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無事に到着

 視界の先にはグレー色の世界が広がっている様だった。それ以外は、地形も天地も未だよく分からない。

 カリアスの体は地に足がついているにも関わらず、常にグワングワンと揺さぶられている様な感覚に襲われていた。無論、大地自体が揺れているわけではない。完全にカリアスの方が狂っているのだ。

 揺れる様な感覚と一緒に、絶え間なくやってくる吐き気。胃がムカムカし、内容物が迫り上がってくる。カリアスは思わず口をきつく閉ざし、出てきそうな物を必死に堪える。

 全て出してしまった方が楽なのかもしれないが、目の前には心配そうにこちらを見つめてくるセレネの姿がある。女の子の前で豪快に吐くなど、情けなく恥ずかしすぎて死にたくなる。それだけは自分の名誉のために避けたかった。


(んぐっ……きっ……きもち悪い……)


 カリアスは()()()()()()にユリニアの森のさらに先、この島国の果てにたどり着いていた。

 どんな旅路だったかは言わずもながである。

 ここに来るのに要した時間は約十二時間。途中ユリニアの森の中で休憩を挟んでもいるので、それにしては上出来な所要時間と言えよう。そして、命があったことは何よりだ。

 

 休憩無しで来ることは、カリアスの身体的にも肉体的にも難しかった。

 それでも大きなダメージを負ったカリアスは、力が上手く入らない足を生まれたての小鹿の様にガクガクさせ、膝に両手を載せて前傾姿勢のまま首を垂れている。

 目を閉じ、視覚を取り除き、自分の狂った並行感覚だけの世界に浸るカリアスに、セレネが問いかける。


「カリアス、目的地まではまだ少しあるけどどうする? 近くまで運ぶ?」


「もうっぐ……も、もう、充分だ……」


 カリアスが歩くと主張した後、セレネは洋服の上から手に持っていた異国調のポンチョを羽織り、いつもの様にフードをかぶった。

 必死に酔いと戦っているカリアスと打って変わり、セレネはピンピンしている。体は先ほどドラゴンから人の姿に戻り、着替えも済ませてあった。

 可愛い女の子の着替えシーンなど健全な男児であればドッキドキのシチュエーションだが、生憎カリアスには覗き見する度胸もなければ、激しい吐き気と闘っていてそんな余裕もなかった。


『お前、本当に男かよ』『君は本当に弱いな』


 元パーティーメンバーの冷やかす様な声が聞こえてくる気がした。


(炎の凱旋……)


 だんだんと揺れが治まりだした頭の中で、カリアスはその名を呟く。

 カリアスが三年間所属し、『無能な家畜番』と言われ追放された冒険者パーティー。

 先程とは違う理由で胃がキリキリと痛み出す。


 ここまで来たは良いものの、これからダンジョンにセレネと二人で入らなくてはいけない。

 何よりも、あの日以来会っていない炎の凱旋のメンバーに遭遇する可能性が高いと考えるだけで、苦いものが込み上げてくる。

 ダンジョンまであともう少しというところで、体調不良も相待って心が挫けそうになる。


「カリアス、あともう少しだよね?」


 ふと、セレネのそんな言葉が降ってきて、カリアスは目を開き、ゆっくりと上体を起こした。視界の先に、先ほどまで歪んでよく分からなかった世界が正常になって姿を現す。どこまでも続いていきそうな岩の多い世界が、少し先で途切れていた。

 そして、それらを背景に、切望する様に眉根を寄せてポンチョを握りしめるセレネの姿が、カリアスの目の前にあった。


(何、心折れそうになっているんだ俺……)


 一瞬の気の迷いは気付けばどこかに吹き飛んでいった。


「ああ、あともう少しだ。よし、先に進もう」


 カリアスは凝り固まった筋肉を動かし、前に一歩踏み出す。まだ本調子ではない体は、少しぎこちない動きをするが、それでもカリアスは足を止めることなく前に進んでいく。

 セレネもそんなカリアスについて行く。その顔はキリッと引き締まっており、エメラルドグリーンの瞳が光を反射して力強く輝いている。


 そして、二人が歩くその先に見えてきた光景は、何かで綺麗にえぐられた様に地面が陥没した世界と、その中央にあるパックリと口を開いた大きな洞窟の入り口であった。


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