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風の導き

 

「さて、どうするか……」


 カリアスとセレネの視線の先には、ダンジョンへの入り口とその前に集まる数人の人影があった。

 どうやら、まだ国の管理下にあるこの場所は、人の出入りを制限する為に厳重に警備されているらしい。

 こんな辺鄙な場所で毎日何時間も過ごさなくてはならないなんて、まったく不憫な話である。自分だったら絶対に耐えられないだろう。

 カリアスは気の毒に思う一方で、そんなお仕事中である人達をダンジョン侵入の為にどう出し抜くかで悩んでいた。


 監視の目は入り口の前のみに固まっていた為、後ろに回り込み朽ちかけた遺跡に隠れつつ、なんとか近くまでは来ることができた。

 しかし、このまま入口に近づけば十中八九、中に入れてもらえないだろう。それどころか、最悪拘束されてしまう可能性もある。

 

「気付かれずにどう入るか……」


「私が倒してこようか?」


「いやいやいや、なるべく穏便に済ませてあげよう。ね?」


「なら、どうするの?」


 真顔で放たれたセレネの物騒な提案を、カリアスは全力で拒否する。

 今はか弱い女の子に見えていたとしても、その正体は最強魔獣であるドラゴンだ。潜在能力の高さはカリアスでも計り知れない。

 監視している人達も、こんな場所でいきなりドラゴンに襲われたら、堪らないだろう。満足な治療もすぐに受けられないだろうこの状況で、それは危険すぎる。


 それに、彼らはただ仕事をしているだけで、何も悪いことはしていない。

 そんな人達を無駄に痛めつける事は、なるべく避けたいとカリアスは考えていた。強行突破は最終手段と考えるべきだ。


 提案を否定されたセレネはどうやら納得がいかないらしく、ムッとした顔でカリアスを見つめる。


「気絶させる。あるいは眠らせるって言うのが一番理想的かな」


「じゃーどうやって眠らせるの?」


「それは……」


 セレネの質問にカリアスは答えを見つけることができず、言葉が詰まる。

 カリアスが契約している眷属達の中に、催眠術に特化した魔獣は残念ながらいない。

 出来ることとすれば、手持ちにあるポーションや薬草を代用し、催眠作用のある薬を作ることぐらいだ。

 しかし、それらをどう服用させるかが問題である。無理やり飲ませるわけにも、嗅がせるわけにもいかない。

 

(いかに気付かれることなく体内に入れるかだな……)


「カリアス、どうするの?」


「今考えてる」


「考えてるより、先に行動した方が早いよ。私待ってられないもの」


「すぐっ! すぐ考えるから! 頼む、暴れるのだけはまだ待ってくれ!」


 急かされる思いでカリアスが必死に嘆願する。セレネはしぶしぶカリアスを待ち始めたが、ソワソワと動いて落ち着きがない。

 ずっと探していた母親がここにいるかもしれないと思うと、居ても立っても居られないのだろう。

 気持ちは痛いほどわかるが、ここは冷静に判断しなくてはいけない。


()()()()早く入らないの?」


「だから、まだ…………え?」


 また急かす様な言葉を投げかけられたカリアスは、焦りを含んだ声で返そうとしたが、途中でふと何か違和感を覚えた。


(声が違うような。しかも二人って?)


 慌てて隣にいるセレネに向き直ると、彼女は驚いた顔で後ろを振り返っていた。

 カリアスはセレネの視線の先を辿る様に追いかける。すると、背後で空中に浮かぶ、小さな少女の姿をとらえた。


 花の蕾を思わせる洋服を身に纏い、背中から生えている羽を目にも止まらぬ速さで動かしている。

 風の精霊シルフであり、カリアスの眷属でもある「アリア」が、二人の前に唐突に現れたのだった。


「なっ、なんでここに!」


「だって、随分派手にユリニアの森を横断したらしいじゃない。森の精霊達がざわついていたから、様子を見に来たの!」


 風の精霊であるアリアは、普段ユリニアの森に住み着き森を守っている。その為、ほとんど森から離れる事が出来ない。

 それが、カリアスが冒険者業をする上で彼女と行動を共にできない理由の一つでもある。

 が、この場所はユリニアの森を抜けたところに位置する為、ある程度は行動の自由が効くらしい。

 

「騒がせてしまったのであれば、謝る。だから、安心して森に戻ってくれ」

 

「なによ! 私が心配して来たって言うのに! カリアスのバカ!」


「ぶぅほぉっ!」


 予想外の展開に動揺し、あまり言葉を選ばずに発言してしまったのが失敗であった。アリアの右手が綺麗な軌道を描きながらカリアスの頬にヒットし、その勢いは止まる事なく体を軽く吹っ飛ばした。


「バカバカバカぁー!」


 アリアの癇癪を聞きながら、カリアスは痛みに耐えてゆっくり立ち上がり、体についてしまった土を手で払う。


「分かった、分かった。俺が悪かった。心配してくれてありがとな」


 宥める様にそう声をかけると、目尻に涙を溜めてむくれていたアリアは、瞳をパッと輝かせ嬉しそうに笑い始めた。ずっとこう素直でいてくれればいいのにと思うが、言ったらカリアスの体が持ちそうにないので、心の中で留めておくことにする。


 そんなカリアスの心中を知らないアリアは、嬉しそうに空中を舞っている。彼女が羽ばたき移動する度に、心地のいい風がカリアスの肌を撫でていく。風の精霊である彼女が放つ、特有の風魔法だ。

 ふと、ひらめきの閃光がカリアスの頭の中を貫く。


「そうだよ! 風だよ、アリア! 本当に来てくれてありがとう! 君は僕たちの救世主だ!」


 カリアスの急な発言の意図が分からず、一瞬動揺したアリアだったが、自分が褒められたのだと気付くと満足げに笑みを溢し始める。

 隣にいたセレネは何が何だかさっぱりといった様子でこちらを見つめている。


 そんな二人の違う視線を向けられたカリアスは、必死に頭の中で描いた可能性を整理し始めた。

 そして、目の前の難関を突破する道筋が、今ハッキリと見えたのだった。


 

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