睡眠欲には敵わない
薬は時に使い方を間違うと毒にも変わる。
ポーションや薬草といった物も、量や配合を変えれば思いもよらない効果を生む事もあるのだ。
カリアスはこれまで、少しでもパーティーに貢献できればと薬学を身につけてきた。
眷属達の治療やポーションの精製。そして、副作用を利用して開発した対魔獣用の薬。
特に、催眠作用や幻覚作用のある物はよく効いた。
これらの薬のおかげで命拾いした事も何度かある。
今回もそれらの経験を応用し、麻痺を軽減できるポーションにいくつかの薬草を混ぜ込んで、即席の催眠誘発剤を作り上げていく。
気化した薬を自分達が吸ってしまわない様に、布で鼻から下を隠しながらの作業。
カリアスのすぐ近くでは、気体になった薬を風魔法で同じ方向に送り続けるアリアと、その様子を興味津々に見つめるセレネの姿があった。
風魔法を使い、催眠誘発剤をダンジョン入り口にいる警備の人達に気づかれる事なく吸わせ、眠らせる。
それがカリアスの考えたダンジョンに入る方法だった。
一見地味で単純そうな作戦だが、実は高度な風操作無くしては難しいものである。
だが、風の精霊エルフであるアリアの存在が、それを可能としていた。
アリア自身もやっと眷属として役に立てたと喜んでいるので、カリアスとしては機嫌も取れて一石二鳥作戦である。
「そろそろかな」
大きな体を持つケンタウロスですら、数秒吸えば眠りこける。
その効果は今までの実践で検証済みである。
距離があるとは言え、普通の人間であれば一呼吸すれば意識は遠のいていくだろうと、カリアスは計算していた。
そして思惑通り、数百メートル先で人がパタパタと倒れて行くのが、目視で確認できた。
(さあさあ、誘惑に身を任せなさい)
さながら、魔法をかける魔女の様な心境である。
食欲、性欲、そして睡眠欲。
誰もがこの三代欲求には逆らえないのだ。
最後の一人だと思わしき人が、膝から崩れ落ち倒れ込むのを見届けたカリアスは、セレネと視線を合わせ頷き合う。
そして、作戦の成功を確信し、一番の功労者であるアリアに視線を向けた。
「アリア、ありがとう。これでダンジョンに入れそうだ」
「そうよ! 私だって役に立つんだから!」
アリアは自分の腰に手を当て、自信満々に胸を張った。
その顔はカリアスにもっと褒めて欲しいと、あからさまに伝えてくる。
「本当にアリアが来てくれて助かったよ。流石、風の精霊だな!」
「ふふふっ当たり前じゃない! カリアスのお嫁さんとしてこれぐらいして当然ですもの!」
「お嫁さんかどうかは置いておいて、ほんと、すごい助かったよ」
「またぁ、カリアス照れちゃってもう!」
「ぐぅはぁっ!」
本日二度目の衝撃が、カリアスの背中を襲った。
あまりの痛さに一時的に呼吸が止まり、息が荒くなる。
はぁ、はぁ、と時々むせながら息を整えていると、残念そうな声でアリアが言葉を続ける。
「でも、少しユリニアの森を離れすぎちゃったみたい。私はこの先に行けそうもない……」
「いや、ほんと充分だよ。ありがとな」
少し残念そうに眉を下げているアリアには申し訳ないが、色々な意味で充分なのでこれ以上共に行動することは避けたい。
主にカリアスの体の為にだが。
「二人とも気を付けてね。セレネちゃん、お母さんと無事に会えるといいね」
「はい。アリアちゃん、ありがとう!」
女子二人の会話を耳で聞きながら、カリアスは落ち着きを取り戻した体を動かし始める。
少し離れた場所で、残っていた即席の薬を風向きを気にしながら地面に溢した。足でその上に土をかけていく。
後々面倒なことにならないように、証拠は隠滅するに越したことはない。
そして、口を覆っていた布を取り、セレナと視線を合わせる。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
「それじゃ、最後の仕上げね!」
アリアはそう言うと、両手を前に出して目を瞑った。
「精霊の旋風!」
すると、アリアの両手からとてつもない威力のつむじ風が現れる。砂埃を円状に舞い上がらせながら、それが洞窟の入り口付近まで到達した瞬間、巨大な風の渦は一気に消滅した。
「これでカリアスの作った薬の効果も、スッキリさっぱり無くなったはずだよ!」
「あ、ありがとう……」
しれっと、とてつもない規模の風魔法を放ってしまうアリアに、カリアスは戸惑いながらも礼を口にする。
(味方でいてくれるなら心強いが、やっぱり精霊の力は凄いな。なるべく敵にはしたくない)
そう思いながら、カリアスは風の通った道を歩み始めるのだった。




