐えてくれるかな……」
「でも、その子しかいないんでしょ?」
カリアスは眉間に皺を寄せ、改めて他の方法も考えるが全く策が浮かび上がらない。
(同時に俺たち二人を乗せて向こう岸までいける魔獣は、やっぱりアイツしかいない。召喚するのに必要とされる魔力量も、上級に比べたら全然少ないし。この環境で呼び出すのは可哀想けど、渡るだけなら……)
多少の申し訳なさを感じつつも、カリアスはこの先に進むために決断する。
「セレネ、これから俺の眷属を呼ぶ。俺達はそいつの体に乗って向こう岸に渡るんだ」
「分かったわ」
「ただ、一つだけ注意点がある」
「注意点?」
「振り落とされないように、しっかりしがみつく事。あいつの体は滑りやすいから」
セレネがコクリと頷いたのを確認したカリアスは、「じゃあ始めるよ」と言った後、瞼を閉じて集中し始めた。
限りのある魔力を使い、目の前に広がる泉の上に大きな魔法陣を組み上げる。
「主たるものを我に望んだ者よ、契約のもと真の力を我に与えたまえ。その命尽きるまで、この命果てるまで。召喚魔法、使役、クラーケン!」
カリアスが詠唱を終えると同時に、目の前に巨大な魔獣が姿を表すのだった。




